第十七話 ~女装少年の想いと襲撃~
きっかけは、亜麻色の髪に青い瞳を
持ち、黒い装飾過多な洋装を見にまとった
夢・クロフォードの言葉だったのかもしれ
なかった。
「巴は、いつも可愛い恰好してる……」
「え……!? あ、ありがとう、ござい
ます」
柔らかい色目の橙色の、布飾りを大量に
使って装飾された洋装を見にまとっていた、
天屯巴はふいに褒め
られて顔を赤くしたが、夢の洋装に目を
止めて口をつぐんだ。
「ともちんも可愛いけど、やっぱり夢っちが
一番可愛いよ~」
「……!」
そんな夢の後ろから、ひょっこり顔を
出したのは、今日は珍しく巫女装束では
ない、神無月梓だった。
いつもは巫女装束を身にまとっている
けれど、今日は簡素な草木染めの緑の
着物だった。
ちゃっかり夢に抱きつこうとして、
危険を察知した彼女によけられて態勢を
崩し、机を吹っ飛ばしながら転げて行き
壁にぶつかって止まっている。
「だ、大丈夫ですか神無月さん!?」
「いったぁ~……酷いよ夢っち、よける
なんて……」
かなり痛そうな様子の梓に、一早く駆け
寄って来たのは、おかっぱの髪に黒と橙色の
格子紋様の着物を着た、比賀谷月穂
だった。
ありがとつっきー、と言いながら梓は月穂の
手を借りて立ち上がる。
夢はぷぃっと梓から視線をそらしていた。
相当に、彼女が苦手になっているらしい。
「あんた、ちょっとやりすぎじゃないの?」
「観音……」
と、そこに珍しく話に割り込んだのは、紫と
白の矢絣の着物に海老茶袴を身にまとい、薄桃
色のリボンで髪を総髪に結わえた、服神観音
だった。
「私は悪くない。ただよけただけ。勝手に机に
突っ込んだのは、梓」
「それでも、あんた、こうなるって分かってて
よけたでしょう」
事実なのだろう、夢は観音と目を合わせようと
しなかった。梓がまあまあ、と割って入る。
「かののん、落ち着いて落ち着いて。あたしは
大丈夫だからさ、ね?」
「べ、別にあたしはあんたのために怒ってる訳
じゃないわよ!」
観音が真っ赤になりながら怒鳴る。その様子を
見ていたら、とても梓のため以外に怒る理由など
ないのだけれど、観音はそう言い切ったの
だった――。
「お、お怪我はないですか?」
「痛そうだった……」
「い、いい音でしたしね……」
梓がずらしてしまった机を、梓と一緒に片づけて
から聞いたのは、白と桃色の梅の花が散りばめられた
赤い着物を着た、黒髪を右側で結わえた、松形咲良、
黒髪をお下げに結い、白い地に青い小鳥紋様の着物の
樋口環、黒髪をまがれいとに結い、
桜色と白の格子紋様の着物を着た、
氷名月瞳子だった。
だいじょーぶ、と言いながら梓はにっこり笑って
みせる。
呆れたような顔で、若竹色の着物と袴を着た、
黒髪を緑の飾り紐で二つ結びに結った、西園寺翠、
牡丹の花簪で髪をまとめた、白と黒の矢絣の着物を
着た、樹神菫が肩をすくめていた。
「こりないわね、梓は」
「少しは、こりるという事を知るといいと思い
ますわ」
「いや~二人とも手厳しいね~」
呆れられても梓はにこにこしているだけだ。
泣いたり、すぐに落ち込んだりしない所は認めても
いいかもしれない、と観音は思う。
絶対に口に出して言ってやるつもりはないが。
「神無月様は、本当に面白いですわね」
「ああ、雰囲気をいつも明るくさせてくれるな」
「少し騒がしい所はありますけれど、いいお方
ですよね」
「梓さんは、いつも楽しい人だと思います」
黒い白い布飾りつきのリボンで髪を結い
上げた、黒い地に銀の蝶の模様の着物姿の、
勘解由小路神菜、結わずに
垂らした黒髪に、白い着物に紺の袴を着た、
桂紫子、黒髪をお団子に結った、
白い洋装姿の黒葛原汐莉、前髪
だけ長い短い黒髪に、紺色の装飾多めの洋装
姿の八月一日蛍は、梓には
好意的な気持ちを抱いているようだ。
でも、他の女生徒達も別段梓が嫌いという
訳ではない。
呆れつつも、仕方がないわね、と言いたげな
視線を向けているのだ。
すぐに明るい笑い声が女生徒達の間で上がり
始めた。
しかし、そこに巴はなかなか入って行け
なかった――。
巴は一歩引いた様子で楽しげに語りあう
女生徒達を見つめていた。
その様子は、眩しい物を見るような憧憬と
嫉妬と、さらに自分は彼女達とは違う、とでも
言うかのような悲しみが見え隠れする複雑な
心境であった。
「……巴?」
「うわっ! く、くろふぉーど様!?」
夢は巴のその表情に訝しげな物を感じ、
無表情のままで彼女に近づいた。
人形のような無感動な瞳と、音もなく近づく
動作にびっくりして巴が飛び上がる。
