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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
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第六話 ~やって来た幼馴染~

「――誠ちゃん、会いたかった!」

 山吹色の桔梗柄の着物を着た少女が

言い放った言葉に、神服観音はとりかのん

愕然としたように目を見開く。

 男性教師である案栖誠一郎あずまいせいいちろうも、

いきなり泣きそうになりながら抱き

ついて来た少女に驚いたように目を

見開いていた。

 事の始まりは、朝に遡る――。



「転校生?」

 今日も今日とて誠一郎の作った

朝食を頬ぼっていた観音は、彼から

聞かされた情報に眉をひそめる。

 卵焼きを箸で掴みあげながらぴたり、

と思わず手を止めた。

 ふっくらと焼きあがった卵焼きは、

細かく刻まれた葱やしらすや若芽や

人参が入っている逸品だ。

 綺麗に楕円状に巻かれていてとても

美味しく、観音もすぐに好きになった

のだが今は話の方に夢中になって

食べるのが疎かになって

しまっている。

「そう。しばらく面倒見て欲しいって

頼まれてるから、少し帰るのがこれから

遅くなるって言っておこうと思ってな」

「誠一郎の癖に、生意気よ。あたしを

放っておいて、転校生何かに構う

なんて」

「生意気って何だよ……。それに、

仕方がないだろう? 俺は、

あくまで今は教師なんだから

先輩の言う事はほぼ絶対

なんだよ」

 観音は可愛らしい頬をむぅっと

膨らませて不満そうだ。

 赤や桃色の小花文様の淡い白の

着物に、青みがかった紺色の袴の

組み合わせは愛らしいのに可愛げが

ない、と誠一郎は思う。

「ま、いいわよ。あんたなんかが

いなくても御霊たまがいるし」

「えっ、お、おいら!?」

 家に残って毛づくろいでもして

いよう、と思っていた猫又の御霊は

ぎょっとなって飛び上がった。

 今は三毛猫の姿をしている彼は、

酷く嫌そうに観音を見上げている。

「あんたも来るのは当然でしょ! 

