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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
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第二話 ~真犯人と女生徒の正体~

 ついて来て、と白と紫の矢絣に海老茶袴に舶来品らしい

編み上げたブーツを履いた女生徒――神服観音はとりかのんは命じるよ

うに言いながら歩き出した。

 総髪に結われて桃色のリボンで結ばれた髪が揺れる。

男性用の洋装をまとった男性教師、案栖誠一郎あずまいせいいちろうはためらい

つつも観音について行く事にした。

 不本意ではあるが、このままでは下着泥棒の汚名を着せ

られてしまう。

 それなら自分の誇りを投げ出してでも彼女に従うしかな

かった。

 事件を解決するまでは、まだ警察署に帰る訳には行かな

いのだ。

「――本当に、知っているのか? 真犯人を……」

「あんたに嘘をついたってあたしに利点は全くないわ。

信じられないって言うなら教室に帰って断罪されればいい

じゃない」

「あんたあんたって君教師に……」

「あたしは、尊敬するべき教師しか尊敬しないわ。という

か、あんた教師じゃないでしょう? そんな感じがするの

よ」

 誠一郎はぎくり、となった。彼の本職は教師ではなく、

警察官だ。

 しかし、それは彼女にも誰にも話した覚えはなく、知

っているのは校長だけである。

「……どうして、そう思った?」

「勘よ、女の勘。なんとなくそう思っただけ」

 ふふん、と胸を張りながら観音が勝ち誇ったように微

笑む。

 その間も歩みは止まらず、相変わらずカツカツと

ブーツの音を響かせ続けた。

「君は、一体何者なんだ?」

「――妖怪探偵」

「はぁ!?」

「妖怪探偵、よ。聞こえなかったの?」

 誠一郎は自分の耳を疑ったが、どうやら聞き間違えでは

ないようだ。

 観音はふざけた様子などなく本気で言っているらしかっ

た。

「妖怪なんて、いる訳がないだろう?」

「あら、いるわよ。だから私が活動してるんじゃない」

 誠一郎はこいつ頭大丈夫か、と思った。妖怪なんて非科

学的な生き物が存在する訳はない。

 いるとしたら物語の中だけだ。

そんな存在をいると信じ込むなんて、この娘は頭がおかし

いとしか思えなかった。

「――いてっ!」

 と、いきなり観音が足を止めると、誠一郎の脛目掛けて

鋭い蹴りを繰り出した。

 素足なら問題はなかったが、彼女が履いているのは

ブーツである。 

 誠一郎はあまりの痛みに悲鳴を上げそうになったけれど

すんでで堪えた。

「な、何をするんだ!」

「あんた、あたしの頭がおかしいって今思ったでしょ!? 

 あたしはおかしくなんてないわ、ちゃんと妖怪はいるの

よ! 信じないならいいわ、犯人は絶対にあんたに教えて

あげないから!!」

 歯を剥き出して怒りながら、さらに観音は蹴りを繰り出

す。しかし、今度は予測していたので誠一郎はすかさず

かわした。

 足が空を斬り、観音は不機嫌になる。

犯人を教えてもらわなければ困るので、誠一郎が分かった、

信じるよと告げたので、ようやく機嫌を直したらしく観音

は「それでいいのよ」と勝ち誇ったような顔になった――。



「――どこまで行くつもりなんだ?」

 説明もなしにさんざん歩かされた誠一郎が憮然とした顔

になって問いかける。

 しかし、観音は「黙って歩きなさいよ!」と怒鳴るだけ

だった。

 彼女は何かを探すように時折立ち止まったり、何もない

空間を睨んだりしていたけれどそれ以外はただ黙々と早足

で歩き続けていた。

「――そこっ!」

 と、唐突に観音が足を止め拾い上げた石を、裏庭の草が

茂る方向へと投げつけた。

 ごつん!という何かに当たるような音と、ふぎゃあ!と

いう猫のような声が響き渡る。

 誠一郎はぎょっとなったが、観音は厳しい顔になってい

た。そして、頭にこぶを作った三毛猫がにゃー!と抗議す

るように飛び出して来る。

「……猫?」

「違うわ、妖怪よ! こいつが下着泥棒の犯人だわ! 