「どうしたの? 何か、あった?」
「い、いえ、別に……あ」
きらりと夢の腕に陽光を反射して輝く物が見え、
巴は口を閉ざした。
夢は巴の視線に気づき、丸く膨らんだ袖で隠
れていた腕輪を抜いて巴に見えるようにする。
「……クロフォード家の家宝」
「そ、そう、なんですか?」
それは古い銀製の腕輪だった。
魔除けの文字が彫り込まれている代わりなのか、
宝石の類は一切ないけれど、夢がかなり大事に
磨いているのかきらきら光って見えた。
「スペイン製の腕輪。代々クロフォード家の
女性にだけ伝わって来た物で、今は私が持ち主に
なっている。私の先祖は、元は海賊だったけれど
その孫が牧師になって魔を祓う仕事を生業にする
ようになった」
夢にしては、かなり長い会話だった。
巴はそれに驚きつつも、夢の腕にそれはとても
よく似合うんだろうな、と思うと歯切れの悪い
返事になるのだった。
すっ、と夢が腕輪を元の位置に戻す。
やはり袖があるので少し見えにくいのだけれど、
ちらりと一瞬だけ見えた腕輪は、人形のように
可愛らしい夢に似合っていた。
黒い装飾過多な洋装も、彼女にはよく似合う。
きっと、本物の女性でなくてはああいう物は似合わ
ないのだろう。
焼けつくような、強烈な嫉妬心が巴の中を駆け
巡った。
自分より、ああいう可愛らしい衣装は夢のような
少女にこそお似合いの衣装だと思う。
巴は気に入っていた自分の洋装が、自分には似合わ
ないんじゃないかと思い急に嫌になってぎゅっ、と
小さく拳を握った。
「授業を始めるぞ」
泣きそうになった巴だけれども、教室の扉が開いて
男性教師である、案栖誠一郎が入って
来たので泣くのを止めた。
誰かの前で泣くなんて、これ以上みじめになり
たくない。
何より、自分より男らしい顔立ちに見える彼の前
では――。
巴はどんどん自分が嫌いになりそうだ、と思い
ながら医務室の寝台に横になっていた。
気分が悪いからと嘘をつき、教室を出て来たのだ。
女学生達に混じって勉強をし、女の子達と仲良く会話
したり遊びに行ったりしており、女性用の洋装を身に
まとっている巴であるが――実は彼女――いや彼は、
男だった。
無論、男である巴が桂家の女給などする事は出来ず、
それは偽りの身分なのだ。巴の父親は国会議員である、
桂家の当主、つまり紫子の父親の秘書をやっていて、
家族で桂家に部屋をもらって住んでいたのだった。
巴は幼い頃は兄達同様桂家に住んでいたが、末っ子
ではあるけれど秘書としての才を紫子の父親と、自分の
父親に見いだされ、修行も兼ねて書生として紫子の
父親の同志である政治家の家に居候していたのである。
何故そんな彼が女装をしてまで女学生として勉強を
しているのかというと、紫子を守るためだった。
紫子の入学した清心女学校が妖怪の悪戯の噂のある
女学校だったので、彼女が心配で巴は書生を辞めて
女装して入り込んだのだった。
実際には、彼女は女性にしてはかなり強いため、巴が
守る立場になる事はあまりないのだけれど、お前には
無理だとは言わず、「巴がいるなら心強いな」と優しく
微笑んでくれた紫子が巴は好きだった。
初めて主家の家で出会った、その時から。
無表情な事が多く、基本的には無口な事が多いけれど夢は
いい子だ。
しかし、自分はそんな彼女に嫉妬した。いや彼女だけ
ではない。
観音にも、蛍にも、菫にも、咲良にも、神菜にも、汐莉
にも、環にも、瞳子にも、月穂にも、梓にも、そして事情を
知っている翠にも、女性教師である伊藤麻耶と伽耶にも、
お女中の夏目真子にも、よりにもよって大好きなはずの紫子
にさえも嫉妬してしまっていた。
焼けつくような心の炎が、自分の意思では消せそう
にない。
「ううっ……くっ……」
一人になると、巴は押し殺したような声で泣いた。
誰にも聞こえて欲しくないから、自然と声は小さくなり、
だから涙も止まりにくくなる。と――。
「巴? いるのか?」
「巴! 大丈夫なの?」
医務室の扉の外にいたのは、今一番会いたくない二人
だった。
紫子と翠である。
嫉妬した事が恥ずかしくて、好きなはずの二人の顔を見る
のが今はつらくて、つい巴はごめんなさい、今は頭が痛い
ので、と嘘をついて二人に会わなかった――。
泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。
巴は、気付いた時もうお昼の時間になっていたようで、
梓と観音が今日の昼食を持って入って来た。
「お――い、ともちん、お昼食べれそう~?」
「具合悪いんだったら、無理して来るんじゃないわよ!
