第十六話 ~校長先生の趣味~
清心女学校校長、青天目重央には
とある趣味があった。
元々、重央は子供の頃から争い事や
いじめなどが大の苦手で、男らしくないと
親に叱られながらも男の級友達に泣か
される事が多く、優しい母に慰められる
という日々を送っていた。
そんな重央にも好きな物はあった。
動物と植物――つまり花が好きだった
のだ。
級友達にはお前は女みたいだ、とから
かわれたり、父親や兄達にお前は女か、と
怒鳴られたりしても止めなかった趣味が
重央には今もある。
それは、花を育てる事だった――。
花は人をからかったり、意地悪したり、
自分を傷つけたりもしない。
だから重央は今でも花が好きだった。
寧ろ、綺麗に咲いて自分を慰めてくれる。
花はとても優しい。
それでも重央は人を嫌っている訳
ではない。
からかったり意地悪する人だけでは
ないからだ。
学生時代だって、意地悪する人とだけ
関わりあっていた訳ではない重央は、いろ
いろな人がいる事をよく知っていた。
そんな重央が女学校を建てて少女達を
見守ろうと思った事のきっかけは、実は
彼の姪っ子達の一言だったりした。
お転婆でわがままで気が強い。
そんな評価をもらっている姪っ子達だ
けれど、重央は別段彼女達がそうだとは
思わなかった。
確かに気が強いというのは重央にも否定は
出来ないけれど、人を思いやれる優しく
元気な子達だと思っていた。
「……おじさんは、優しいね」
「私達の事も、頭ごなしに叱ったりせず、
いろいろ聞いてくれるもんね」
姪の麻耶と伽耶は、今は女性教師に
なっているけれど、子供時代はかなりお転婆で
よく厳しい父親母親に叱られていたのを今でも
重央はよく覚えている。
今彼女達が生徒に対して厳しいのは、両親の
躾の賜物、なのかもしれなかった。
麻耶と伽耶の母親――つまり妹と重央は
仲が良かった。
他の兄弟達とは縁を切った訳でもない
けれど疎遠になっているが、妹の小夜とは
娘と夫を交えてまだ関係は続いていた。
麻耶と伽耶が成人してからも、たまに
娘達に会いに行った後小夜は夫と共に
自分の家を訪ねて来てくれる。
「おじさんは、先生に向いているかも
しれないよ」
最初、そう行ったのは伽耶だった。
麻耶も同意する。
この双子はとても仲が良く、服装の
趣味などは多少違えども、あまり意見が
食い違う事がなかった。
「私も、向いていると思う! おじさん!」
そう言われてから、重央の針路は決まった
のだった。
それまでは何をしていいか分からなかった。
花や動物は好きだったけれど、それ関連の仕事も
なかなか見つからず、重央は困り果てていた。
元々運動神経はともかく、頭は悪くは
なかった。
一生懸命勉強し、そして教師になった。
小夜も小夜の夫も、麻耶も伽耶も自分の事の
ように喜んでくれた。
最初はただの男性教師で、いい事ばかりが
あった訳でもなかったけれど、重央は仕事を
止めたりはしなかった――。
重央が女学校を作ろうと思った理由は、
軍人のようながっしりした男性――自分の
父や兄のような――が苦手だったから、
というのもあったのかもしれない、と
自分でも思う。
彼らには彼らなりの考えがあるのかも
しれないが、そういう人達は何故か周囲の
男性にも自分の考えを押し付けようと
するのだ。
彼らの中には、女性は三歩後ろを歩いて
いる大人しい女性を好む人や、自分の娘や
妻や妹が少しでも言い返そう物なら恫喝
するように叱りつけ、場合によっては手を
あげたり仕置きとして蔵などに閉じ込め
たりする事だってある。
まあ、蔵に閉じ込めたりするのは女性や
少女に限らず、やんちゃな息子などの場合も
当てはまるが。
重央の父や兄もそういうような人間だった。
小夜は自分とは違い父に似て気が強い人だった
から、頬を張られたり蔵に閉じ込められたりよく
していて、まだ子供だった時の自分はどうして
いいか分からずおろおろした物だった。
また、小夜が強情なのだ。
ぶたれても泣きもせず黙って我慢強く唇を噛
みしめているような子で、唯々諾々と厳しい
父に従ったりなかなか謝るような子では
なかった。
夫の春海君と出会うまでは、なか
なか小夜は結婚を決めなかった。
小夜もまた父と兄との付き合っていくに
辺り、そういう男性が苦手になっていた
のだ。
しかし、春海君は彼らとは違った。
男女差別をしない、優しい男性を小夜は
選んだのだ。
そして、気が強いながらに優しい娘達を
産んだ。
伽耶や麻耶も重央や小夜の父や兄――
つまり彼女達にとっては祖父や叔父に結婚の
事などもいろいろ言われているらしいが、未だ
