第三話 ~大食い少女を追え! 新聞倶楽部・大奮闘!?~
「――お前達、いつまでも騒いで
いるんじゃない!」
怒声が響き渡る。
女生徒達は一部は飛び上がり、一部は
わずらわしそうに眉をひそめ、一部は
無反応だった。
声の主は女学校でも恐れられている
女教師である。
名前は伊藤伽耶。黒縁
眼鏡をかけ、肩までの黒髪に眼光の
鋭い瞳を持つ女性だった。
紫色の桔梗柄の上品な着物とは
裏腹な怖い先生である。
他の教師にも怯えられている
ような女性でもあった。
「ご、ごめんなさい! 伽耶
先生……!」
青ざめながら真っ先に謝ったのは、
髪をまがれいとと呼ばれる輪っか状に
結った、赤と白の市松模様の着物を
着た、氷名月瞳子だ。
漆黒の瞳が今にも泣きそうに
潤んでいる。
瞳子は人並み外れて大人しい方だが、
そうでなくてもあの鋭い眼光に射ら
れれば怯えてしまうだろう。
かなり気が強い、紫と白の矢絣の
着物に海老茶袴を身にまとい、桃色の
リボンで髪を総髪に結った、神服観音
でさえも好き好んで彼女に逆らおう
とは思えないほどだった。
さすがに怒られたくないのか、生徒
達が次々と謝っていく。
観音は渋々といった様子だが。
「くっくっく、闇の呪術師たる我が
恐れる者など……!」とか言い出した、
紺色の装飾過多な洋装を見にまとい、
長めの前髪で右目を隠した、
八月一日蛍は、もうお決まりと
なった突っ込みを入れられて黙ら
された。
杏色の可愛らしい着物に海老茶袴を
合わせ、桃色の飾り紐で髪を二つ結びに
結った、西園寺翠に頭を
叩かれたのだ。
涙目になりつつ彼女は頭を
押さえている。
「まあ、分かればいい」
「……一体、何の騒ぎだ?」
さらに、彼女の双子の妹である、伊藤麻耶
までもが来てしまったので、さらに
女生徒達は恐怖の表情になっていった。
風神雷神とも呼ばれる彼女達は、この
女学校では最強の双子姉妹である。
容姿は似通っているけれど、伽耶は
着物を、麻耶は飾り気のない洋装を身に
まとっているのが二人を見分ける事の
出来る特徴だった。
と、あわわぁ!と間の抜けたような
声が響き渡り、誠一郎が誰かに体当たり
されて呻く。
それは、小倉の着物を身にまとった、
肩までの黒髪をした少女だった。
ぱっちりとした大きな黒い瞳と丸い
頬が愛らしい。
美人ではないが、愛嬌のある顔立ちを
した彼女の名は、夏目真子といった。
女学校に通うお嬢様ではなく、女学校に
通うお嬢様のお世話をしたりするお女中
である。
「も、申し訳ありません! 先生様、おら、
夏目真子言うだよ、これから、よろしく
おねげぇします!」
「俺は大丈夫だよ。そっちこそ怪我は
なかったか?」
「おら、丈夫だけが取り柄なんで
大丈夫です!」
真子が来た事で怒る気力が失せたのかも
しれない。
二人は同時に「早く教室に戻れ!」と
告げて職員室へと去って行った――。
その後はつつがなく授業は終わり、
放課後。
真子がぱたぱたとまるで子鼠のように
動き回りながら、机を拭いて回っている。
ここは寮のある女学校ではないため、
女学生達は授業が終わった後は馬車や
人力車を呼んで家へと帰るのが一般的
である。
「ごきげんよう、皆様」
紫色のリボンで結わえた、長い黒髪を
なびかせながら、微笑みを浮かべた勘解由小路神菜が
まさに流れるような歩行で教室を出て
行った。
その歩みの美しさと、大人びた笑みに
ほうっ、と何人かの女生徒達が息を飲む。
「私も、帰らせてもらうよ。これから
茶道の稽古をしなくてはいけない
からね」
「ゆか――桂様、私もご一緒します!」
白い着物をまとい、紫の袴をさばく
ようにしながら男のような足取りで
歩き出す桂紫子に、
淡い桃色のひらひらした洋装を身に
まとい、黒髪を後ろで一つに結わえた、
天屯巴が続く。
家が老舗の団子屋である、瞳子も
慌ててごきげんよう!と頭を下げると
早足で教室を出て行った。
きっと、家の手伝いがあるのだろう。
「あたしも、お稽古事があるので帰り
ます、ごきげんよう」
「皆様、また明日お会いしましょう。
私もこれで帰らせていただきますわ」
「私も帰ります、皆様ごきげんよう」
白い洋装姿に、お団子に結った髪の
黒葛原汐莉、黒髪を花簪で
まとめた紺の着物姿の、樹神菫、
黒髪をおさげに結った、黒と白の着物姿の
樋口環もすぐに教室を出て
行ってしまう。
「ん~っ、つっかれた――っ。つっきー、
私達も帰ろ~?」
「ちょっと待ってください、神無月さん」
結わずに垂らした長い黒髪に、純白の
単衣と目にも鮮やかな緋袴を身にまとった、
神無月梓が、おかっぱ頭に桜色の
着物と紺の袴の比賀谷月穂の
肩を叩く。
しかし、月穂は漆黒の瞳を珍しく
きらきらとさせると、一人の女生徒の
前へと進み出た。
その女生徒とは、大食いで有名な
少女――梅干野淋漓である。
桜色の蝶の着物を着た彼女は、おやつと
してこっそり持ち込んだ白いお団子を頬ぼり
ながら首をかしげる。
「梅干野さん、少しあなたに御用があるの
ですが、いいですか?」
「あたしに~? 別にいいけど~」
「実は、私新聞倶楽部を作る事になり
ました」
「おお~そうだったんだ、つっきー!