全く、何であたしがこんな事を……」
「え……あ、あの、ごめんな、さい」
「かののんってば、ともちんを怯えさせないの! って
いうか、かののんが持っていくって言ったんじゃない」
「う、うるさいわね! とにかく、食べなさいよ!?」
巴は何故か怒っている観音に怯えてつい謝ってしまったが、
彼女は怒っていたのではなくいつもの素直になれない態度
だったのだ、と気づき安堵の表情になっていた。
観音はそのまま梓を引きずるようにして行ってしまい、再び
巴は一人になる。
恐る恐る昼食が乗った皿を除き込むと根菜がたっぷり入った、
洋風の汁物の美味しそうな匂いが巴の鼻をついた。
淡い飴色のその汁物にはお肉が入っており、卵とじのように
なっていて優しい味付けだった。
料理長の相原太一が、巴の体調が悪いらしいと知ってわざわざ
作ってくれたのかもしれない。
料理にはかなりこだわりのある彼らしい、と巴は思う。
主食は洋食を好んで作る彼にしては珍しく、柔らか目に炊いた
ご飯になっていた。
なんだか、巴は温かい物が心に満たされた気がして、太一や
梓や観音や、そして翠と紫子の心遣いが嬉しくてまた
泣いた――。
泣き止んだ巴は、顔を手洗い場で洗うと、心配させた
事を級友達や誠一郎に謝って教室に戻ろうとした。
しかし、その足取りは少し遅く、まだ気持ちが完全に
晴れた訳ではないようだ。
生まれつき、巴は何故か男性の服装より、女性の服装の
方が好きだった。紫子が好きだという気持ちと、その人の
事をもっと知りたいという気持ちからか、女性という物に
憧れのような物を抱いていた。
自分も、女性に生まれたらよかったのに。
何故、母親はこんな自分を男に産んだのだろうか。
男ではなく、巴は女の子に生まれたかった。
悶々と考えてしまい、本当に気分が悪くなりそうになった
巴は医務室に戻ろうか真剣に迷った。
「――待て」
と、ふいに声を掛けられて巴は思わずびくっとなって
振り向く。
黒衣の服装をした人物を怪訝そうに見つめ、巴は一歩
下りそうになりながらも口を開く。
「あ、あの……ぼ――私に何のようなんですか?」
男とも女ともつかない人物に巴は怯えてしまっていた。
体型的にはかなり小柄ではあるものの、巴よりは微妙に
背が高い。
声で判別しようにも、相手の声が低めに聞こえるので
男性なのか女性なのか全く分からなかった。
ずっと一人だったため、あやうく「僕」と言いかけた巴は
慌てて言い直す。
顔が見えれば男か女か判別出来るのに、と苛立ちつつも
もう一度会話を試みようとした次の瞬間、黒衣の人物が
にやり、と口元を歪ませる。
それをためらったように見つめていた巴は、ふいに何も
考えられなくなって頭が真っ白になった――。
今回、ちょっと一部暗くなって
しまいました。巴の気分に同調して
しまい、一緒に泣きそうになった
のは余談です。
今日のメニューはご飯とコンソメ
スープ(お肉+溶き卵つき)に
なりました。具合が悪いと思われて
いるので巴だけお腹に優しいメニュー
となりました。次回も本編で、この
お話の続きになります。




