24話 敵のおとこ達
オジー王国フーガ村の東に広がる魔の森。その森の中には砂漠地帯にはまず似つかわしくない癒しの泉が湧き出ている。
水草が揺れ、魚が華麗に泳ぐ水中。
青々とした木々の間を擦り抜けたキラキラとした夏の朝日を反射する水面。
取り巻く草花と泉が織りなすその景色はまさに砂漠の中の楽園と言っても過言ではないこの泉は通称アクアヒールの泉、と呼ばれている。
この泉は単純な治癒効果だけでなく草花の成長を促進する効果があり、その栄養価の高い水はフーガ村の農産物に大きな影響を与えている。
その水のフーガ村への貢献度は決してバカに出来ないくらいに高く、本来砂漠地帯での栽培がまず不可能な黒い米や、乾燥地での殖産が無理に近いキノコ類、及び本来熱に弱い薬草などを採取出来るようになったのもこの水と、それがもたらした豊かな土壌、そして洗練された結界技術による管理能力のおかげである。
そんな神秘的かつ実用的な泉のほとり。そこではその場にふさわしくない、なにやらきな臭い、どこか張り詰めたような空気が辺りを包みこんでいた。
◇◇◇
「何を騒いでイル。人間の男ヨ」
異国風のアクセントがついたどこか掠れた声。
病的なまでに青白い肌に、細く切れ長の目、石灰石のような色をした長髪を生やした男から発されたそのセリフは異世界から来た男、かずやの背筋を凍らせていた。
互いにアクアヒールの泉の水面に映った相手の姿を見つめながら身動きもせずに固まる二人。やがてその硬直を解くように手をかずやに向けて伸ばした男は、彼の肩に手を置きながら軽く力をこめて握りしめた。
「お前の耳は節穴カ。何を騒いでイル、と聞いたンダ」
そのままかずやの身体を後ろに引っ張る男。かずやは突然のことに反応が出来ず、バランスを失って背中から倒れた。
しかしすぐさま、ゆっくりと半身を起こし男を見据えたかずやは何やら言いづらそうに眉を微かに歪めながら口を開いた。
「いや、あの………」
そう言って自分の手足に巻かれた拘束具や辺りの景色をチラリと見て回るかずや。それに対し、男は彼の行動を見つめながら内心、見知らぬ場所に連れて来られた動揺からか、と予想を立てていると、かずやはおずおずと顔をあげながら男に申し訳なさそうに伝えた。
「その、変なんですよね。拘束の仕方が。手を靴紐で結んだり足をマフラーで縛ったりとかはまだいいんですけど、この口の辺りの拘束具って、ねぇ………」
寄り目をして指し示したブリーフパンツの変な使い道に疑問と異論を抱えてしまったかずやの指摘に、男は逆に動揺してしまったのか、目を見開いて口をヒクヒクと痙攣させると自らの失点を振り返った。
「何⁈しまっタ。やはり目も隠すべきだっタカ!!!」
「いや、違う。いや、それもそうだけど、注目すべき点はそこじゃない!!」
かずやがツッコミがてら何かを言おうにも、耳を貸す余裕はないのか、男は必死に頭の中でああすれば良かった、いやこうすれば良かった、と反省しながらかずやを無視している。
やがて一通り思考の整理が終わった男は何かに気がついたのか、急にかずやを睨みつけると、そのままかずやの首ねっこを掴みながらこう発言した。
「また人間のハッタリダナ⁈危うくまた引っかかるところだっタ。大体捕虜になった人間が、ここはどこだ?お前は誰だ?と騒がないのがすでにおかシイ。何が、この拘束具がおかしい、ダ。捕虜は大人しく黙ってイロ。我々には時間が無いノダ。嘘つきもいい加減にシロ」
「!!???!!」
そのままかずやを地面に叩きつける男。その理不尽さに思わず、えー、八つ当たり⁈と叫びたくなったかずやだったが、実際に捕まっているのは事実。まだ一回しかつっこんでいないかずやだったが、これ以上の発言は糠に釘だと気づいたのだろう。かずやは口を噤むと指摘することを諦めて状況を受け入れたのか、がっくりとした様子で肩を落としながら同時に地面に視線を落とした。
「フン。分かればイイ」
その姿に満足がいったのか、男は僅かに笑みを浮かべると、自信たっぷりに腕を組む。
「ここを動くナ」
その後、男はふと遠目に何かを確認したのか、一言命令をしてかずやを置き去りにすると、その場を離れていった。
この突然始まり突然終わったやりとりに対し困惑することしか出来ないかずや。結局、残されたかずやに出来ることはただひとつだけだった。
「こう、頭を地面に擦り付けてっと、あれ?無理だ……」
地道に頭に被せられたブリーフパンツを脱ごうとする彼を監視する者は誰もいない。
「いや、でも。うん。絶対おかしいよな、ブリーフパンツ」
先ほどの理不尽で意味が分からない会話もそうだが、とにかくこの頭に被せられたブリーフパンツがどこかやるせない感じのかずやだった。
「いや、絶対におかしい。おかしいって、絶対」
そんな彼の周りでは泉の魚が優雅にぴちゃんと飛び跳ねる音が響き渡っていた。
◇◇◇
昇る朝日の方角に向かって飛ぶ黒い影。
バサッと黒い翼を羽ばたかせて飛ぶその影は目的地であるアクアヒールの泉に向かって魔の森の上空を通過すると、すぐさま木々の間に隠れる泉目掛けて滑空した。
その不吉な姿をした者の前に木々は怯えたように葉を揺らしながら道を開けると、影は一瞬にしてスピードを上げ、しかし衝撃など感じないくらいに柔らかく着地した。
着地と同時に羽を仕舞い、光とともに姿を人間のそれに変えた影は、いつの間にいたのか、その場に待機していた男に目配せをすると、ゆっくりと口を開いた。
「どうダ?あの人間ワ」
甲高いのにしわがれているのが微かにわかる奇妙な声。それこそまるでカラスの鳴き声の声質をそのまま人間のものにしたような声に、対面に立った男は眉を顰めるとただでさえ細い目をさらに細めた。
「あいつの言動は意味が分からなイ」
「元から人間などそういう生き物ダロ」
目に黒い闇を宿しながらそう返した影の男に男は何も言い返すことが出来ずに一瞬黙り込むと、別の事を思い出したのかサラリと話の矛先をそちらに向けた。
「そっちこソ。ベラとメグの方はどうシタ」
あくまで確認のためだったからだろう。男の詰問するでも無しの軽い口調に影の男は余裕を持った表情でフッと口角を上げるとそのままスタスタと男の隣にまで歩み寄った。
「順調ダ。真昼には協力者と共に村でやるべきことを遂行し終えているだロウ」
言葉と共に縛られた捕虜がいる方向へ進む影の男。
「そうカ。いよいよダナ」
その発言に対し、男はどこか嬉しそうにハニカミながら彼の後を追従していく。
「アア。ようやくダ」
決意を滲ませた声色と共にどこか緊張感を漂わせる影の男が、流れ出した手汗を握りしめる。
その横顔はまるで自らの野望が叶う瞬間にこれから立ち会うかというくらいに狂喜に溢れ、そして戦場に向かう兵士の如く極度の興奮を覚えていた。
一応来週更新する予定ですが、今の段階では分かりません。出来たらまた来週同日に更新します。




