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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
8/23

第八話 ~自称闇の呪術師、襲撃~

「……一体、どんな法則で狙われて

いるんだ……?」

「あたしが、知る訳ないでしょ」

 日の光が差し込む明るい食堂で、

静かな調子の声が二種類聞こえて

いた。

 ちなみに、この家のもう一人の

住民(居候)である、今は三毛猫の

姿をした猫又の御霊たまは、床で

丸くなっていた。

 小鬼はまだ結界に幽閉中であるので、

とりあえずはまだ住民の頭数には

入っていない。

 警察官であり、教師として清心

女学校に潜入している男性、案栖誠一郎あずまいせいいちろうと、

紫と白の矢絣の着物に海老茶袴姿の

女学生、神服観音はとりかのんが、事件の事を

話しあっていたのだ。

「第一の事件は、村主由梨乃すぐりゆりの。第二の

事件は、梅干野淋漓ほやのりんり……。とても、

共通点があるようには見えないな。性格も、

村主は多少粗野だったらしいし、梅干野は

どちらかというとおっとりしていたな」

「っていうか、本当に規則性はあるの

かしら? ただ、無作為に決めている、

っていう可能性だってあるわよ」

「それは、完全には否定しきれないな」

 ここで議論し合っても仕方ないでしょ、と

観音が言葉を切るようにしながら言った。

 大皿に盛られた鳥肉と人参と大根の煮物に

手を伸ばし、手掴みで鳥肉を頬ぼる。

「――おい、観音、行儀が悪いぞ」

「あんたが、さっさと盛らないから悪い!」

「……それくらい、自分で盛れよな」

 ためいきをつきながらも、誠一郎は渋々

煮物を小皿に取り分けてやった。

 やってから、俺がいちいちやってやる

から彼女が自分でやろうとしないのでは?と

気づいたがもう遅かった――。



「誠ちゃ……あ、えっと、案栖先生、

おはようございます」

「お早う、咲良」

 青い地に白い百合が咲いた着物を着て、

黒髪を右側で結った、松形咲良まつかたさくら

誠一郎にあいさつする。

 さすがに女学校では幼い頃の呼び名は

まずいと思ったのか、言い直していた

けれど、観音はなんだか彼女に腹立た

しい気持ちを拭えなかった。

(何よ、人の助手に馴れ馴れしくしてん

じゃないわよ……)

 むぅ、と目を吊り上げてそう思うが、

それを口に出すのもなんだか悔しい気が

して口をつぐんでいると、咲良が観音に

気付いた。

「神服さん、おはようございます」

「……おはよう」

 あ、そうだ、と咲良が呟いた。

誠一郎と観音が怪訝そうな顔になるの

にも気づかず、咲良は赤い生地の風呂

敷包みを取り出して誠一郎に渡した。

「案栖先生、これ、よかったら食べて

ください。お弁当です」

「咲良が作ったのか? ありがとう、

もらうよ」

「なっ……!?」

 にこにことした顔で咲良が差し出した

お弁当を、誠一郎が嬉しそうな顔で受け

取った。

 その事が、何故だか観音には余計に

腹立たしかった。

(あたしの、助手なのに……)

 ここに咲良がいなかったら、観音は蹴りの

一つも見舞って誠一郎を連れ出していたかも

しれない。

 だけれど、学校では誠一郎は教師であり、

そんな事をする訳にもいかなかった。

 もし、別の先生に見つかってしまうと

いろいろ面倒でもあるし。

「料理くらい、あたしだってやれば出来る

わよ……」

「ん? どうしたんだ、か――神服」

 神服、と呼ばれた事も、かなり小声で

言った声にも耳ざとく反応した誠一郎にも

嫌な気分になった観音は、「なんでもあり

ません!」と怒鳴るように言うとブーツを

かつかつ鳴らしながら歩き出した――。



(何よ何よ何よ何よ……っ! ここが、

どこだと思ってるの!?  気軽に手作り

弁当出したり、抱きついたりしていい場所

じゃないんだから!)

