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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
7/23

第七話 ~気弱団子屋少女の婚約者登場~

「――瞳子さん! 結婚を前提に

お付き合いしてください!」

 突然訪ねてきた男性にそう

言われ、氷名月瞳子ひなつきとうこは、思わず

くらりと気を失いかけた。

 しかも、場所は家ではない。

本来は男性禁制であるはずの、

女学校でだ。

「あ、あの……」

 元々瞳子は、男性があまり

得意ではない。

 それなのに、よりにもよって

訪ねて来たのは大柄な体躯の

がっしりした体型の男性

だった。

 年齢は二十歳前後であろうか。

老草色のかっちりとした軍服と

外套を来た彼は、瞳だけはやけに

子供っぽく見えたが、瞳子はそんな

事を確認する余裕などなく、気づいて

いない。

 これが、何かの夢であって

欲しかった。

(そ、そんな……こ、こんなの夢よ、

早く目を覚まさなきゃ!)

 おろおろとする瞳子の手を男性が

そっ、とびいどろの細工物を扱う

ように取った。

「瞳子さん……」

「いっ、いやああああ――っ!」

 瞳子は、力強い大きな手に、級友達も、

両親でさえも聞いた事のない大きな悲鳴を

上げると今度こそ卒倒した。

 騒動の発端となった出来事は朝まで

遡る――。



 早朝、瞳子は母の明子めいこと、父の

かなめに寝耳に水な発言をされた。

ふっくら焼きあがった焼き菓子に、銀製の

フォークとナイフを伸ばそうとした瞳子は、

その言葉に目を見開く。

「こ、婚約……ですって? お母様、

お父様……」

 瞳子の家は老舗の団子屋だ。

店は繁盛しており、両親の好みである

西洋の家具や調度品に囲まれて瞳子は育った。

 瞳子自身は、昔ながらの和風の家具や着物や

和菓子等を好んでいるのだけれど、西洋文化を

別段嫌っている訳でもなかった。

 まだ少女のようなあどけなさを感じさせる、

長い黒髪を垂らして橙色のリボンを結った

女性、母の明子は微笑む。

「そうよ、瞳子さん。瞳子さんだって、もう

お年頃じゃないの。わたくしだって、瞳子

さんと同じ十六でここに嫁いで来たのよ」

「ははは、瞳子は、あの時の明子によく似て

来たなあ。あんな風に、明子もあの時は

初々しい淑女だったものだよ」

 と、若々しさを感じさせる黒髪の男性、

父の要がからかうような口調で瞳子と、

お母様を順々に見た。

「まああなたったら、今は違うとでも

おっしゃるの?」

「いやいや今でも君は初々しい私だけの

淑女だよ」

「あなた……」

 瞳子は、未だに夫婦というより恋人

同士のような両親を、半場呆れたように

見つめた。

 かちゃり、とわざと音を立てて

フォークとナイフを陶器の食器に

置く。

「婚約は、いたしません。私はまだ

花嫁修業もままならない身分です

ので、まだ結婚は出来ませんわ」

「あらあら瞳子さん、何も、今すぐに

結婚する、という訳ではないのよ。

お相手の方も、女学校を卒業するまで

待ってくださるそうですし、これから

花嫁修業を進めて行けばいいのよ、

瞳子さん」

「勝手に決めないでください、

お母様。私は、結婚も婚約もいたし

ません。その方とは会った事もないん

ですよ?」

「これから、会えばいいのよ~。近々

うちにお見えになるって――」

「――いい加減にしてくださいっ! 私は、

まだ婚約も結婚も嫌です!」

 瞳子がかっとなってそうお母様に怒鳴り

つけると、お母様は「瞳子さんが、私に

怒ったわ」と子供のように目を潤ませた。

 少し、子供っぽい所のある人なのだ。

苛立ちを隠せないまま、瞳子は

家を出た――。



 その結果がこれか、と瞳子は目覚めて

すぐ思った。

 それにしても、ここはどこだろうか。

まだくらくらとする頭でそう思って

いると、あ、起きた!とはしゃぐ

ような声がした。

「とうこっち、おっはよ~!」

「神無月、さん……?」

 純白の衣に夕日のような赤い袴。

垂らした長い黒髪を揺らすように、

にっ、と微笑む少女は、神無月梓かんなづきあずささん

だった。

 よくも悪くも、目立つ級友だと瞳子は

思っている。

「神無月さんが、私を運んでくれたの?」

「そうだよ~。……彼は、『私が瞳子さんを

運びます』って言ったんだけどさ、自分が

知らない間に男の人に抱かれて運ばれた、

なんて知ったらとうこっちが気の毒だから

ってかののんが言って、あたしと

かののんで運んだの」

「かののん、さん?」

 そんな名前の人いたかしら、と瞳子は

思った。

 梓さんはいい人だけれど、そのあだ名の

つけ方だけは少し変わっている。

「だから、あたしはかののんじゃない

って言ってるでしょ!」

 そこに顔を出したのは、山吹色の小袖に

青い袴を履いた、薄桃色のリボンで髪を

総髪に結ったつけた少女だった。

 小間物屋ででもいくつか買っているのか、

彼女のリボンは透かし彫りの入った白い飾りが

ついていたり、色目が微妙に変わっていたり