 ――やっと見つけた! 正体を現しなさい妖怪!!」

 誠一郎は訝しげに観音を見つめている。

彼の目には、幼気いたいけな猫を観音がいじめているようにしか見

えなかった。

 蹴りを入れられた猫がぎゃん!と犬みたいな悲鳴を上げ

る。

「お、おい止めろ! 動物をいじめるんじゃない!!」

「離しなさいよ! だから、こいつは妖怪なんだってば

!!」

『見つかっちまったか……仕方ねえな』

 ――猫が、喋った。ぴたりと動きを止め、目を見開いて

猫を凝視する誠一郎に、ほら見なさい!と観音が怒鳴る。

 しかし、誠一郎には全く聞こえていなかった。

「なっ、えっ!? ね、猫、猫が喋って……!?」

「だから、こいつは妖怪なの! ただの猫じゃないのよ」

 三毛猫は猫らしからぬ仕草で、やれやれと言わんばかり

に腕を組んでいたが、やがて猫耳を生やした少年の姿へと

変じた。

 着物姿の彼のお尻から三本の尻尾が覗く。

妖怪など信じていなかった誠一郎は、自分の見た物が信じ

られなくて黒い瞳を見開いていた

『おいら猫又の御霊たまってんだ。よろしくな』

「よろしくな、じゃないわよ! あんた、皆の下着盗んだ

でしょ今すぐ返しなさい!!」

『ちぇっ。そこまでばれてんのかよ……』

 渋々と言った様子で御霊は木にするすると上り、隠して

あったらしい風呂敷を取って来た。

 その中から出て来たのは女物の下着である。

……かなりの数があった。

 観音は呆れたように肩をすくめ、誠一郎は思わずそれら

から目をそらす。

「それで……こいつ、どうするんだ? 生徒達に突き出す

か?」

「馬鹿じゃないの。妖怪なんて、あの子達には見えないわ

よ」

「ば、馬鹿って……」

「あら、気を悪くしたの? 本当の事でしょ。猫が悪戯し

たとでも言っておけば、あんたの容疑は晴れると思うわよ。

――そこ、逃げるんじゃないあんたも来るの!!」

 逃走しようとした猫又の首根っこを引っ掴むと、観音は

誠一郎と共に教室に戻った。

 長い黒髪を結わえた、千早と呼ばれる儀式用の巫女装束

と、真っ赤な緋袴を履いた、似通った顔立ちの少女二人が

いる事にも気づかずに。

『……事件、解決してしまったであります……』

『あの娘、我ら妖怪の事が見えているでありますな……』

 ふわふわと空中を浮いている少女達は、人間の姿をして

いるが狛犬だった。

 赤い飾り紐で髪を結っているのが姉の千鶴、緑の飾り紐

が千早である。二人は双子だった。

 女学校に通う、ある生徒の式神でもある。

ふわりと浮きあがった式神達が、自らが主と慕う少女の元

へと帰りつく。

「――ふぅん、解決しちゃったんだ。つっきー、残念だっ

たね。……妖怪の気配は感じたんだけど、まさか妖怪が犯

人だったとは思わなかったな」

 彼女達の主は、純白の単衣に真っ赤な緋袴を履いた少女、

神無月梓かんなづきあずさだった。

 垂らされた長い黒髪がふわり、と風になびく。

梓は式神の少女達を一度符へと戻し、たもとへと仕舞い込むと

教室に向かって歩き出した――。



 教室に戻ると、再び刺すような視線が誠一郎へと向いた。

ふん、と気に入らなそうに鼻を鳴らし、観音がかつかつと

ブーツを鳴らしながら前へと出る。

「――案栖先生は、犯人じゃないわよ」

「じゃあ、誰が犯人だって言うんですか!」

 自分の推理が暗に間違っていると言われ、おかっぱ頭の、

草木染めの桜色の着物に、紺の袴を合わせた比賀谷月穂ひがやつきほ

がムッとなったように観音に食って掛かる。

 観音は月穂の漆黒の瞳を真っ直ぐ見返して答えた。

「この猫が、下着を悪戯して持って行っちゃったのよ」

 ニャー!と三毛猫がすまなそうな鳴き声を上げ、短い両

足でちょこちょこと登場すると、可愛い!と女生徒達の視

線が釘付けになった。

 自分もその見た目に魅了されそうになりながらも、月穂

