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明治妖怪探偵奇譚  作者: 時雨瑠奈
12/23

第十二話 ~不幸少女は、物申す~

 樹神菫こだますみれはは、いつも苛立っていた。

毎日思うのは、なんだか皆の中で自分の

扱いが悪いのではないか、という事だ。

 毎度の事ながらその事にかなり腹が立つ。

自分だって花の女学生で、自分で言うのも

なんだが結構可愛らしい女性だ。

 運だってよくてしかるべきだろう。

なのに、神様がどう間違えたかは知らないが、

菫は不幸だ。被害妄想なんかではない。

 本当に、誰からも扱いが悪いというか、

不幸なのだ。

 たとえば――。

あの長い黒髪に、いつも巫女装束を着ている、

他人にあだ名をつけて呼ぶ、神無月梓かんなづきあずさ

 あの女だって、自分と他の人間を差別している。

他の女生徒達にはあだ名をちゃんとつけているのに

自分にはあだ名をつけたりしない。

 いや、あだ名をつけられたい訳ではないけれど。

(もっと皆、私に優しくしなさいよ!)

 菫は毎日毎日そう思いながら日々を過ご

していた――。



 しかも、事は女学校の事だけではない。

家の中でも、菫は自分が不幸なのではないか、

と思っていた。

 というか、自分はちゃんとここにいるのに、

影が薄いとかいるのが分からなかったとか

言われるなんて、おかしいと思う。

 それで怒られるなんて、理不尽だと思う。

「――何で待ってなかったの! ちゃんと、

待っていてって言ったでしょう!?」

 特に、母の薫はどことなく癇癪持ちの女性

だったから、菫は幾度となく頬を張られた事が

あった。

 菫はずっと待っていたはずなのに、彼女は

それに気づかなかった。

 待ってたよ、と言い返すと、あんたは影が

薄いから分かりにくいだの、いるのが分から

なかったのよ、だのと怒鳴られる羽目に

なった。

 幼い頃ここで待っていて、と言われ、自由

奔放な姉と妹とは違い、菫はきちんと言われた

場所で待っていたのに叱られた思い出は、菫の

中で今も影を残している。

 確か、あれは食料品を売っているお店に

お母様が入って行った時の事だった

だろうか。

 お母様は男爵家の妻としての慎みが足り

ないんじゃないか、と菫はいつも思って

いたけれど言うと怒られるので言わないで

いた。

 自分が男爵令嬢として慎み深くしていれば

いいのだ、と思う。

「姉様は、要領が悪いよね」

 生意気にも、要領がよくてお母様にあまり

叱られた事がない、妹の菊はよくけらけらと

耳障りな笑い方をしながら言って来る。

「……あんた、本当に影薄いよね」

 姉の芙蓉も、どことなく菫には意地悪だ。

菊の事は目に入れても痛くないほど可愛がっ

てるのに。

 菫を可愛がってくれるのは父親であり、

樹神こだま男爵でもある桐生きりおだけ

なのだが、仕事が忙しくなかなか帰って

来てはくれない。

 だから、菫は、新しい道を探したくて、

ここから逃げたくて女学校へと進む事に

したのだ。

 このままでは、お母様が一方的に決めた

相手に嫁がされる未来しか残っていない。

 きっと、好きでもない相手と結婚させ

られる。

 でも、女学校で学を身につければ、きっと

男爵令嬢である自分にだって仕事を見つけ

たりする事だって出来る――。



 最初、お母様は菫が女学校に通う事に

反対した。余計な学など女には不要、と

いうのが彼女の意見だ。

 それは、彼女が菫の祖父である父親に、

そのまま言われた事なのかもしれ

なかった。

 しかし、お父様菫を擁護する側に回った

ので、渋々認めてくれた。

 お母様は気が強いけれど、お父様にだけは

逆らわない。それも、お祖父様やお祖母様の

教育なのかしら、と菫は思う。

 姉と菊にはあんただけずるいとか、姉様