結婚せずに働いている職業婦人である。
共学の学校だと理解がなく苦労している
らしいので、教師をして長年貯めていた
資金で、女学校を建てた時重央が彼女達を
呼んだのだった――。
「――校長先生、おっはよ――う!」
「お早う、神無月君」
「や~今日もお花綺麗ですねぇ~」
朝早く女学校にたどり着き、花壇の花に
水を上げていた重央は、白い着物に緋の袴を
はいた、長い黒髪の、神無月梓君が気さくに
話しかけて来たのでこちらも笑顔であいさつを
返した。
重央は彼女に好感を持っていた。
大体、彼女はいつも重央が水を上げている
時間にやってきて明るくあいさつして
くれる。
その様子が、小夜の子供の頃に少し似て
いたのだ。
無論、容姿が似ている訳ではないけれど。
花壇には芍薬や牡丹や百合などの花が咲いて
いるが、神無月君はいつも綺麗だと褒めて
くれる。
時折、何故かじぃっとあらぬ方向を見て
いるのは気になるけれど、別段重央は気に
するつもりはない。
神無月君は誰にでも優しくて人懐っこい
いい子だと思っているし。
花を褒めてくれるのは神無月君だけでは
なかった。
女性はほとんどの確率で花を好む性質
であるらしく、入れ代わり立ち代わり
花壇には休み時間などに女生徒達が
集まるのだった。
「す、素敵なお花、ですね。校長
先生……」
「……綺麗……」
「ふむ、綺麗な花だな」
「ですよね、ゆか――桂様! 私も
そう思います!」
「本当に、綺麗です……新聞部で取材
させていただいてもいいですか?」
「わ、私は綺麗とか可愛いとか全く
思ってないんだからね!?」
「ふふっ。照れなくてもいいですよ、
観音さん」
「くっくっく。花などに心ひかれるとは
まだまだ未熟な奴らよ……って
いったぁい! また翠がぶったあぁ……」
「校長先生に失礼でしょ! などとか
言わないの! 折角の綺麗なお花なん
だから」
「こんなになるまで育てるの、大変だった
でしょう? 凄いですわ、校長先生」
「優しい色目のお花ですね、校長先生に
よく似ています」
「こんな美しい花、おら、初めて見た
だよ!」
橙色と白の矢絣の着物を着た、
まがれいとに結った髪の、氷名月瞳子君、
転校生で、黒い装飾が多い洋装の夢・
クロフォード君、くりいむ色に近い白の
着物に臙脂色の袴を着た、垂らした黒髪の
桂紫子君、淡い桃色の装飾が
少な目の洋装を着て、黒髪を後ろで一つに
結わえた、天屯巴君、おかっぱの
髪に、紺色と白の矢絣の着物を着た、
比賀谷月穂君、赤と白の格子
紋様の着物に海老茶袴を着て、黒髪を桃色の
リボンで総髪に結った、服神観音君、青い
地に白い蝶の模様の着物を着て、黒髪を右側で
結わえた、松形咲良君、紺色の装飾
過多な洋装に、前髪だけ長い短い黒髪の
八月一日蛍君、桜色の着物に紫の袴を
着た、桜色の飾り紐で黒髪を二つ結びに結った、
西園寺翠君、白い小花紋様の着物を
着て、菫の花簪で髪をまとめた、樹神菫君、
小倉の着物を着た、女中の夏目真子君も
仕事の合間に来てくれたようだった。
花達も、まるでそれを喜ぶかのように
露を反射して輝いている。
「あんた、調子に乗ってんじゃないわよ
咲良!」
「ご、ごめんなさい……!」
「あわわっ、だ、駄目ですよぅ、喧嘩
しちゃ!」
真っ赤になった服神君が、松形君に食って
掛かって比賀谷君になだめられていた。
服神君は、松形君と仲良くなったようだな、
と重央は思う。
「……食べられれば、もっとよかったのに……」
「あんた、馬鹿でしょ。花が食べられる訳ない
でしょ」
「食べられる花も、ありますよ」
『えっ!?』
クロフォード君が花を見つめながらそう言うと、
服神君がふんと鼻を鳴らしながら言い返していた。
重央が言いながら飴細工で作った百合の花を取り
出すと、クロフォード君は唐突に大口を開けると、
がぶりと飴細工の百合に噛みついて食べ始めた。
「うわぁ~本当に食べられる花ですね~。凄い
です、校長先生」
陽光を反射してきらめく飴細工に、比賀谷君
達は嬉々として重央から受け取って食べていた。
飴細工は見た目も綺麗だし、何より
クロフォード君の言うとおり「食べられる花」だ。
女性は好きなのかもしれない。
若い頃は父親に怒鳴られた物だけれど、飴細工を
練習しておいてよかったかもしれない、と重央は
嬉しそうな彼女達を前に自分も喜んだの
だった――。
今回は校長先生のお話です。
校長先生の趣味と、意外な
キャラとの関係が明かされます。
明るい女の子達ばかりなので、
書いてて楽しいんですよね~
明治妖怪探偵奇譚は。




