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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
18/23

第十八話 ~女装少年逃走と女剣士の想い~

「……遅いな、巴」

 ぼそりと呟いたのは、白い着物に紫の

袴を身に着けた、垂らした黒髪の、

桂紫子かつらゆかりだった。

 いつもは凛々しげな表情を見せる顔が、

今は心配そうに曇っている。

「具合が悪そうだったから、今はまだ

眠っているんじゃないでしょうか……」

 若竹色の着物と着物姿の、西園寺翠さいおんじみどり

少し悲しそうに呟いた。

 緑の飾り紐で結わえた黒の二つ結びの

髪を無意識に揺らしている。

 紫子と翠は、お昼休み前に橙色の布飾りが

大量に使われた洋装を着て、黒髪を後ろで一つに

結わえた、天屯巴かたみちともえに会いに行った

のだけれど、具合が悪いからと会えな

かったのだ。

「なんか、心配だね~。ともちんは授業を

何もないのに休む子じゃないし……」

「そ、そう、ですね」

「お昼は、食べていたみたいです

けれど……」

 簡素な草木染の緑の着物を着た、垂らした

黒髪の、神無月梓かんなづきあずさがう~む、と言い

たげに腕を組んでいた。

 桜色と白の格子紋様の着物を着て、髪を

まがれいとに結った、氷名月瞳子ひなつきとうこが悲し

そうに目を伏せ、次いで白と桃色の梅の花が

散りばめられた赤い着物を着た、黒髪を右側で

結った、松形咲良まつかたさくらがうつむき

ながら言う。

 咲良は時間を見計らって医務室に行ったの

だった。

 その際、空になった器が載った昼食のお盆を

下げたのだ。

「……あんた、その時巴に会わなかったの?」

「す、すみません。寝台が盛り上がっていたので、

てっきりそこに巴さんがいると思って会わずに

帰って来たんです……」

「べ、別に謝らなくてもいいけど……」

 紫と白の矢絣の着物を着て、髪を薄桃色の

リボンで総髪に結わえた、服神観音はとりかのん

咲良にその時巴と会ったのかと聞くと、咲良は巴が

寝ていると思って会わずに帰ったと告げた。

 その際謝られた観音が罰が悪そうな顔になる。

「……巴っ!」

 と、その時。がたん、と音を立てて机から立ち

上がった人物がいた――。



 その人物とは、紫子だった。授業中に席を立った

事など一度もない、真面目な彼女の表情は青ざめて

おり、しかも体が小刻みに震えていた。

「――桂、今は授業中だ」

 その様子に胸をつかれつつも、男性教師の、

案栖誠一郎あずまいせいいちろうは言わなければ

いけなかった。

 自分だって、生徒である巴の事は心配だ。

でも、今は授業中だからそれを弁えなければ

ならない。その事が酷く辛かった。

 女生徒も、何人かは紫子を咎めた誠一郎に反感を

持っているのか睨みまではしなくとも、少し棘の

ある視線を向けている女生徒達が数人いた。

「……冷血漢……」

「く、クロフォード……!」

 誰も何も言わない中、たまりかねたのか小声で

ぼそっと毒を吐いたのは、亜麻色の髪に青い瞳、

黒い装飾過多な洋装姿の夢・クロフォードだった。

 誠一郎がさすがに傷ついたらしく、悲しそうに

夢を見るが彼女はふいっと視線をそらしている。

「だ、駄目ですよ、クロフォードさん……」

「さ、さすがにそれは言い過ぎだよぅ……」

「私もちょっとは思ったけど、直接言っちゃ

駄目に決まっているじゃない」

「……案栖先生が可哀想です。確かにあの

言葉は酷かったですが」

「わたくしもそう思いましたが、きっとあの

方だって本心から言っていた訳ではあり

ませんわ。本心だとしたら幻滅します

けれど」

 おかっぱ頭に黒と橙色の格子紋様の着物を

着た、比賀谷月穂ひがやつきほ、紺色の装飾

多めの洋装を着た、前髪だけ長い短い黒髪の、

八月一日蛍ほずみほたる、黒と白の矢絣の

着物を着た、黒髪を芍薬の花簪でまとめた、

樹神菫こだますみれ黒髪をお下げに結い、

白い地に青い小鳥紋様の着物を着た、

樋口環ひぐちたまき、黒い地に銀の蝶の模様の