ばかり父様に可愛がられて、とか文句を

言われたけれど。

 それでも、言った者勝ちだ、と菫は

思っている。

 だって、菊も芙蓉お姉様も言わなかった

のだから。

 それに、あんたや芙蓉姉様だって、お母様に

可愛がられているじゃない、と思ったのだけ

れど菫は言い返さなかった。

 どうせ、自主的に勉強する気などなく、学校に

通わない菊や芙蓉お姉様は、自分と違ってそのまま

お嫁に行く事になるんだな、と思うと何故だか

優越感みたいな物を感じたので機嫌がよかったと

いうのもあっただろう。

 今、菫は家にずっと閉じこもっているよりは、

幸せだったと思える。

 でも、女学校生活ではやっぱり不満がある。

それは、誰も自分の話を聞かない事だった――。



 人が話ている途中にわざとなのかそうでない

のか、言葉をかぶせて来たり、聞き流したり

されるのは本当に腹が立つ。

 他の女学生達には自分より学などないはずだ。

身分だって爵位のある家に生まれた菫よりも、

ほとんどの者が低いだろうし。

 菫が憧れている、長い艶やかな黒髪を持つ、

勘解由小路神菜かでのこうじかんな様。

 神菜様とはまた違った魅力のある女生徒の、

桂紫子かつらゆかり様。

 は、ともかく、他の人達に一生懸命夜遅く

まで勉強している菫に学力で敵うはずが

ないのに生意気である。

 菫はそう思いながら、食堂のいつもの席に

腰下しお昼のひと時を楽しもうと――するの

だけれど、騒がしい女学生達がそれをさせて

くれない。

 そもそも、食事中には静かにするのが当たり

前だ。

 菫だって、そう教えられて来たし、梓だって

巫女なのだからそういう風に厳しく躾けられて

来たはずなのに、何故その巫女である梓が一番

うるさいのだろうか。

 今日の昼食は、料理長特製の出来立てあつ

あつのメンチカツだというのに、これでは

食事に集中出来ない。

 菫は料理長である、相原太一あいはらたいちの料理を

深く愛していた。

 彼の料理は本当に素晴らしく、くさくさした

気持ちをほぐしてくれるような心地の良い料理

ばかりなのだ。

 特に、メンチカツは絶品だ。齧ると、かりっ、

さくっ、とした触感と共にお肉の旨味と肉汁が

口の中でじわりと広がる。

 見た目は堅そうに見えるけれど、また中の

お肉が柔らかいのだ。

 しかも、しゃきしゃきとした触感のきゃべつと、

料理長特製のソースが組み合わさるともう言葉も

ないくらい美味しすぎる。

 だというのに、彼女達は紫子様と神菜様以外

かなりうるさい。

 一体、何を話しているのだろう、とこっそり

菫は聞き耳を立てた。

「だから――! 苺が一番ですってば!」

 苺? 一体、白と紫の矢絣の着物を着た、

おかっぱ頭の、比賀谷月穂ひがやつきほは何を

言っているのだろうか。

 さらに菫が詳しく話を聞いてみると、彼女

達はかき氷の事を話しているのが分かった。

 指をふりながら、梓がこう言っていたので

ぴんと来たのである。

「ちっちっち、何言ってんのよつっきーは。

宇治金時に決まっているじゃない!」

「わ、私も、宇治金時に、一票を」

「私も、です」

 淡い桜色の着物を着た、髪をまがれいとに

結った、氷名月瞳子ひなつきとうこ

そして藍色の地に真っ赤な花が咲いた着物を

着た、髪を右側で結わえた、松形咲良まつかたさくら

同意するので、分かっていないのはあなた達よ、

と菫は思う。

「ふん、一番は、桃よ! あれの味が分かんない

なんてあんたらおかしいわよ」

 自分の好物である「それ」が呼ばれるのを待ち

ながら、違うでしょ!と菫はさらに苛立つ。

 ちなみに、桃と言ったのは、いつも生意気な態度

ばかり取る女生徒だ。

 名前は、確か服神観音はとりかのん

黒髪を薄桃色のリボンで総髪に結わえ、橙色の着物と

海老茶袴を合わせた服装をしている。