 観音は頬を紅潮させながら怒り狂っていた。

さすがにいつもお調子者の名前を欲しいままに

している、純白の水干に朱色の袴を履いた、

長い黒髪の神無月梓かんなつきあずさも、触らぬ

者に祟りなしといった様子で口を

つぐんでいた。

 黄色と白の格子縞の着物に、まがれいとに

結った髪が特徴の、氷名月瞳子ひなつきとうこ、おかっぱの

頭に白と黒の矢絣を着た、比賀谷月穂ひがやつきほは、

完全に怯えたような顔になって

しまっている。

 結わずに垂らした黒髪に、白い着物と淡い

紫の袴の着た、桂紫子かつらゆかり、黄色の

洋装に身を包み、黒髪を後ろで一つに結わえた、

天屯巴たかみちともえ、リボンと白い布

飾りがついた紺の洋装を着た、前髪だけが少し

長い短い黒髪の八月一日蛍ほづみほたる

炎のような鮮やかな赤の着物を着た、

赤い飾り紐で黒髪を二つ結びに結った、

西園寺翠さいおんじみどりは、首をかしげている。

 何でこんなに自分でも腹が立つのか分からなくて、

この間会ったばかりの転校生、松形咲良が何でこんな

にも憎らしくなるのか分からなくて、観音は自分でも

どうしたら気持ちが落ち着くのか考えられて

いなかった。

「――皆様、ごきげんよう」

 と、そんな折聞こえたのは涼やかな声だった。

音も立てない優雅な足取りで歩いて来た同級の

少女に、知らず観音は頭が冷えるのを感じた。

 淡い薄桃色の上品な着物に身を包んだ、

赤いリボンで髪を結い上げた、勘解由小路神菜かでのこうじかんな

である。

『ごきげんよう、勘解由小路様!』

 途端に、巴以外の少女達が色めき立つ。

彼女はこの女学校では憧れの女性として

見られているのだ。

 観音はそんな気持ちはあまりないが、

そういう級友達が多いのは知って

いた。

 少しだけ桃色がかった白の洋装を着た、

お団子に結った黒髪の、黒葛原汐莉つづはらしおり、黒髪を

お下げに結い、華やかな赤に小花が散った

着物を着た、樋口環ひぐちたまき、市松

文様の橙色の着物に、黒髪を可憐な小花の花

簪でまとめた、樹神菫こだますみれも、陶酔

したような視線を向けている。

 同性の顔なんて見て、何が楽しいんだか、と

思いながら観音は授業の準備を始めたの

だった――。



「あう~……っ。遅くなっちゃった、早く

行かないと食堂しまっちゃう……」

 お昼の時間が半分ほど過ぎた、お昼休み。

蛍は泣きそうになりながら走っていた。

 翠と一緒に食べる約束をしていたのに、

彼女を待ちぼうけさせてしまったようだ。

 きっと、食べずに待っていて怒っている

だろう。

 と、蛍はぴたりと足を止める。

胸に抱き抱えた大きな封筒に目を落とし、

今度は前髪に隠れていない左目を泣き

そうに潤ませていた。

 中身は、自分が書き綴った大切な作品が

記してある原稿用紙だった。

 それだけならば、泣きたくなんて

ならない。

 出版社に送った際に、審査員の一人である

有名な作家にこきおろされるような評価が

入った手紙が入っていたのが辛い所だった。

(一生懸命書いたのに……。大体、あの人の

作品だってそんなに素晴らしい物じゃない

じゃない!)