着物を着た、黒い白い布飾りのついた

リボンで髪を結い上げた、勘解由小路神菜かでのこうじかんな

誠一郎を擁護する発言をする。

 しかし、月穂や蛍はともかく、他の女生徒

達はどこか酷い発言をしており、誠一郎は若干

まるで殴りつけられでもしたかのような衝撃を

受けていた。

 その様子を「容赦ないです……」と、苦笑した

おだんごに結った黒髪に、白い洋装を着た、

黒葛原汐莉つづはらしおりが引いている

ような発言をしている。

「皆さん、刺さってます! 言葉の刃が、全部

誠ちゃ――案栖先生に刺さってますから!」

 咲良は何故か自分が泣きそうになりながら

誠一郎をかばうように突っ込んでいた――。



 誠一郎はどうしよう、と思った。

とりあえずは授業を進めなければと思ったの

だが、皆巴が心配らしく勉強など手に着か

ないようだ。

 自分だって巴の事はかなり心配なのだが。

「「――案栖先生!」」

 と、扉を開けて入って来たのは、黒縁眼鏡に

紫色の御所車の着物を着た、伊藤伽耶いとうかやと、

紫色の女性用の飾り気のない洋装を着た、

伊藤麻耶いとうまやだった。

 こっぴどく叱られた経験のある梓と夢が思わず

ぎくりとしたような顔になり、他の女生徒も怯えた

ような顔になる。

 平然としているのは巴が心配で、それ以外は

考えられないらしい紫子と、いつもあまり動揺を

顔に出さない神菜くらいだった。

「い、伊藤先生!? ……すみません、騒々

しくて。静かにするように言っておきます

ので――」

「「そうじゃない!」」

 相当に慌てているらしく、伽耶と麻耶は同時に

迫力のある響きの声で叫んだ。

 それから、伽耶が一度咳払いをしてから説明

する。

「巴がいなくなったらしい……」

「な、なんですって!? 天屯が!?」

「ああ……心配になって私達が会いに行ったのだが、

寝台には誰もいなくてな……」

 麻耶も続けて言う。誠一郎の顔がさっ、と青ざめた。

巴は医務室にはいなかった。

 そして、こちらにも戻っては来ていない。

彼女は一体どこへ行ったのだろうか。

「「案栖先生、どうか、巴を探してあげて

ください!」」

「で、ですが……!」

「授業なら、私達が引き受けます! だから、あなたは

早く巴を!」

「わ、分かりました」

 誠一郎はこの場は伊藤姉妹に任せ、巴を探しに行こう

とした。

 しかし、いきなりぐいっと夢に腕を掴まれてしまう。

「な、何故邪魔するんだ、クロフォード……」

「……邪魔は、しない。でも聞いて」

「な、何だ……?」

「悪魔の気配がする……。だから、私も行く」

「あたしも行くよ――っ! 相手が悪魔だって、

あたしの力が役に立つと思うしね!」

「もちろんあたしも行くわよ!」

「私も、連れて行ってください……巴が、心配なん

です。このまま、ずっと待っているだけなんて出来

ない……」

「あたしも行きます! 巴とは親友なんだから!」

 夢は悪魔の気配がする、と誠一郎に囁いた。

夢は元々魔を祓う退魔師の家系だったと聞いている

ので、誠一郎はそれが嘘だと疑う事はなかった。

 彼女の他に、梓、観音、紫子、翠が行きたいと申し

出た。

 伊藤姉妹は生徒が出ていく事にはあまりいい顔は

しなかったが、まあ仕方がないと言った様子で肩を

すくめ、最終的には彼女達の同行をも認めたの

だった――。



 巴は校長である、白くなった髪と髭を持つ、

青天目重央なばためしげひさが世話している、芍薬と

牡丹と百合が咲いている花壇で見つかった。

 なんと、真っ赤な顔をしている重央に抱き

ついていたのだ。

 その髪には、花壇から抜き取ったのだろうか

白い可憐な百合の花が

飾られている。

「と、巴君! 落ち着きたまえ、一体、どうした

というのかね! いつもの大人しい君に

戻って……!」

「校長先生、年下の子は、駄目ですか?」

 巴はなんとも妖艶な表情で重央にぴったりと

抱きついていた。

 いつもの優しそうで大人しそうな巴からは

考えられないような、どこか扇情的で大人びた

雰囲気だった。

「巴! 一体、君は、何をしているんだ!? 