してとても綺麗だ。

 彼女も、なんとなく目立つ少女である。

名前は、確か神服観音はとりかのんさんと言った

だろうか。

「もう、二人ともここは医務室ですよ。

静かにしないと駄目じゃないですか」

 そう二人をたしなめたのは、いつも

神無月さんと一緒にいる、短いおかっぱに、

矢絣の着物と紺の袴を合わせた、

比賀谷月穂ひがやつきほさんだった。

「あの、ありがとうございました……」

「別に、あたしはあんたを助けた訳じゃ

ないわ。教室の外に立っていられて

邪魔だっただけよ」

「かののんってば照れちゃって~!」

「照れてないわよ!」

「あの、だから、医務室では

お静かに……」

 瞳子が頭を下げると、神服さんが

赤くなってぷいっと横を向き、神無月さんが

からかって彼女に怒られていた。

 それに、比賀谷さんが困ったように

口を挟む。

 それが少し面白く見えて、瞳子はつい

笑ってしまった。

「と、――瞳子さん!」

「きゃあっ!」

 洋装を着た男性教師の、案栖誠一郎あずまいせいいちろう先生と、

料理人の元で下働きをしている、百鬼悠翔なきりはると君に

両側から押さえられながら、先ほどの

男性が医務室に入って来ようと

していた。

「こ、困ります! ここは女学校で、

男性禁制なんですよ」

「……!」

 案栖先生はともかく、悠翔君は小柄な

体型なので彼を引き留める事は難しい

ようで半場引きずられるようになって

いる。

 瞳子は、きっ、と彼を睨みつけて

口を開いた。

「こ、来ないでください! 大体、

あなた誰なんですか!?」

「僕は、あなたの許嫁――。に、

なるかもしれない男です」

 許嫁? なるかもしれない? 

瞳子は、その言葉に朝お母様に聞か

された人の事を思い出した。

 彼がそうなのだろうか。

「お母様の、言ってらした方

ですか……?」

「そうです! 僕の名前は斑鳩真人いかるがまさと

あなたとお付き合いし、いずれは

妻に、と考えています! 好きです、

瞳子さん!」

「だ、だとしても、私はあなたの事を

知りませんし、こんな風に女学校まで

押しかけて来るなんて迷惑ですわ!」

「……それは、申し訳ありません

でした。ですが、あなたは今のまま

では僕と会ってさえもくれないよう

なので、仕方がなかったのです。

もうしませんから、許して

ください」

 瞳子だって、男性は苦手だけど、

好きと言われて嫌な気分に

はならない。

 でも、いきなり付き合ってくれ

だの、いずれは妻に、だの、許嫁に

なるかもしれないだなんて言われ

たって困る。

 でも、まずは知りたいと思った。

彼の事を詳しく。

「もう、女学校に来ないでくださる

のなら、氷名月の家に会いに来て

くださってもいいですわ。ですが、

すぐには結婚も婚約もいたしません。

まずは、あなたの人となりを知って

からになりますわ。それでも、いい

ですか?」

「はいっ、よろしくお願いします!」

 子供みたいな人ね、と瞳子は思い

ながら斑鳩さんを見つめたの

だった――。



「氷名月さん、男の方が、氷名月

さんに会いにいらしたって本当

なの?」

「くっくっく、ここは男子禁制なの

だからちゃんと管理して欲しいもの、

だっ!  って翠叩かないで

よう~!」

「だ、大胆ですねぇ……」

「男性が会いに来られるなんて、

氷名月さんも隅に置けないわね」

「その方とは、婚約なさるのかしら、

氷名月さん」

「情熱的な方だと聞いたわよ、お幸せに、

氷名月さん」

「『好きです』って皆様の前で告白

なさったって噂よ」

「婚約なさるのか? それはおめでとうと

言わなければならないな」

「お、おめでとうございます」

 橙色の蝶が書かれた着物に海老茶の袴を

着て、橙色の飾り紐で髪を二つ結びに

結った、西園寺翠さいおんじみどりさん、紺色の

飾り気のない洋装を着た、前髪だけ少し

長い短い黒髪の、八月一日蛍ほずみほたるさん、

薄い桃色の洋装を着て、黒い長い髪を後ろで

一つに結わえた、天屯巴たかみちともえさん、

紺と白の矢絣の着物を着て、黒の白い布飾りが

ついたリボンで黒髪を結い上げた、

勘解由小路神菜かでのこうじかんな様、百合の花の

ような白い洋装を着て、髪をお団子に結った、

黒葛原汐莉つづはらしおりさん、黒髪をお下げに

結った、赤い手毬の着物を着た、樋口環ひぐちたまきさん、

紺の上品な着物をまとって、髪を桜の花簪で

まとめた、樹神菫こだますみれさん、暗い青の着物を

着て、長い黒髪を結わずに垂らした、桂紫子かつらゆかり様。

 そして、転校生の大人しい薄い桃色の着物を着て、

黒い髪を右側で結わえた、松形咲良まつかたさくらさんに

までそんな事を言われてしまった瞳子は、

やっぱりあの方は止めておくべきかしら、と

涙目になりながら思った――。



 少し、書き方を変えてみました。

今回は瞳子視点の三人称という物に

挑戦です。

 瞳子の婚約者の、斑鳩真人という

新キャラがメンバー入りしました。


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