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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
19/23

第十九話 ~女性剣士と女装少年の涙と救われる心~

「――あんた、ぼうっとしてないでとっとと

こいつについた悪魔って奴祓いなさいよ!」

 紫と白の矢絣を着て、髪を薄桃色のリボンで

総髪に結わえた、服神観音はとりかのんが苛

立ったような声を上げた。

 その顔は林檎のように真っ赤で、男性教師

である、案栖誠一郎あずまいせいいちろうを半場

殺気を込めたような視線で睨んでいる。

 な、何で俺を睨むんだよ、と誠一郎は思ったが、

言おうとした瞬間観音の殺気が強まった気がして

続ける事が出来なかった。

「……無理」

 その様子を横目で見ながら、一言で叩き切った

のは亜麻色の髪に青い瞳を持ち、黒い装飾過多な

洋装を着た夢・クロフォードだ。

『無理ぃ!?』

 観音と誠一郎がぎょっとなったように同時に

叫んだ。

 次の瞬間、何故か観音だけは少し赤くなって

視線をそらしたけれど、彼は全く気付いて

いない。

「ど、どういう事!? あなた、魔を祓う家系

だって言っていたわよね!?」

 その言葉に反応して口を出したのは、今度は観音では

なくて若竹色の着物と袴を着た、西園寺翠さいおんじみどり

だった。緑の飾り紐で二つ結びに結わえた

黒髪が揺れる

 夢は無表情のままで翠へと視線を向けた。

「巴は今悪魔に取りつかれて負の心に囚われて

いる……無理に引きはがすと危険。出来なくは

ないけれど、後遺症が残る可能性がある」

 翠が青ざめて口をつぐんだ。

白い着物に紫の袴を着た、垂らした黒髪の、

桂紫子かつらゆかりが口元に手を当てて

あえいでいる。

「そ、そんな……」

 紫子は誠一郎にぴったりとくっついている、

橙色の布飾りを大量に使った洋装を着た、

天屯巴たかみちともえを見やってよろよろと

後退した。

 後ろで一つに結わえた黒髪を、まるで尻尾の

ように上機嫌に振っている彼は、紫子の様子

など一瞥もしない。

「い、いい加減離れてくれ、天屯……」

「やだ」

「や、やだって……君なあ……」

「だって、先生大好きだからずっと一緒にいたい

んだも~ん」

 その間にも、巴はさらに誠一郎に身を摺り

寄せて甘え、観音の苛立ちを募らせて

いた――。



「――ゆかりん様、諦めないで」

「神無月、さん……」

 倒れかかった紫子を支えたのは、草木

染めの緑の着物を着た、神無月梓かんなづきあずさだった。

 その顔はひどく真剣で、それでいて紫子を

慰めるような温かさを感じさせる。

 長い黒髪を水引と呼ばれる和紙と赤と白の

糸で結わえた彼女は、きっと全員に視線を

向けていた。

「まだ、方法はあるよ。あたし達は、ほたる

っちが同じような事態に陥った時、みどりんと

一緒にほたるっちに呼びかけたら祓う事が

出来た、だから今回もその方法できっと

いけるよ!」

 梓に視線を向けられた夢が黙りながら小さく

多分と頷き、翠が張り切るように拳を握り、

観音も仕方ないわね、と言いながら巴を

見つめる。

「――ともちん」

「何? 邪魔しないでよ、今、先生と仲良く

してるんだから」

「それが、ともちんの『なりたかった女性』

なの? それが、ともちんのしたかった事

なの?」

 巴は答えなかった。

梓の言葉はいつもの騒々しさが嘘のように

静かで、それでいて厳しく巴に訴えかける。

「ともちん、分かってないよ。あなたのした

かった事は、新任の先生と仲良くする事じゃ

ないでしょう? あなたが、仲良くしたかった

人は誰?」

「――知らないっ! そんな人、いないっ!」

 悪魔が巴から離れまいとしているのか、

それとも巴が拒絶している証拠なのか、巴は

さっきまでの甘い声とは裏腹なきつい口調で

叫んだ。

 誠一郎の腕を掴む手に力が入り、彼が小さく

呻く。

「しっかりしなさいよ、あんたっ! 悪魔

なんかに負けるんじゃないわよ!」

 観音がきっ、と巴を睨みつけて叫ぶ。

巴は駄々っ子のように首を振ると、さらに強く

誠一郎にしがみついた。

「巴! 好きな物に、男とか女とか関係ない

じゃない! 誰に何言われたってどうどうと

してなさいよ! 自分が恥ずかしくないなら、

そんなの構わないはずでしょ!」

「……あ」

 巴が小さく呟いた。

誠一郎の腕を掴む手の力が弱まる。

 しかし、誠一郎がほっとしたように巴から身を

放そうとすると、どいて!と不幸にも巴から突き

飛ばされてしまった。

 そのまあ態勢を崩してその場に倒れ込む。

夢が無表情のままで視線を彼に移した。

「……大丈夫?」

「……な、なんとか」

 再び巴――いや巴に取りついた悪魔は逃げようと

しているようだった。

 観音が早く立ちなさいよ!と怒鳴りながらとり

あえずは誠一郎に手を貸して立たせる。

「――逃がさないっ! きゃあっ……!」

「邪魔だ!」

 梓が止めようと巴に体当たりするように抱きつく

が、ぎりっと歯を噛みしめた巴によって突き飛ば

されてしまった。

 しまった!と梓が痛みに呻きながらも歯噛みする。

そんな中、さらに巴を足止めしようと飛び出して来た

人物がいた――。



「――巴」

「チッ、お前か、どけっ!」

 今の巴は完全に悪魔に支配されてしまっている

のか、立ちはだかる紫子を憎らしげに睨みつけていた。

