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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
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第二十三話 ~巫女娘は過去を追憶する~

「やめて……けさないでっ」

 それは過去の記憶。まだ幼い黒髪の少女は泣きそうになりながら

父にすがりついた。

「だめだよぅ……そんなことしたらだめだよぅ……」

 ぼろぼろと涙をこぼしながら懇願こんがんした。

小さな手がふるえ、父の着物の袖にシワを作る。

「やだ……わすれられちゃやだ……」

 いつもは大好きな父。それが、今は大嫌いになってしまいそうだっ

た。

 自分でも、分かっていた。父が自分を憎くてそんな事をするのでは

ないと。

 でも、理解する事は出来なかった。

「つっきーにわすれられたくないよぉ……!」

 涙と共に叫んだかつての言葉。

それを叫んだ途端、夢から覚めて神無月梓かんなづきあずさは目覚めた――。



「ゆ、夢か……」

 いつもは快活な梓も、さすがに悪い夢見の後は真剣な顔になって

いた。

 じっとりとかいた汗を寝間着にしている白い着物でぬぐう。

「つっきー……」

 かつて友だった少女の、梓さんと愛らしく笑う顔を思い出して梓

は顔を伏せた。

 子供の頃なら泣いてしまっていただろう。

でも、今は泣けない。泣かないではなく泣けない。

「涙なんて……もうれたよ」

 何度泣いた事だろう。何度嘆いた事だろう。

いつの日か、梓は泣く事がなくなっていた。

「いつまでも嘆いてても仕方ないか……起きよっ」

 にへへぇ、と笑った顔はいつもの笑顔だった。

嫌な事は引きずらないのが梓流である。

 だからこそ今まで過去をやまずに生きて来られたのかもしれな

かった。

 心の奥底にはこうして過去を悲しむ気持ちが残っているから、夢を

見てしまう事もあるが。

「「――梓様」」

 赤い飾り紐で髪を結った少女と、緑の飾り紐で髪を結んだ少女が声

をかけた。

 梓の式神の狛犬姉妹、千鶴ちづる千早ちはやである。

儀式用の巫女みこ装束である千早を着ているのが特徴だった。

「……また、あの夢なのでありますか?」

「……悪夢を見たのでありますね」

「まあね」

 梓は短く答えると、着替えるから出てって、と低い声で告げた。

主の機嫌がそんなに良くないらしい、と知った二人の式神しきがみは「「了解、

であります」」と告げて出ていく。

 静かになった部屋で、梓はぎゅっとこぶしにぎった。

「何……やってんだろ。千鶴と千早にまであたって……」

 とりあえず、着替えよう。額の汗をもう一度拭うと、梓は磨き込

まれた古い箪笥タンスへと手を伸ばした――。


 実は、比賀谷月穂ひがやつきほと梓は幼い頃親友同士だった。

その頃実家で暮らしていた梓と、今も昔も実家暮らしの月穂は家が

近所だったのだ。

 よくお参りをしていた月穂の事をよく覚えていた梓が、彼女が

いじめられている所を助けたのがきっかけである。

 大好きな友達だった。いつも一緒に遊んでいて、別れたくなんて

なかった。

 何故なぜ、そんなに仲が良かった二人が別れる事になったのか

というと、梓が力を持った巫女である事を月穂が知ってしまった

からだった――。


「梓さーん! 待ってくださいよ~」

「ほら、つっきー早く早く!」

 月穂は幼い頃かなりの泣き虫で、梓はそんな彼女を世話する

のが楽しかった。

 今思えば、母のような姉のような気分だったのかもしれない。

「待ってくださいってばぁ~」

 気が付くと、うるうると目をうるませて月穂が泣きそうになっている

のに気付いて梓は足を止めた。

 ほら、待ってるから泣かないで、と頭をでてやる。

「梓さん、意地悪しないでくださいよぉ」

「あ~。ほらほらつっきー泣かないの。可愛い顔が台無しだよ」

 かなりの仲良しだという自負じふがあった。

だから、その日が来るとは本当に思っていなかった。

 関係が終わってしまったのは、とある夏の一日だった。

その日、梓が巫女だという事が月穂にバレてしまったのだ――。


 その日はどんよりと曇っていて、遊ぶにはふさわしいとは言

えない日だった。

 でも、梓は月穂とならばどんな天気でも嬉しかった。

少し涼しいくらいの天気だったけれど、手をつなげば温かい。

「つっきー、今日はどこに行こうか?」

「どこでもいいですよ、梓さん」