 今すぐ、校長先生から離れるんだ!」

「あら、紫子様、ごきげんよう」

 紫子がぎょっとなったように前へ出た。

しかし、巴は慌てた様子もなくふふふ、と可愛

らしく微笑みながらさらに重央にしっかりと

抱きつく。

「巴! あんた、皆がどれだけ心配してると

思ってるのよ!? ふざけてないで、早く

教室に戻りなさい!」

「いや~っ、翠ったらこわ――い! あたしが、

校長先生と仲良くするのそんなに気に食わ

ないの? 嫉妬かしら?」

 明らかに巴は様子がおかしかった。

口調や声はいつも通り可愛らしいのだが、どこと

なく小悪魔のような色っぽさを感じさせるような

響きになっていた。

 それに、巴は普段「あたし」なんて言わない。

「あ、『あたし』ってあんた……!」

「……ほたるっちの時と、同じか」

 梓がいつもの騒がしさを消した、静かな口調で

言った。

 間違いない、悪魔の仕業、と夢が言い足す。

「とにかく、あんた、校長先生から離れ

なさいよ!」

 観音が巴の腕に手を伸ばそうとした。

すると、巴はするりと重央の腕から抜け出すと

べぇ――っと舌を出す。

「捕まえるもんなら、捕まえてみたら~?」

「ま、待ちなさい!」

 けたけた可愛らしく笑いながら、巴はかっと

なる観音の手をかいくぐって素早く逃げて

行った――。



「――どうなってんのよ!」

 観音が癇癪を起したように地団駄を踏んだ。

紫子と翠は悲しそうな顔になり、梓と誠一郎と

夢は考えるように顎に手を当てている。

「う~ん、何で、ともちんはあんな風になった

のかな……。悪魔ってのに取りつかれておかしく

なってる、ってのは分かるけど」

「まさか、天屯がああなってしまうとは……」

「……多分、色欲の悪魔、だと思う……」

『色欲!?』

 夢以外の全員が思わず顔を赤く染めた。

しかし、夢はなんとも思っていないらしく、

間違いない、と呟いている。

「みどりん、ゆかりん様、こうなった理由、

何か分からない……?」

「……誰にも、言わないでくれよ? 実は、

巴は男なんだ……」

『男!?』

 梓が紫子に真剣な顔で尋ねると、紫子は

ためらいつつも説明した。

 翠は知っていたが、誠一郎と梓と観音は

知らなかったので目を見開いて固まっていた。

 夢も驚いたような顔をしている。

「でも、彼は昔から女性の着物や洋装が好きで、

女性に憧れていたようなんだ……子供の頃、

あなたが羨ましいと言われた事があったが、今も

そう思っていたとは……思い詰めていたんだな」

 巴の両親はそんな事はないが、彼の兄や弟は

女装する巴をどこか冷遇していて、両親がいない

場所でいじめていた事があった、と紫子は話した。

 兄達より勉強が出来、将来は父親の跡目を継ぐ

事が決まっていた巴への嫉妬もあったのかも

しれない、とも言う。

 紫子が巴をかばって喧嘩騒ぎを起こした後

両親にいじめが発覚してからはそんな事はなく

なったのだが……。

「……巴、紫子様には言わなかったんですけど、

実は兄弟にまたいじめられるようになったみたい

なんです」

「な、何だと!? またあいつらが!?」

 翠は巴から預かっていた手紙を全員に見せた。

そこには、女装するお前が気持ち悪いだの、お前は

紛い者だの、思いつくかぎりの悪口雑言が

書かれていた。

 巴が思い詰めてしまった理由もこの手紙に含まれて

いたのかもしれない。

 紫子は泣きそうな顔で手紙を握りつぶした――。



 巴を探しながら、紫子と翠は巴についていろいろと

話した。

 巴は実は国会議員の紫子の父親の秘書の息子であり、

父親が住み込みで働いていたので母と兄達と一緒に、

幼い頃は住んでいたが、跡目を継ぐ修行も兼ねて巴

だけが近所の父の知り合いの家に書生として働きに

出た事。

 自分が心配で女装して着いて来てくれた事。

翠は巴の幼馴染であり親友で、彼が女装して

女学校に向かうと聞いて自分も向かった事。

 誠一郎達は黙って二人の話を聞いていた。

と、服飾室についた時の事だった。

 誠一郎はいきなり背後から何者かに抱きつかれ、

うわあっとつい情けない悲鳴を上げてしまった。

「捕まえた!」

「た、天屯!?」

 それは巴だった。紫子に男だとは聞いていたけれど、

とてもそうは見えない。

 潤んだ瞳に、ぽってりと赤い花のような唇に、薄い

桃色に染まった頬に、可愛らしい顔立ちに誠一郎は

魅入られたかのように動けなくなった。

「……最低……」

「男って、これだから……」

「――新米の先生、今は、ともちんと仲良くしてる

暇なんてないんだけど」

「あんた、何やってんのよ!」

「と、巴……」

 そんな誠一郎を見る女性陣はどことなく棘があった。

夢は冷たい目で最低と呟き、翠は呆れたような顔に

なり、梓までもが棘のある口調で、観音は炎が背後に

見えそうなほど誠一郎に向かって怒りを露わに

していた。

 紫子だけは衝撃を受けたような顔になっている。

巴は周囲の反応などお構いなしに、甘えるような

口調と仕草で誠一郎に身を摺り寄せていた――。




 今回は久々に本編ストーリーで

校長先生と麻耶伽耶姉妹先生を

出せました。麻耶伽耶先生は、

厳しいけれど生徒想いな人達

です。巴編は次回解決になる

と思います。

 巴編が終わったら、しばらく

サブエピソードを書こうと

思っています。

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