第十一話 ~女中と見習い少年と時々料理長の日常~
夏目真子は、あまり裕福では
ない家の出だった。
しかし、彼女はお金持ちのお嬢様方が
通っている清心女学校に出入りしている。
それは貴族の養女になったからという
理由でも、後見人がいてお金を出して
くれているから、という理由でもない。
そもそも、真子は貧乏な両親と妹と
弟がいて、孤児という訳でもなかった。
そんな彼女が何故そこにいるのかと
いうと、純粋に女中として出稼ぎに
出ているからだ。
「悠翔がいなかったら、私ここ
では働いていなかったかもしれない
のよね……」
真子はふと、そんな事を思いながら
幼馴染である、百鬼悠翔の顔を
思い浮かべた。
元々最初に働いていたのは、悠翔の
方だった。
真子が働き口を探していると相談したら、
清心女学校が女中を探しているみたいだから
来ないか、と手紙が来たので真子はここで
働く事になったのだ。
一緒に働こうと誘われた訳だから、真子は
どうしても悠翔にかなりの期待をしていた。
ひょっとしたら、彼も自分の事を想っていて
くれたのではないか、と。
だが、それは儚い夢であった事を真子は知る
事になる。
真子は、幼い頃から悠翔の事が気になっていた。
だと言うのに、悠翔は全く真子の方など向かず、
他の年上のお嬢様達にばかり目を向けているのだ。
お嬢様達に結構可愛がられているみたいだ
けれど、真子はそれが面白くない。
なんで、悠翔なのだろうか。
あんな奴、優柔不断で八方美人で年上好きで情け
なくてもっと小さい頃は泣き虫だったのに――。
真子の仕事は本来ならば、食堂ではなく女学生
達の教室の数々や職員室や廊下などの掃除である。
しかし、悠翔が心配なのと、皿洗いなども仕事の
一貫ではあるので食堂にも自然と出入りするように
なっていた。
首肯や身振り手振りで意思を伝える悠翔だが、
彼は失語症でも、生まれつき喋れない訳でもない。
ならば何故喋らないのかというと、幼い頃声が
変だのからかわれた事が心的障害となり、話せる
のに話さなくなったそうだ。
これは悠翔の母親に聞いた事なので、当時彼の
引っ越しが原因で一時期悠翔と離れていた真子は、
それほど詳しく知っている訳ではない。
(馬鹿悠翔、そんなの気にしなくていいのに)
昔から、悠翔は感受性の高い子だった。
ちょっとからかわれただけでも、その事を気に
してしまうのも彼ならば分からなくはない。
自分がそばにいたら、そんなからかった人達
なんて叩きのめしてあげたのに、と真子は思う。
「――料理長、おはようございます!」
「お早う、真子ちゃん。今日も元気だね」
「はい、元気です!」
料理長の相原太一とも、真子は
すっかり顔なじみだ。
料理を教えてくれたり、いろいろとよくして
くれる料理長が真子は好きだった。
もう一人の父親といってもいいほど懐く真子に、
料理長の方も娘みたいに可愛いな、と言ってくれる。
「……」
と、悠翔が食堂に入ってきてぺこりと頭を下げた。
料理長にあいさつした後は、真子にもにっこり笑って
手を上げてあいさつ代わりにする。
「悠翔、遅刻よ!」
「……!」
むぅ、と悠翔の頬が膨らんだ。自分の上司である料理
長にそんな顔をする事はまずないけれど、真子にだけは
幼馴染の気安さからか子供っぽい表情になる事がある。
その事は、真子は素直に嬉しいと思っていた。
もっと綺麗な着物を着られれば、悠翔は自分を見て
くれるかな、と真子は思う時がある。
真子はいつも代わり映えのしない、小倉の地味な
着物を着ている。
華美な着物はどうしても高価だし、真子には手が
出ないのだ。
なので、似たような安い地の着物を買って仕立てて
いるのでいつも似たような格好である。
それも、悠翔が自分の方を見てくれない理由なの
かもしれない。
(でも、仕方ない。おらが頑張ったって、高価な着物
なんて買えやしねえもの)
家族に送るお金や、自分の食費などの事も考えると、
やりくりしたって真子にはどうしても綺麗な着物を買う
など無理だ。
妹や弟はまだ幼いから、どうしても家族には真子が
お金を送らなくてはならない。
両親だって無論働いているが、畑仕事をして野菜を
売っている父親と、製糸工場で働く母親はそこまで
いいお金をもらえている訳ではない。
いろいろと考えていた真子は、ふいに悠翔に小さく
肩を叩かれ、はっとなって仕事を始めた――。
食堂の掃除や皿洗いをやっていると、真子は
嫌な事をあんまり考えずに済むので
助かっていた。
元々真子は掃除や洗濯などの家事が好きだ。
料理は、ここで働くようになってから料理長に
少しずつ教えてもらっている。
和食もそうだが、料理長は洋食が得意なので
真子は洋食も作れるようになっていた。
と、働いているうちに、もうお昼になっていた
ようだ。
綺麗に着飾ったお嬢様達が楽しそうに話しながら、
