プロローグ
この世にはどうしようもないことなんてざらにあるもんだ、って知ったのは案外最近のことだ。
なにをどうしようが無理。そういうもんは、誰も言いたがらないけど歴然として存在する。
例えば、スポーツなんかだって、言っちゃ悪いが才能のあるなしなんてちょっと見ればわかるもんだ。そしてその差は決して埋めることができない。勉強できないやつが、その記憶力が大幅に将来改善するなんてことあるわけがない。
別に才能がないからやらないってことを言ってるわけじゃないけど、でもどうにもならないことは、ある。
「おい、浦野! ちゃんとボール蹴れよ、こっち、こっち。」
「悪ぃ、わりぃ、んな技術俺にはねーよ。・・・・ちょ、どこ蹴ってんだよ!そっちだれもいねーよ!」
「俺行くからマーク頼む。」
「おい、とにかく前蹴れ、前に!」
5時間目、夏の暑さが残るグラウンド。俺の眼前では、天からの才能がないと一目でわかる平凡なサッカーが繰り広げられている。日差しに照らされて汗を吹き出しながらひた走る男どもは、よく言えば若々しく、悪く言えばむさくるしい。
なにも5限が体育でなくてもな、と思う。1日で一番気温が高い2時をまたぐ5限が一番暑いのは当然だ。特に夏は、プールならいいものを、グラウンドに出ると日差しが突き刺してきて、どこかに雲はないかと探してしまう。ただでさえ昼飯を食った直後で腹が重たいのだから勘弁してほしい。
一度決まってしまうと1年通じて時間割は同じなので、このさきあと半年このままである。冬になったらまだまし、とは思うものの、なんかうちのクラスだけ割を食っているような気がする。釈然とせず自然とため息が出た。
「侑、日蔭でなに休んでんの、サボり?」
「おっ、んなわけねーだろ、いつものやつですよ。ちゃんとキョカとってますー。」
「まぁ、今日日差し強いもんねぇ。あたしは肌、気にしちゃうよ。」
「ていうか、お前はいいわけ? 突然来たけど、もうそっちは終わったん?」
ため息を聞きつけたのか、恭花が突然後ろから話しかけてきた。女子は今日は室内でバトミントンらしい。着ている体操服は汗で濡れており、その姿には何度見ても一瞬引きつけるものがある。恭花は普段は髪を下ろしているのだが、体育なのでいまは後ろでひとつにまとめてポニーテールにしていた。
バトミントンといってもそうとう激しく動いてきたあとのようであり、恭花はまだ少し息をはずませながら俺の隣に腰を下ろした。
「ていうか、みんなよくこんな暑い中、あんな一生懸命になってやるよなぁ。俺マジ尊敬するわ。」
「えぇ、でもスポーツするのって楽しいよ! 侑ももしできたらめっちゃはまってたと思うよ。なんかそんな気がする。」
「そおかあ? 俺はあんなに一生懸命にやれる人間じゃないよ。」
「そんなことないよ。だっていつも休憩時間中庭でサッカーしてるじゃん。」
「あれは程々に短い時間で数人でやってるから楽しいの。」
「でもきっと侑は、体大丈夫だったらバリバリの運動部に入って、『あっ、俺今日練習特別日だから デート無理だわ』とかいってそうだよ、絶対そう!」
クックックッと、俺の声真似をしてくれた恭花に笑ってあげたあと、体の態勢をかえて、もういちど体育館の屋根の庇の影に入りなおした。恭花は、気恥ずかしかったのか照れ笑いをして、そのあとすぐ別の話題を始めてしまった。
目の前のグラウンドではようやくゲームと、それと同時に授業が終わったらしい。ホイッスルの音とガヤガヤ言いながら列になってあつまる生徒たちの声が聞こえはじめていた。集まるために恭花と、またあとでと言って別れて、地面を白く照らす日差しの下に出る。
頭上ではまったく衰える気配のない太陽が輝いている。俺は、もう一度はぁとため息をついて、自分を呼んでいる声のする集合場所へとのろのろと駆けていった。