21話 石版【Z】再び
「チャイ~。お前だけが俺の心の癒しだよ」
何処のホストのセリフだよ!と叫びたくなるくらいに甘い言葉を囁く俺の精神はあれからしばらく崩壊したままだった。
道中ガタンゴトンと荷車が揺れた時も荷物の角に頭をぶつけては満天の星空を眺めていたし、更にその星空の中で流れ星を見つけた時は、
「はやくおうちにかえりたい」
と喉が潰れそうになるくらい願い続けた。
もちろん想像上のお星様だということは百も承知だったが、そうでもしないと自分を保てる気がしなかったのだ。
だって、想像してほしい。もし自分が恋愛シミュレーションゲームの攻略される側の登場人物の一人で、自分を攻略する主人公がヨボヨボで自分のことをセクチーだと思っている自称ピチピチギャルのバーチャマおばあちゃんだったら。
答えはそう、発狂ものだ。
仮に、仮にだ。仮に俺が主人公がおばあちゃんだということを百歩も二百歩ももうこの際千歩でも譲って認めたとしよう。
しかし、誰が無理矢理セクハラ紛いなことをしてくるおばあちゃんに惚れるだろうか。
せめてミサさんなら考慮の余地はあったかもしれないが、バーチャマおばあちゃんは即刻無理・拒否・駄目の三拍子が口から飛び出してくるくらいありえない。
俺はそんな感じの愚痴を体育座りでチャイの頭を撫でながら延々と呪文のように呟いていると、突然、荷車が低速し、最終的に停止した。
「なんだなんだ⁉︎」
と、慌てふためきながら辺りをキョロキョロと見渡していると、突然、後方の荷車の扉がキキーっと音を立てて開いた。
しかし、扉の先には誰もいない、というか何かの気配すらない。
俺はゴロゴロと床を移動しながら外を確認しようとすると、どこからか小さくてひどく掠れた声が耳朶に触れて俺はピキリとその場で硬直した。
「こぞー、こぞー」
という声につられその方向に振り向くとそこには……。
「バーチャマじゃよ、ホホホホ」
やっぱりというか案の定というか、予想通りのバーチャマおばあちゃんの姿があった。
「まぁ、バーチャマおばあちゃんは置いといて。そこで何してるんですか、カナさん?」
そしていつの間にか背後に回って苦笑いを浮かべていた予想外のカナさんの姿も。
◇◇◇
「俺は自由だー!!!」
フーガ村の東口を抜け魔の森と呼ばれる森を抜け出した俺は、とうとう拘束を解かれて晴れて自由の身になった。
すまなそうに手を合わせているカナさんとは対照的にこちらを見つめるバーチャマおばあちゃんは不機嫌そうだ。
それもそうかもしれない。なぜなら俺がつけていた拘束具をはずすか否かで三人で多数決を取った結果こうなったのだから。多数決バンザイ。
俺がチャイを胸に抱きながら祝いの音頭をとってやったやったと踊っていると、バーチャマおばあちゃんが一旦俺のことを視界からはずしてカナさんに向き直った。
「ではカナ、改めてご苦労じゃった。無事森を通り抜けたことをアントワンヌに報告しておいてくれ」
「かしこまりました、大叔母様」
バーチャマおばあちゃんの言葉と共に颯爽と鳥様に乗って飛んでいったカナさんに俺は慌てて手を振って見送ろうとすると、バーチャマおばあちゃんが困ったように頬に手をやりながら俺に告げた。
「どうやら私ら二人っきりになってしまったようじゃの。こ・ぞ・ぅぎゃー!!」
この短時間でチャイと更に仲良くなれた俺はチャイにバーチャマおばあちゃんに対して猫パンチをするようにお願いすると、チャイは華麗にバーチャマおばあちゃんの顔に飛び移って渾身のパンチを繰り出した。
いい気味だ、と高らかに告げながら辺りを見渡す俺。
言葉とは裏腹にちょっとやりすぎたかなとほんのちょっぴりだけ後悔していると、バーチャマおばあちゃんがおふざけは終わりよと言わんばかりにチャイを地面の上に降ろして俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「小僧」
真剣味が溢れる落ち着きの払われた声に無意識に背筋が伸びる。同時に本当切り替えの早さはピカイチだなと心の中で感服していると、バーチャマおばあちゃんは息を一つ整えながら俺に語った。
「いつだったか私がお前さんに異世界に帰れるように協力する、と言ったな」
「はい」
