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遅くなりました、すみません。
秀介は今、ルノワール国軍の訓練場にいる。そこで何をしているかというと……。
「立てぇ! 昼寝の時間だなんて誰も言ってないぞ!」
「……は、はい」
訓練である。魔王と戦うための技術を身につけるために、セドリックの計らいで他の志願兵に交じって訓練を受けることになった。指導するのは鬼の教官として軍の内部でも恐れられているバルバート少尉である。彼は初めての戦場で鬼神と呼ばれるほどの功績を上げ、数々の戦場を駆け巡っていた。その後教官になった彼は、鬼軍曹として兵を育て上げてきた。今は少尉に階級が上がり教官ではないのだが、セドリックの命により再び訓練場に戻ってきた。
「休むな! 走れ!」
訓練の内容はまず30kmのマラソン、腕立て、腹筋、スクワット、丸太リレー、剣術の訓練、槍の訓練。運動は得意なほうとはいえ、日本で生きていた秀介には想像を絶するつらさであった。
「げほっ、おえええ」
「吐いたか? よし次だ!」
秀介のほかにもグロッキー状態の若者がいる。
「あの黒髪のやつ全然だめだな」
「ああ、何で志願したんだ?」
「ありゃ、訓練中に死ぬぞ」
秀介の正体を知っているものは、今現在ごく限られた人物だけである。バルバートでさえ知らされていない。
「そこ! 誰が喋っていいといった! 罰として腕立て千回!」
「「「はい!」」」
「声が小さい!! 」
「「「はい!! 」」」
「少しでもペースが落ちたら倍にするからな!」
「父上、少々お聞きしたいことが」
セドリックは久しぶりに会ったチャールズと向かい合っていた。
「……なんだ? 久しぶりに部屋から出てきたと思ったら」
「シュウスケ・イヌイという少年のことです」
セドリックは内心でギクリとしたが、表には出さずに毅然とした態度で言った。
「余計な詮索はするな」
「……魔王襲来、ですか?」
セドリックは覚った。チャールズはもう当たりをつけていると。
「どこまで分かっている?」
「ここ最近、空気中の魔力が多くなっています。その傾向は森のような場所で顕著です。大規模な魔力災害が起きると前々から推測していました。エリザベスにあの少年を紹介されたときに『勇者』という単語を耳にしましてね、半信半疑でしたが、今の父上の反応で確信に変わりました」
「……先日のバーク軍事連合会議にエルフの長、アルフィリオンが出席した」
「あのアルフィリオンが、ですか?」
「左様。アルフィリオンが魔王襲来を予言した」
チャールズの表情が引きつった。
「本当なんですね、ということはあの少年も……」
「ああ、異世界の人間だ」
「本物の勇者ということですか」
「言わなくても分かると思うが、絶対に他言するでないぞ?」
「フィリップ兄さんは、このことを?」
セドリックは首を横に振った。
「まだ知らない、フィリップは今ドワーフとの貿易交渉に行っている」
ドワーフの鍛造などの技術は人間には及びつかないものがある。今回の魔王襲来に向けて、軍の装備をドワーフ製の物に一新しようとしていた。
「エリザベスもあの少年と戦わせるんですか?」
「無論だ」
「二人ともまだ子供ですよ?」
「それしかあるまい、それにもうエリザベスは成人している」
「僕からしたらまだ子供です」
「……他に道はないんだ」
セドリックは断腸の思いだった。誰も愛しい愛娘を好んで死地に向かわせるようなことはしないだろう。
二人の間に重苦しい空気が流れた。




