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立ち上がった男はこちらを見て、気まずそうな表情を浮かべている。
「だ、誰?」
金髪長身で眼鏡をかけていて、美形な男である。並の男なら嫉妬心を隠せないであろう。
「お、俺は、えっとぉ……」
身なりは立派だが、男は冷や汗をたらしていかにも怪しい、秀介は警戒心をあらわにした。
「誰だか知りませんが、ここはお城ですよ? 警備員もた、たくさんいます」
恐怖心もあらわにした。
「い、いや、お……私は怪しいものではない」
(絶対嘘だ)
秀介は確信した。この人は泥棒であると。日本の空き巣はスーツを着たり、身なりがいい人が多い、日本で見たテレビ番組を秀介は思い出していた。
「そういう君は誰なんだ」
「え、僕はその……」
秀介が言いよどんでいると、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「シュウスケ様、エリザベスです」
「エリー! 警備員さん呼んできて!」
「わ、ちょ、待て! 呼ばなくていい!」
「その声は、チャールズお兄様? 入りますよ」
部屋に入ってきたエリザベスは、秀介と男を交互に見ると、合点がいったような表情を浮かべた。
「この人エリーのお兄さんだったの?」
「エリザベス、こいつ誰だ? 下の部屋に誰かいるなんて聴いてないぞ」
「すみませんお兄様、少しばたついていてご報告が遅れましたの、ご紹介しますわ。こちらはシュウスケ・イヌイ様、勇者様です。シュウスケ様、こちら私の兄であるルノワール王国第二王子、チャールズ・マギア・ルノワールですわ」
「乾秀介です。王子様だったんですか……ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだよ、怪しい雰囲気出してたのはこっちだし」
でも何で王子様は上から落ちてきたんだろう。秀介は疑問に思った。
(勇者……?)
「イヌイ・シュウスケです。王子様だったんですか……ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだよ、怪しい雰囲気出してたのはこっちだし」
それよりチャールズには気になることがあった。妹のエリザベスの言葉である。
「……勇者って、なんだい?」
「え、分からないんですの、お兄様? よく乳母のマリーローズに読み聞かせてもらったではありませんか」
「そんなことは分かってる。この少年が何故勇者なんだと聞いているんだ」
「えーと、それは……その、なんていうか」
「あー、わかった。言うなって言われているんだろう、下手に詮索はしないさ」
「ありがとうございます、お兄様」
(だいたい分かったしな)
チャールズは自分の仮説が事実とは考えにくかったが、それ以外にないことを覚った。実は最近、森の中では空気中に含まれる魔力の量が極端に多いのだ。さまざまな薬草が生え、チャールズは研究しやすくなっていたのだが、毒草の数も増えており、森に有害な作用ももたらすようになっていた。魔力から生まれた妖精や精霊たちでさえ、数が少なくなっている。
(異常事態なのは確かなようだ)
そして勇者だというこの黒髪の少年。勇者というのは功績を残した勇気のある者を形容するのに使ったりする言葉だが、エリザベスの反応からして比喩表現のようなものではないことがわかる。
(魔力が多くなっている。そしてその魔力の質が毒草を繁茂させるほどの悪質な魔力、普通精霊や妖精たちは空気中の魔力が多いと行動が活発になる。だから魔力量の多い森にいるのだが、今回精霊たちが いなくなっていることから推測すると、大規模な魔力災害が起こるのは間違いない)
それが何なのか、チャールズは確かめることにした。
「俺用事があるから行くよ」