「ふっふっふ、我はやはり黄色い物体がかかった物が

好みだ、いったぃ!」

「素直に、檸檬レモンって言いなさいよ! わざ

わざ違う名称っぽく言わなくてもいいわよ! あたしも、

檸檬が好みの味かしらね」

「うぅっ、翠がまたぶった……」

 いつもは大人しい癖に、時折変な言葉使いをする、

紺色の洋装を着た、前髪だけ長い短い黒髪の、

八月一日蛍ほずみほたるが、淡い萌葱の

小花紋様の着物を着て、黒髪を緑色の飾り紐で

二つ結びに結った、西園寺翠さいおんじみどり曰く

檸檬味が好きらしく、翠もそれが好きだと

言っていた。

「わ、私も苺です」

「私も、苺が好きだな」

 示し合わせたかのように、くりいむ色の装飾

多めの洋装を着た、黒髪を後ろで一つに結わえた、

天屯巴たかみちともえと、紺の着物に白の

袴の紫子様が同じ発言をした。

 なんで、誰も「それ」を言わないのだろうか。

全く、誰も彼もなっていない。

 黒髪をお下げに結った、水色の金魚柄の着物の、

樋口環ひぐちたまきに折角期待したのだ

けれど、彼女は言語道断である。

「私は、かき氷よりあいすくりんの方が好き

です」

「ってたまちんてば、今はあいすくりんの話じゃ

ないよ~」

 いきなり水を差され、梓ががっくりと肩を

落としていた。

 菫はすうっと深く息を吸い込むと、発言を

してやろうと思う。

「何言ってるのよ、かき氷で一番なのは、すいに

決まっているじゃない!」

 かき氷の味が一番よく分かるのが、「すい」だと

菫は思っていた。

 ちなみに、「すい」とは砂糖蜜をかけたかき氷の

事だ。一見何もかかっていないように見える透明な

氷は、甘い砂糖蜜でつやつやと綺麗に輝き、そして

他の味付きしろっぷとは一線を越した上品な甘さが

特徴である。

 お母様や芙蓉お姉様や菊は地味だと言って食べ

ないけれど、菫は幼い頃からこれが好きだった。

『……?』

 な、何よと菫は思った。皆、こちらを見て

不思議そうな顔をしていた。

「『すい』って、何ですか?」

 聞いて来たのは、お団子に結った黒髪に、白い

洋装姿の、黒葛原汐莉つづはらしおりだった。

 初めてちゃんと聞いてもらえたものの、菫は

はぁ!?と思う。

「し、知らないの、あんた達!? 砂糖蜜をかけた

かき氷よ!」

 彼女達は砂糖蜜自体分からないのか、首を

かしげていた。

 老舗の団子屋やさんの娘である瞳子、そして料理を

するらしい咲良、男性教師の、案栖誠一郎あずまいせいいちろう

先生は、砂糖蜜については分かったみたいだけれど、

すいは食べた事がないらしかった。

 菫が衝撃のあまり凍りついている間に、しかも彼女

達はあいすくりんを食べに行きましょう、と環が

言ったのがきっかけで菫を置いてきぼりにして行って

しまった。

(わ、私も誘いなさいよ!)

 泣きそうになりながらそう思った菫の肩を、小倉の

着物を身にまとった短い髪の、幼いお女中が叩く。

 確か、名前は夏目真子なつめまこだったと思う。

お女中である彼女は一緒にお勉強する訳ではないので、

そこまで印象に残っていなかった。

「あの、失礼かと思ったんですが、おらも『すい』が

好きなので、お声をかけさせていただきました」

「分かるのは、あなただけよ!」

 菫は、もうちょっと彼女に優しくしようと思い

ながら真子の手をしっかりと握ったのだった――。


 今回は菫のお話です。

菫の実家での境遇を書いたら

少し暗めになったかもですが、

一応ギャグです。

 扱いの悪いキャラという立ち

位置なので、基本菫は。

 あまりにも暑いので冷たい物が

食べたくなり、かき氷トークに

なりました。

 関係ないですが、メンチ

カツは私の好物です(←

完全な私情)。

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