 だから、梓はこの時油断ゆだんしていた。

巫女であるがまだ未熟な自分と、何の力も持たぬ月穂が恰好かっこう

獲物えものだとも気づかずに。

「つっきー、大好きだよ~」

「私も梓さんの事大好きです!」

 だから、本当は悔やんではいけないのかもしれない。

これは、梓のつぐなわなければならない罪なのかもしれない。

 でも、辛くて辛くて必死に明るく装ってないと泣いてわめ

て月穂を責めてしまうかもしれなかった。

 彼女は、一切悪くなんてないのに。

「――つっきー! 私のそばから離れないで!!」

 獣の匂いを感じて梓は月穂をかばいながらさけんだ。

月穂はびくっとなるも、ふるえる手を梓の肩に置いてこくりと

うなずく。

「ぐるる……」

「いい度胸だね、巫女である私を狙うなんて」

 梓は冷や汗がたらり、と流れるのを感じて唇をんだ。

しかし、恐怖している事を目の前の獣や月穂に知られたくはな

かった。

 その頃、梓にはまだ式神はいなかった。

だから、自分の未熟な霊力で戦うしかなかったのだ。

 しかし、なんとかその時は倒す事が出来た。

どうやら低級な妖怪だったらしく、月穂にも梓にも怪我ケガはなか

った。

 だが、その時梓は月穂に力を持った巫女である事がバレて

しまったのだ。

 月穂はもちろん誰にも言わないと言った。

梓も何度も月穂の記憶を消さないでくれと懇願し、月穂もま

た忘れたくないと泣いた。

 それでも、代々受け継がれた力を見られたという事実を前

に両親や祖父母は月穂の記憶を消す決断をしたのだった――。


 梓は、もう月穂は自分の事を決して「梓さん」とは呼ばな

いのだろうと思う。

 今だって、神無月さんと呼んでいるのだ。

月穂が悪い訳ではない。月穂は、分からないのだから。

 だけどたまに他人行儀に聞こえる時があるのだ。

「つっきー……」

 泣きそうになって、これではいけないと頭を振った梓は草

木染ぞめの着物を着る事にした。

 今日だけは、巫女服を着る気にはなれなかった。

「――千鶴、千早」

「「行くでありますな、主様」」

 千鶴と千早に手を差し出すと、二人はへと戻った。

それをたもとに仕舞ってから、梓はため息をつきながら歩き出す。

 学校についても、梓はいつものように元気にはなれなくて

月穂に会ったらどうしようと思っていた。が。

「神無月さん!」

 こういう日に限って朝一番に会ったのが月穂だった。

さすがに悲しい表情になってしまう梓である。

「話しがあります。神無月さん――いえ、梓さん」

 一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。

橙色の蝶々の着物を着た小柄なおかっぱ頭の少女をまじまじ

と見てしまう。

「つっきー、今なんて言ったの?」

「梓さんに話があると言いました」

「分かった」

 二人になろう、と梓は言った。大勢の野次馬が見ている前

では話す気にはなれなかった。

 凄く期待している自分がいて、いや、そんなに喜んでいて

裏切られたらどうするの、となだめる自分もいる。

 だけど、梓は信じたかった――。


「話って……何? つっきー……」

「梓さんとお呼びしている時点で、気づいているかもしれま

せんが、私……思い出したんです」

 ごくり、と梓は思わずツバを呑み込んだ。

その先が聞きたい、だけど怖くて聞きたくない。

 相反する気持ちがぐらぐらと揺れ動く。

「幼い頃の事――梓さんのと遊んだ日々を思い出したんです。

そりゃ、親しくあだ名くらいつけますよね。だって、私達仲

が良かったんですもん」

「つっきー!!」

「梓さん!! 大好きですよ!!」

 二人は硬く抱き合った。どちらからともなく、涙が零れて

校門裏の地面に黒いシミをつける。

「今なら、神無月さんの事なら何でも分かりますよ! あな

たが巫女だって事も……全部」

「つっきー……気持ちは嬉しいけど、その事はかののん達以外

には内緒だよ。また、忘れられちゃったら私……こまるよ」

「私がそんな事吹聴ふいちょうする訳ないじゃないですか、もう

忘れたくないですもん」

 笑い合う二人は、大勢の生徒達がこっそりとのぞいている事

など気づいていなかった――。


 今回は月穂と梓だけの話になってしまいました。

でも、次回はちょこっと他の皆も出しますので。

 二十三話の主役はもちろん梓です。

月穂の秘密が明らかになりましたね。

 次回は月穂側からのお話になります。

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