お昼ご飯を食べようと椅子に座っていた。
「つっきー、みどりん、ほたるっち、とうこっち、
ともちん、さくらん、かののん、ゆかりん様、
ここにしようよ!」
ひときわ声が大きいのは、いつも明るくて巫女
装束を着ている、神無月梓様だった。
あだ名をつけるのが趣味というか好きらしく、いろ
いろな方にあだ名をつけているみたい。
いつもにこにこしているので、なんだか元気を
もらえる気がする。
真子はぺこりと一礼すると、こっそりお嬢様達を見て
行った。
薄桃色の小花文様の着物を着て、髪をリボンで総髪に
結っているのが、最近悠翔が気になっているらしい、
神服観音様。
神無月様からは、かののんと呼ばれている。
「もう、訂正するのも面倒になって来たわ……」
可愛らしい方だけれど、ちょっと素直じゃない所が
あるみたいで、いつもご友人の方々に文句を言って
いるのをよく見る。
赤い地に桔梗柄の着物を着て、髪をまがれいとに
結っていて、いつもおろおろしているのが、老舗の
お団子屋のご令嬢の、
氷名月瞳子様。
「わ、私は悪くないと思いますけれど……」
女中である真子にも優しくしてくれるような優しい
人柄だけど、自信が少し足りないのかしら、と真子は
よく思う時がある。
神無月様には、とうこっちと呼ばれていた。
淡い緑色の薄い桜色の桃の花が咲いた着物を着て
いるのが、西園寺翠様。
紺色の装飾過多な洋装をいつも着ている、
八月一日蛍様とはかなり仲がいい
らしくいつも一緒にいた。
八月一日様が「闇の呪術師」を名乗り、いつも
暴走している時には叩いて止めている。
八月一日様は、叩かれた後涙目になっている
けれど。
それぞれ、西園寺様はみどりん、八月一日様は
ほたるっち、って神無月様は呼んでいた。
「まあ、あだ名をつけるのも梓さんの個性
だものね。隣に、もっと個性の強い奴がいる
から気にならないわ」
「み、翠! 個性の強い奴って、私の事!?」
「全く、神無月さんは何度言っても止めてくれ
ないんですから……」
白い着物に葡萄茶の袴を履いた、おかっぱ頭の
比賀谷月穂様は、神無月様のあだ名は
気に入らないみたいだけれど、いつも一緒にいる。
この六人がいつも一緒に食べている方々だったの
だけれど、最近転校生の松形咲良様も
一緒に食べるようになっていた。
松形様はいつも淡い色目の着物がよく似合い、今日も
温かみのある橙色の着物を身にまとっている。
同じ女として悔しいけれどいかにも大和撫子、という
雰囲気だ。
さくらんと呼ばれる事を、少し嬉しがっている
みたいに真子には思える。
そして、今日はいつもの方々だけではなく、紺色の
凛々しげな着物がよく似合う、桂紫子様。
白みがかった桃色の洋装が似合う、天屯巴様。
とも一緒に席についていた。
ともちんというあだ名はともかく、ゆかりん様と
呼んだ事に、比賀谷様と西園寺様と氷名月様が少し
困ったようにおろおろしていた。
それもそのはず、桂様は皆様に憧れられる――
というか真子も憧れている恰好のいいお嬢様
なのだ。
上品な山吹色に赤い花が咲いた着物を着た、
長い黒髪の勘解由小路神菜様と、
人気を二分する清心女学校の有名人だった。
「あら、いつも元気ね、神無月様は」
「全く、育ちがしれますわ! 勘解由小路様
とは大違い!」
ふん、と鼻を鳴らしたのは、いつも勘解由小路様と
一緒にいる、樹神菫様。
綺麗な方だけれど、いつもなんだか勘解由小路様と
比べられたり、話を聞いてもらえなかったり、悲しい
事になってしまうみたいだった。
不幸だわ、って一人で呟いていたのを真子はたまに
聞いていた。
失礼かもしれないので、女中である真子は聞か
なかった事にしていたけれど、ふいに思い出して
しまった。
あ、いけない、と真子は再び我に返る。
気づくと、悠翔が呆れたように真子を見つめていた。
運んで、とばかりに皿を突き出して来るので、渋々
真子はそれを受け取る。
まだ料理の手伝いの続きがあるらしく、悠翔はすぐに
厨房へと引っ込んだ。
今日のお昼はよく煮込まれて、甘辛い匂いのソースが
かかったハンバーグ。
きっと、お昼時間が終わったら料理長が賄いとして
出してくれるだろう。
柔らかそうに焼きあがったお肉と、美味しそうな
匂いのソースに真子はついごくりと唾を飲んで
しまったが、我慢して給仕をした。
今ここにいるお嬢様達は、真子にとって憧れの
存在でもあり、年上好きの悠翔の事が好きな真子に
とっては一様に恋敵にもなりえる。
でも、負けないんだからと真子は強く思うの
だった――。
今日はちょっと長めのタイトルに
なってしまいました。女中である
夏目真子視点の、食堂で働く
メンバー+お嬢様が登場する
お話です。
次のお話は、上手くまと
まったら菫が主人公のサブ
ストーリーを書きたいです。




