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またどこからか爆音が響いてくる。
「秀介様! こっちです!」
「エリー!」
そこかしこから人々の悲鳴が聴こえ、あたり一面血の海である。秀介は恐怖と混乱に板挟みにされてなお、エリザベスと共に走っていた。
するとそこへ一人の魔族が舞い降りた。
「みぃーつけた」
それは悪魔の化身のようだった。その姿は、黒いワンピースのようなものを着ている見目美しい銀髪の女性だったが、その笑顔は無邪気に蟻の足を毟る子供のようだ。そこに善悪はなく、虐殺を楽しむかのその笑顔、秀介は未だかつてない恐怖を感じた。
その魔族は右手を前にかざし、その手に魔力を集め……。
「『神聖なる盾』!」
エリザベスが秀介の前に立ち、そう叫ぶと同時に、紅蓮の炎が二人を包んだ。
「っちぃ! 聖魔力なんて使えるやつがいんのかよ!」
魔族は額に冷や汗を浮かべ、悪態をついた。『神聖なる盾』は聖魔法の一つで、普通のシールド魔法より魔力による攻撃に対して効果を発揮する。二人は無傷で炎の中から出てきた。
「ここは私に任せてください」
「いや、でも」
「大丈夫ですから……」
秀介はエリーの声に恐怖があるのが分かった。いくら聖魔力を持っていたとしても、所詮戦いなれていない一国の王女である。勝てる望みは薄かった。
「街の東側に軍の駐屯地があります。そこへ向かってください。私も、すぐに追いつきますから」
「あ……ぼ、僕も戦う!」
「え?」
秀介は聖剣を抜き、エリザベスを背中に隠すように中段に構えた。
「ふっ、人間の分際であたしと戦おうってのか、身の程知らずが、消えろ!」
「っ! うわぁ!」
その魔族は、秀介に向って魔弾を撃った。魔弾とは、身体に流れる魔力を押し固め、体外に撃ちだす技である。魔法を覚える際に、初心者がまず初めに魔力の流れを読み取るために使う、言うなれば初歩の初歩。通常であれば、魔弾は人に怪我を負わすことさえできないものである。しかし、魔族のそれは違った。特殊な技法を用いり、大量の魔力を超高密度、超高速で撃ちだす。並の人間では耐えきることのできない、下手な魔法よりも威力の高いものだった。
秀介はその魔弾を、聖剣で斬りおとした。
「は?」
「何ぃ!? あたしの魔弾が!! 」
魔族の魔弾は、実に秒速四百メートルほどもあり、音速を超える速さで飛んでいく。それを秀介はいとも容易く防いだ。
(な、何で?)
「てめぇ、楽に死ねると思うなよ?」
魔族は魔力を両手に溜め、ガントレットの様に変形させると、秀介との間合いを一瞬で詰め、鋭い一撃を放った。
「がはっ」
甲冑の上からでも拳の重みが伝わってくる。これまで感じてきたことのない種類の痛みだった。秀介は数メートル吹っ飛んだ。
「魔力による攻撃を軽減するようなスキルが付与してあったようだが、それでもあたしのパンチは効いただろう。これは相手が身につけている鎧がより強固なほど効果を発揮する」
魔族は愉快そうに笑った。魔族が放ったこのパンチは、身体強化魔法の応用で、魔力によって鎧の内側へとエネルギーを伝える魔法である。相手の鎧が軟だと、内側へのエネルギーが伝わりにくくなってしまうが、今の秀介の魔力付与されている頑丈な鎧には効果抜群と言えよう。
「『聖光の弓矢』!」
すかさずエリザベスがそう唱えると、エリザベスの手から光の矢が飛び出し、魔族の右肩を貫いた。
「うぐぁ! て、てめぇ!!」
魔族は左腕を前に出し魔法の独唱を開始しようとしたが、秀介がそれをゆるさなった。秀介は聖剣で魔族の左腕を肩口から斬り飛ばし、左足を踏み込んで横一文字に上と下を切り離した。
「ぎゃああぁぁぁ!!! 」
魔族は、その美しい容貌からは想像もできないほど悍ましい断末魔を上げ、夥しい血飛沫を上げながら地面に倒れて動かなくなった。
「…………」
「お見事ですシュウスケ様」
秀介は地面に横たわる魔族に目を遣った。動かなくなった魔族の姿は、先ほどまでの恐ろしい虐殺者の面影はなく、ただ一人の女性のような気がした。
「いきましょう」
「う、うん」