おめでと――!」
「ありがとうございます、神無月さん。
――そこで、いつもたくさん食べるという
あなたの取材を行いたいんです梅干野さん」
「取材? もちろんいいよ~」
やったぁ!と月穂が拳を握る。
梓は私も協力するよ~と微笑みながら、
淋漓と共に教室を飛び出した。
真子も別の仕事をするために行ってしまい、
蛍と翠も連れ立って課題提出のためにいなく
なったので、今ここにいるのは観音と、
男性用の洋装をまとった男性教師、
案栖誠一郎だけだった。
「あんた、あたしについて来なさいよ。あたし
の事務所に案内してあげるわ」
「勝手に決めるなよ、俺には職員寮が――」
「あんたは、あたしの助手なの! 犯人
見つけてあげた恩をもう忘れた訳?」
それを言われてしまうと誠一郎はかなり弱い。
ぐっ、と詰まりながらも、梓が愛玩動物として
飼う事になった御霊を引きずるようにして
歩いて行くのを、ただついて行くしかないの
だった――。
淋漓は食べる事が大好きである。
生まれつき、食べる事が大好きだったのだと
両親は呆れ混じりに言うが、淋漓としては
唯一の娯楽を奪われたくないので止める
つもりはない。
淋漓は基本好き嫌いがない。
なんでもよく食べるけれど、一番好き
なのは甘いお菓子などであった。
これだけは、太ると言われようと、親に
注意されようと止めたくない。
お裁縫も、茶道も(お抹茶とお茶菓子は
好きだけど)、華道も、彼女はあまり得意
ではない。
それでも、将来お嫁に行く時に困らない
からとお稽古事に通うのを強制されているの
だから、これくらいは許して欲しいといつも
思う。
淋漓は今日も、人力車の車夫に小金を握らせ、
好きなだけ食べまくったのだった。
それを、同じように車夫に小金を握らせながら
一緒に回る、月穂と梓が取材している。
月穂がぷっくりと膨らんだ草餅にも、上品な
甘さの餡子が
ぎっしり入った柏餅にも、餡子たっぷりの白玉
団子にも目もくれず、ひたすらにかりかりと書いて
いるのが淋漓にはよく理解が出来ないが、好きな物は
人それぞれなのだろう。
淋漓だったらそばで誰かが食べていたら自分も
食べたくなるのが当然だけれど、月穂は違うようだ。
甘い物が嫌いという訳ではないと思うが、自分が
食べるのが好きと同じように書く事が好きなの
かもしれない。
梓は、時折茶屋の店員を呼んで少しずつご相伴を
しているけれど。
「月穂さんは、食べないの~?」
「お構いなく! 今いいところなんです!!」
目にも留まらぬ速さで、月穂は興奮したように叫び
ながら帳面に筆で書き止めていく。
梓が言うには、彼女は高速筆記の達人らしいのだ。
「次、別のお店行ってもいい?」
「もちろん! 私もついて行きます!」
「私も行くよ――」
という訳で、淋漓が女学生達に大人気のあんみつ屋に
入ってあいすくりんとあんみつを注文しようとも、氷屋で
かき氷を頼もうとも、級友の瞳子の団子屋で数々の団子を
食べようとも、梓も月穂も遅れずついて来た。
さらに、淋漓が愛用している知る人ぞ知る洋菓子店に
まで。舶来品の焼き菓子にも目をくれず書き続ける月穂
には、やっぱり淋漓は少し変わっているな、と思う。
大体、美味しいお菓子を見かけたら食べたくなるのが
人という物だろう。
梓なんて、どれにしようかな、と目移りしながら焼き
たてのお菓子を選んでいるというのにも関わらず。
梓に肩をつつかれ、今更ながら月穂はようやくお店中に
漂う甘い匂いに気付いたようで、一端執筆を切り上げた。
「梅干野さん、お勧めは? つっきーも食べようよ!」
「そうですね、なら私も食べます。お勧めの品はない
ですか?」
「全部、と言いたい所だけど、私のお勧めは細かく切った
果物がたくさん入った焼き菓子、かな。この白いくりぃむ
とかいう物を付けて食べると、もう最高なの。あ、でも、
このくりぃむがたっぷり塗ってある苺の乗った焼き菓子や、
ちよこれいとがたっぷり塗られた焼き菓子もお勧めなのよ?
お茶は舶来品の物を仕入れてるんですって」
「おお~それは美味しそうだねえ、私、洋菓子って食べるの
初めてなんだ、うちは両親が西洋文化を嫌ってるから食べ
させてもらえないんだよ」
「私は、そういう流行にはうといので、食べに来た事は
なかったですね」
今までさんざん食べた淋漓だったけれど、あれは彼女に
とって小腹を満たした程度。
三人は、淋漓お勧めの果物がたくさん入った焼き菓子や、
くりぃむがたっぷり塗られた苺の焼き菓子、ちよこれいとが
塗られた焼き菓子を心行くまで食べたという。
そして、後日月穂の書いた新聞は女学校に飾られて有名に
なり、取材が度々申し込まれる事になり月穂は嬉しい悲鳴を
上げたそうな――。
焼き菓子=ケーキです。クリームとかチョコレートも
出しちゃいましたが、ケーキって言い方は明治っぽくない
気がして焼き菓子と書きました。
今回はサブキャラの淋漓主人公の閑話としたかったの
ですが、前半は本編と絡んでしまいましたね。
四話目は探偵本部のような場所を出したいと思います。