はかなりの衝撃を受けてしまっていた。

 両親が新聞社をやっている月穂は、自分も将来は両親の

ような面白い新聞を書く記者になりたいと常々思っていた

のである。

 それが冤罪で他人を犯人に仕立て上げたなんて、恥ずか

しい事この上ない。

「犯人は、猫だったのか……すまなかったな、案栖先生」

 白い着物に紫の袴を履いた、結わずに垂らした黒髪の、

桂紫子かつらゆかりが誠一郎に頭を下げた。

 他の女生徒も次々と謝っていく。

「くっくっく、我はこの者が犯人ではないと知って――

いったぁい! また翠が殴ったあああ!!」

「嘘つくんじゃないの! というか、先生を『この者』

とか言うんじゃない! あんただって疑ってたでしょ謝

りなさい。――申し訳ありませんでした、案栖先生」

「ごめんなさい、てっきりあなたが犯人だと思っていま

したわ」

「すみませんでしたぁ~」

「も、申し訳ないです。何もしていない方を疑ってしま

うなんて……」

「あ、あたしも疑ってすみませんでした……」

「私もごめんなさい、あなたを誤解していたみたいです」

「ご、ごめんなさい……自分が恥ずかしいです。よく知

らない人だからって疑ってしまうなんて……」

「あたしも、ごめんなさい。面白半分にあなたが犯人だ

って騒ぎ立てちゃったから……。ほら、つっきーも謝り

なよ」

 紺色の装飾過多な洋装を見に纏った、八月一日蛍ほずみほたるが口

元を歪めて笑いながら彼を疑ってはいなかったと嘘をつ

き、杏色の可愛らしい着物に海老茶袴を合わせた、

西園寺翠さいおんじみどりに頭を叩いて突っ込まれる。

 翠、長い艶やかな黒髪を持つ上品な橙色の着物の少女、

勘解由小路神菜かでのこうじかんな、間延びした口調だけど申し訳なさそう

な顔をした、桜色の蝶の着物の、梅干野淋漓ほやのりんり、黒髪を後

ろで一つに結わえた、淡い桃色のひらひらとした洋装を

纏った、天屯巴たかみちともえ

 黒髪をお団子に結った、白い洋装姿の黒葛原汐莉つづはらしおり

黒髪を花簪でまとめた紺の着物姿の、樹神菫こだますみれ、黒髪を

おさげに結った黒と白の着物姿の、樋口環ひぐちたまき

 「まがれいと」と呼ばれる輪っか状の髪型に、赤と

白の市松模様の着物姿の、氷名月瞳子ひなつきとうこにいたっては申

し訳なさで泣きそうである。

 ふざけていた梓も頭をかきながら謝っている。

「あ、あの、も、申し訳ありません! 調子に乗って

調査に乗り出して、冤罪事件にしてしまうなんて、私っ。

私……。自分が恥ずかしいです……」

 梓に言われて我に返ったらしく、月穂は羞恥と自己

嫌悪で顔を真っ赤に染めながら頭を下げた。

 漆黒の瞳が今にも涙が零れ落ちそうに潤んでいる。

「だ、誰だって間違えたり誰かを疑ってしまったりは

するさ。俺は気にしていないから、泣かなくてもいい

よ氷名月さん、比賀谷さん。皆も、俺は怒っても気に

してもいないから安心していいよ」

 女生徒達が安堵するような表情になる。

名指しで指名された瞳子はぽ~っ、と桜色にその頬を

染め、月穂も少し顔が赤くなっていた。

 お嬢様である彼女達は、あまり男性と触れ合ったり

声をかけられたりする事があまりない。

 なので、普段あまり合わない若い男性に舞い上がっ

てしまったのだろう。

 それを見ていた観音は何故か気分が苛立つのを感じ

たが、さすがにこの場で誠一郎を蹴り飛ばす訳にもい

かず黙り込むしかなかった――。

 ついに二話目投稿です。一応全員の服装を考えて

見ました。違和感あったら修正するかもです。

 まだ出ていないキャラがいるので、三話目はその

キャラ達を出したいですね。三話目はサブキャラが

主役のサブストーリーになります。

 誰が主役かは次回のお楽しみ、という事で。

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