 さっきまでの可愛らしい口調や仕草が嘘のようだ。

「今の君を、私は行かせる訳にはいかない。いくら君が

悪魔につかれているとしても、私に勝てると思うな」

 紫子は体つきが男のようにがっしりしている訳では

なかったが、それなりに鍛えられた肉体と巴より高い

身長を持っており、少なくとも小柄な巴よりは力だって

強いはずだ。

「お願いです、紫様、僕を通してくれませんか?」

 このままぶつかりあっても勝てないと判断したのだろう、

巴は今度は目をうるうるさせて紫子を懐柔しようとした。

 巴と仲のいいらしい紫子なら簡単にほだされると思ったの

だろうが、あいにくと紫子はそんなに甘くない。

「駄目だ。巴の声と顔だけで、私を誘惑出来ると思うなよ」

 紫子が巴の腕を掴む。

巴は必死に腕を振り払おうとするけれど、元々剣術などを

日課としている紫子と、明らかにか弱そうに見える巴では

もう勝負は見なくてもついている。

「聞いてくれ、巴……。翠の言うとおりだよ、君は無理に

変わらなくてもいい。そのままの君でいてくれればいい。

前に、言ってくれただろう? 女らしくないと叱られて泣き

そうになっていた幼い頃の私に、君は『無理に変わる必要

なんてない。紫子様は紫子様のままでいい』って言って

くれたじゃないか」

 びくっ、と巴の身がすくめられた。

紫子は腕を伸ばしてふわり、と巴を優しく抱きしめる。

 巴の体が小さく震えた。

「……ゆ、かり様……僕……! 僕……」

「巴……」

「……う、うあああっ! ――やだっ、もう出

てってよ! こんな事、したくない、のに……」

 巴が紫子をやや乱暴に突き放す。

驚いたように目を見開く紫子の、みるくのような

白い首元に手を近づけるや思い切り締め付けた。

 紫子が小さく悲鳴を上げ、巴は泣きそうな声で

叫ぶ。どうやら自分の意思で体が動かせないよう

だった。

 完全に悪魔に操られてしまっているようだ。

「天屯! そんな奴に負けるな! 君が本当に

そいつが必要ないと思わなければ、そいつは

消えないぞ!」

「巴っ! いつまでもぐじぐじ悩んでるんじゃ

ないわよ!」

「……頑張って、巴……悪魔がまだ離れないのは、

あなたが心の奥底ではまだ闇から解放されていない

から……」

「ともちん! あたし達がいるよ! だから、闇に

魅入られないで!」

「そんな奴、早く心から追い出しなさいよ!」

 誠一郎、翠、夢、梓、観音が同時に叫ぶ。

巴はどうしたらいいのか分からず、ただ自分の手が

この世で一番大切な人の喉元に食い込むのを見ている

しか出来なかった。

「……とも、え……わた、しは……きみ、を……しん

じて、いる、よ……きみが、まけたりは、しない、

と……」

「紫子様ぁ! でも、でも、僕は弱い……。今だって、

大切な人が苦しんでいるのに、手をこまねいて見てるしか

出来ない、闇にだって魅入られてしまった……。僕は、

僕はどうしようもない人間なんです」

「……そんな、ことは、ない……。きみは、つよい……

なやみ、ながらも、ふくそうも、いきかたも、かえ

なかった……。わたし、なんかより、よっぽど、つよい、

よ……」

 巴の目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。

首を絞める手から力が抜け、紫子は咳き込む。

 しかし、すぐに紫子は震える手で巴をもう一度抱き

しめるとその唇に自らの唇を重ねた。

「――好きだ、巴……」

「……紫子様」

 巴の目にはもう悲しみも憎しみもない。

目から零れ落ちる涙は嬉しさに溢れ、自分を抱きしめる

彼女の背中に恐る恐る手を回していた。

 今だ!と梓が叫んで符を取り出して構える――。



 眩い光が符から溢れ出して紫子と抱き合う巴を包み

込む。結界が悪魔をはじき、悪魔はぎいぃっ!と苦し

げな悲鳴を上げた。

 状況が悪いと判断した悪魔は逃走を図ろうとしたが、

その前に夢が立ちふさがり腕輪をかざす。

「……逃がさない」

 銀の腕輪がひときわ美しく輝き、彫り込まれた魔除けの

文字が赤い光を放ち始める。

 すると、悪魔が引きずられるように夢の腕輪へと吸い

込まれそうになっていた。

 悲鳴を上げ、逃げようとする悪魔に夢がよろめきかけ、

観音がかつかつと編み上げブーツを鳴らして悪魔に

近づく。

「あんた、往生際が、悪いのよ!」

 観音が歯を剥き出しながら手をかざす。

彼女の手のひらから明るい光が溢れ出していた。

 ――観音の退魔の力だ。

観音が集中するように目を閉じてさらに手のひらを

かざすと、悪魔は引っこ抜かれるよう空中に弾かれ、

もう抵抗する事が出来ずに夢の腕輪へと封印された。

 ほっとしたように夢が観音を見る。

その顔はいつもの無表情ではなく、どことなく口元が

綻んで見えた。

「……ありがとう」

「べ、別に助けた訳じゃないわよ。あいつがうっとう

しかっただけ」

 よかった、と翠と誠一郎が安堵の表情になる。

梓がやったね、ゆめっち!と飛びついても、夢は多少嫌

そうな顔はしたもののよけたりはしなかった。

 そんな嬉しそうな誠一郎達を尻目に、泣きながら紫子と

巴はいつまでも抱き合っていた――。


 巴編、ようやく完結です。

これでやっと巴から悪魔が

出て行き、紫子様との想いも

通じた感じです。

 次回は、紫子様のサブ

エピソードを書こうと

思っています。

 

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