昨日。俺の今後を話し合っていた時に確かそんな類いのことを言われたことを思い出す。確かバーチャマおばあちゃんに石版を渡した後くらいだと思うんだけれど……。
そんなことを考えていると、バーチャマおばあちゃんが懐からある物を取り出して俺に見せた。
「それは!!!」
と、驚くのも無理はない。何故ならそれは俺がオカリナ遺跡で偶然に掴んだ【Z】の文字が刻まれた石版だったのだから。
バーチャマおばあちゃんは俺の反応を見届けながら石版をまた懐にしまうと、これは言おうかどうか迷っていたのじゃが、という前置きと共にこの石版の秘密を口にした。
「私が持っている古い文献にお前さんが出てきたという洞窟らしきものが記されていたことは話したかの?」
多分、聞いたはずと首肯するとバーチャマおばあちゃんは座るように促しながら話を続けた。
「その文献が記された時期と重なる時期に建てられた遺跡が大陸中に少なくとも五つは確認されているのだが、その一つがオカリナ遺跡なのは言うまでもないな?」
ゆっくりと頷く。
「つまりその文献が正しければ遺跡から発掘される遺品はその時期に作られた可能性が高いということじゃ。武器にせよ硬貨にせよ、そして石版にせよ」
バーチャマおばあちゃんの言いたいことはつまり遺跡が建てられた年代と洞窟のことが記された年代が一緒なら遺跡にあった遺品も同年代のものに近いということだ。
でも、同じ時期にあったくらいで異世界に繋がる洞窟と関連性があるとは言えないと思うんだけどなぁ。
遺品って言ったってただの正方形の石版に何の価値があるんだろう。
そんなことをバーチャマおばあちゃんに尋ねると、バーチャマおばあちゃんはニヤリと微笑みながら俺に告げた。
「そう思うじゃろ?」
ドヤ顔が非常に腹立たしいが確かにそう思った俺は仕方なくコクリとまた頷くと、バーチャマおばあちゃんは人差し指をあげて得意げに喋り出した。
「実はもう一枚あるんじゃよ、石版」
「!!!で、でも、例え二枚あっても結果は変わらないんじゃないですか?」
一瞬目を点にして驚くも、俺はすぐに冷静に質問を返す。
バーチャマおばあちゃんは俺の反応にフッと笑みを深めるとどこか自信満々に胸を張った。
「確かに変わらないかもしれんの、ホホホ」
「はっ⁈それじゃあ意味ないじゃないですか……」
「じゃが……」
ただぬか喜びしただけだと落胆しかけていた俺を遮ったバーチャマおばあちゃんは今度こそ俺が疑問に思っていた石版に纏わる謎を紐解いてくれた。
「詳しいことは国家機密に関わるので私とて言えぬが、一つだけお前さんに伝えられることがある。それは石版が何かの【鍵】として考えられていることじゃ」
「鍵?ですか。何の?」
「それは分からんがこの石版がお前さんの世界に帰れるか否かの鍵になっているのは定かじゃよ、ホホホ」
イマイチ納得はいかないし謎は解明されていない気もするが、何もない状態からは良くなったんだろう。
なんだか心が少し軽くなった感じがした俺は一瞬会話を終えようとしてすぐに大事なことを聞くのを忘れていたことを思い出した。
「で、どこにあるんですか?もう一つの石版?」
「決まっておるじゃろ?」
俺の疑問にバーチャマおばあちゃんが指を崖の向こう側に向ける。すると、バーチャマおばあちゃんは今度はちょっと苛立ち気味に腕を組んで口を開いた。
「あそこで失礼なことを話し合っている男衆を率いる、この国の最高権力者、アイゼン・鉄狼・オジー。現在王位継承権第三位の資格を持つこの国の王がその在り処を知っているんじゃよ。……分かったならさっさと日が暮れる前に出発するぞ」
そのまま俺とチャイを荷車の中に押し込んだバーチャマおばあちゃんは馬に鞭を入れる。俺たちはゆっくりと崖を越えるルートを渡ると、そのまま目的地に向かって進んでいった。
「……えっ⁈」
どうやら俺、王様に会うらしい、と気付い時にはもう後の祭り。やってやる、と腹を括った俺は荷車の隅っこでただ一心不乱にチャイの頭を撫でていた。チャイのことで咎められなくて良かったなと思う俺だった。いや、本当に。
次回は8月8日、語呂的に8時を予定しています。はたしてアイゼンとかずやの絡みはいかに⁈ てかそもそも絡むのだろうか?