 あたしが匿わなかったら、あんた

別の巫女とかに退治されてたかも

しれないし、あたしの庇護がある

から暮らしていけているん

だからね!」

「うっ……」

 御霊が二の句を告げられなくなる。

確かに彼の立場上、観音に庇護して

もらっているのは確かだ。

 こき使われる事もあるとはいえ。

そういえば、と誠一郎が声を上げた。

 観音は御霊から視線をそらし、何よ、

と誠一郎の顔を覗き込む。

「昨日の妖怪、どうしたんだ?」

「ああ、あいつ? 今お仕置きと

して結界に閉じ込めてあるわ」

 うへ、と御霊が嫌そうな顔になった。

同じ妖怪として小鬼の立場に同情して

いるらしい。

「あんたも、言う事利かなきゃ閉じ

込めたっていいのよ?」

「分かったよおいらも行けばいいん

だろ……」

 にっこりと脅すように言う観音に、

渋々御霊は了承したのだった――。



「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 今日の朝もまた、響き渡るのはどこか

お上品な少女達のあいさつ。

 しかし、観音はそのあいさつもなんだか

気に入らないし、朝はまだ眠くてぼうっと

しているのでその輪に入らないのが

通常だった。

 まあ声をかけられれば無視する訳にも

いかず渋々返すのだが。

 と、ぼうっとしながら教室に向かって

行く観音の耳に、昨日の事件に関しての

噂のような物が飛び込んで来た。

「そういえば、料理長あれから元気ない

わね……」

「無理もないわ、たくさんお食べになる

梅干野さんを気に入っておられたもの」

 観音は責められている訳じゃないと

思いつつも、なんだかその話を聞い

ていると責められている気がして

苛立ってしまう。

 悪かったわね、というもの変なので

黙っているけれど。

 自分は、級友である彼女を助ける事が

出来なかった。その悔しい想いは、今も

彼女の胸でくすぶっていた。

「……!」

「きゃっ……!?」

 と、よく前を見ていなかったからか、

どんっ、と前から来た少年に勢いよく

ぶつかってしまった。

 少年はたくさんの林檎を抱えていて

前がよく見えていなかったらしい。

 よく見ると、食堂で働く少年だった。

「き、気をつけなさいよ!」

「……」

 百鬼悠翔なきりはるとは、茶色がかった

黒の瞳を潤ませ悲しそうな顔に

なると頭を下げた。

 女生徒達は料理長が元気がないと

言っていたが、どうやら一緒に働く

彼も元気がないようである。

 なんだか弱い者いじめをしている

ような気分になってしまい、仕方が

ないので観音は彼が林檎を広い

集めるのを手伝ってやった。

 言葉は発しなかったが、悠翔は少し

嬉しそうに微笑み、林檎を一つだけ

観音の手に乗せると走り去って

行った――。



「へぇ、悠翔君が久々に少し嬉し

そうですね」

「おお~、大食い少女から、今度は

強気少女に鞍替えか!? つっきー、

次の新聞の一面は決まりだね!!」

「ちょっ、勝手に決めないでくだ

さいよ神無月さん! それに、

つっきーって呼ばないでください

ってば!!」

 今日も白い着物と赤の袴を合わせた

巫女装束を着た、結わずに垂らした長い

黒髪を持つ、神無月梓かんなづきあずさと、おかっぱの

黒髪に、薄い桃色の着物と若竹色の袴を

合わせた、比賀谷月穂ひがやつきほが言い

合っていた。

 まあどちらかというと、梓がからかい、

月穂がそれに過剰に反応するという事に

なっている気もするが。

「ねえねえ、かののん!」

「か、かののんって誰よ!?」

 無視して行こうとした観音は、袖を

ぐいっと梓に引っ張らせて動きを止めた。

 その際、かののんと呼ばれたので抗議

するが、梓は聞いていない。

「かののんって好きな人いないの?」

「……い、いないわよ!」

 何故か脳裏に誠一郎の顔が浮かんで

しまい、観音はぷぃっと視線をそらす。

 うっかり顔が赤くなりそうになった

のをごまかすため幾分乱暴に言った。

 あっやしいなあ~と梓がにやにや笑いを

浮かべる。

「というか、あんたはどうなのよ!?」

「あたし? あたしは、つっきー一筋

だよ――っ!」

「だ、抱きつかないでくださいよ神無月さん! 

 それに、私の名前はつっきーじゃあり

ませんってば!!」

 観音に睨まれた梓が、いきなり月穂に抱き

ついたので月穂は慌てて文句を言っていた。

 付き合っていられない、と観音は思う。

大体、自分が誰かを好きだとしても彼女には

関係がないではないか。

 女生徒同士は、誰が誰を好きなのかとか

たまに言い合っている事があるけれど、観音

にはどうしてもその訳が分からなかった――。



 そして、話は冒頭へと戻る。

転校生として来たはずの少女が、いきなり

誠一郎に抱きついたのでその場は騒然と

なっていた。

(な、何よこいつ……何で誠一郎に抱き

ついてるのよ!?)

「さ、咲良、か……?」

 最初、誠一郎は目の前の少女が誰で

あるか分からなかったようだが、やがて

分かったらしく目を見開いた。

 むぅ、とさらに観音はむくれたように

桃色の唇を尖らせる。

 それとは正反対に、咲良と呼ばれた

少女は嬉しそうだった。

「そうだよ、誠ちゃん! 大人になって

からなかなか会えなかったから、寂し

かったんだよ!」

「……わ、悪いんだが離れてくれないか。

生徒達も見てるし……」

「えっ……きゃあっ、わ、私ったら……」

 咲良と呼ばれた転校生の少女は真っ赤に

なって誠一郎から離れた。

 どうやら、誠一郎に会えた嬉しさで舞い

上がって周囲が見えていなかったよう

である。

「ご、ごめんなさい、誠ちゃん。私、

こんなつもりじゃ……」

「いいよ、咲良がそそっかしいのは前

から分かってたしな。――俺の幼馴染の、

松形咲良まつかたさくらだ、皆仲良くして

あげて欲しい」

「ま、松形咲良と申します! 皆さん

よろしくお願いします!」

 黒真珠を思わせる肩までの黒髪を、

右側で結わえた髪型の少女――松形

咲良はぺこりと頭を下げたのだった。

 質問は、と問われ、さっ、と何人かの

女生徒の手が上がる。

「松形様は、案栖先生の恋人なのかしら?」

「こ、こここ恋人なんて……滅相もない

です」

 発言したのは、睡蓮が描かれた涼しげな

水色の着物に、橙色の袴を合わせた、

西園寺翠さいおんじみどりである。

 その言葉に、咲良は赤く熟した鬼灯ほおずき

ような顔色になってぶんぶん首を振った。

 ただの幼馴染だよ、と誠一郎が告げ、

咲良は少し悲しげになったけれど彼は

気づいていないようだった。

「ふん、色恋沙汰などくだらぬ」

 淡い紺色の洋装を身にまとった、

八月一日蛍ほづみほたるは、つまらな

そうに勝手に自習を始めてしまった。

 本当に恋愛事などには興味がない

ようだ。

 まがれいとに結った髪に、椿が描かれた

黄緑の着物姿の、氷名月瞳子ひなつきとうこは、

そういう話が苦手なのか顔を赤くして

うつむいている。

 黒髪を垂らした、凛々しげな紺の着物姿の、

桂紫子かつらゆかりもまた、そういう話にはうとい

のか首をかしげており、すもも色の洋装姿の、

天屯巴たかみちともえは何故かそんな紫子に熱の

こもったような視線を向けていたりした。

 こうして、清心女学園は新たな女学生を

迎えたのだった――。


 誠一郎の幼馴染で転校生の、

松形咲良が登場しました。

 これから恋愛要素もどんどん

入って行くと思います。

 


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