 あんなの、子供にだって書ける!と蛍は

思った。

 作品は売れに売れている有名な作家だけれど、

蛍は彼女の作品を読んでも面白いと思った事は

なかった。

 好みという物もあるけれど、そんな作家に

自分の大事に大事に書き進めて来た作品が

けなされるなんて冗談ではなかった。

 それから蛍は我に返り、目から溢れそうに

なっていた涙を袖で乱暴に拭う。

「ふ、ふん! 我は闇の呪術師! そんな

取るに足らない人間の女などに構っている

暇はない、式神の所に今すぐ行ってやら

なければな!」

 ちなみに、蛍の言う式神とは翠の事だ。

本人が聞いていたら激怒した事だろう。

 歩く速度を上げた蛍は、〝おい……〝と

何者かに声を掛けられて振り向いた。

「誰だ! 我を呼ぶなど命知らずな――!」

 それが誰か確認する間もなく、蛍はそのまま

気を失った――。



 夢見がちで有名な、八月一日蛍が行方不明に

なった、という知らせが翌日女学校内で駆け

回った。

 昨日、いつまで経っても食堂に来ない蛍を、

業を煮やした翠が、小倉の着物を着た、短い

黒髪にぱっちりした瞳のお女中の、夏目真子なつめまこ

料理人の元で下働きとして働く、百鬼悠翔なきりはると

そして料理人である青年、相原太一あいはらたいちにも

手伝ってもらい探したのだが、彼女の姿は

どこにもなかった。

 誠一郎が翠に知らせを受け、家にも連絡

したが帰ってはいない、という。

 とりあえず翠は今日は一人で食べる事にし、

ハンバーグをナイフとフォークを使って食べ

始めたが、彼女の顔はどこか不安そうだった。

 それもそうだろう、彼女は蛍とは女学校の

中で一番といっていいくらい仲が良く、いつも

一緒にいたのだから。

 仲のいい翠が元気がないので、巴もどこか

悲しそうな顔で食事をしていて、一緒に食べて

いる紫子に慰められていた。

 端の席で咲良に作ってもらったお弁当を食べ

ながら、誠一郎は蛍は一体どこに行ってしまった

のだろう、と思った。

 しょっぱくも甘すぎもしない、ちょうどいい

塩梅の卵焼きを箸で食べていると、ぶすっとした

観音が許してもいないのに勝手に隣の席に

腰下した。

 お弁当は里芋の煮っ転がしと卵焼き、そして

鳥の照り焼きと菜っ葉の和え物という和風な

おかずだった。

 詰め込まれたご飯には、黒と白の胡麻が振って

あり、とても美味しい。

 それを親の仇でも見るように観音が睨んでいた

訳が、誠一郎にはあいにくとさっぱり分から

なかった。

 食べるか、と差し出すと、フォークをご飯に

突き立て、鳥肉の一番大きいのを掻っ攫われて

しまい少し誠一郎は落ち込む。

 ふん、と鼻を鳴らしながら観音は卵焼きの

最後の一個を奪い取るようにして食べ、口を

もぐもぐ動かしながら口を開いた。

 しかし、はぁと小さくため息をついた

誠一郎に注意され眉を吊り上げる。

「物を食べながら話すなよ、行儀悪い」

「うるさいわね、あんたはいちいち」

 余談だが、二人は他の生徒達に聞こえない

ようにひそひそと小声で話していた。

 幸い、食事に夢中の彼女達は誰一人として

こちらには気付いていない。

「これは、事件の予感ね」

「事件って、また妖怪がらみか?」

「妖怪とは限らないけど、ほら、あの大食いの

子が突然豹変した事件、あったじゃない」

「ああ、梅干野が何者かに襲われた、と思われる

事件だな」

「帰ったら、家に連絡しなさいよね、あんた、

一応先生なんだから」

「……分かってるよ、そのくらい」

 観音は悔しい、何なのあの子、とぶつぶつ

呟きながら立ち上がったが、考え事をしていた

誠一郎には聞こえなかったそうな。

 結局、お昼が終わっても午後の授業が

始まっても終わっても、蛍は一向に女学校に姿を

見せる事はなかった。

 観音と共に帰宅した後誠一郎が家に連絡しても

蛍は帰って来ていないらしかった――。


 

 

 

 咲良の誠一郎へのアプローチに、

理由も分からず何故か腹が立つ

観音。しかし、そんな平和な時間は

女生徒の蛍が何者かに襲われ、行方

不明になってから壊れてしまう。

 一体、蛍はどこへ行ってしまった

のか――。

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