19話 かずやの苦手なもの
注 これは官能小説ではありません。もう一度言いますがこれは官能小説ではありません。大事なことなので二度言いましたよ。
この小説はれっきとしたファンタジー小説ですが、今回はホラー要素が含まれています。苦手な方はご注意ください。
ピチャピチャと何かが舐める水音が不思議と静かな空間に響き渡る。時折振動する身体が跳ねて床に着地する度にあっ、という声が漏れる。その度に俺の上にのしかかる温かい何かが体重をかける位置を変えて。
俺は微睡んだ世界の中でボーッと感覚を研ぎ澄ませていた。
手に熱を伝える温もり。湿った水の香り。不規則で粘着質な音と同時に段々クリアになっていく視界、そして思考。
ゴクリ、と寝起きのまずい唾を呑み込んで周囲に手を伸ばすと、サラサラと同時にふわふわとした毛の感触が手を介して脳に伝わってくる。
そして俺はぼんやりとした思考の中であることに気がついてしまった。
ズボンの辺りが湿っている。
これは、もしや永遠の男の夢。愛のご奉仕によるスッキリお目覚めなのではなかろうか。
俺は目をパッチリと開けて、期待を込めてゆっくりと視線を下げていくとそこには俺の予想を大きく超越する夢のような空間が広がっていた。
「うわ、毛玉吐きやがった!!ちょっ、やめ、やめろ!眉毛を舐めるな!!耳をあん、甘噛みするなぁ~!!」
結論。どうやら俺にもそんな夢を見ていた時期があったようです。
現実はなんて残酷なんだろうと悲嘆したいのはやまやまだったが、まずはこの状態から離脱することを考えねば。
俺は仰向けの状態からクルリと半転、うつ伏せの状態になると顔にひっついた白い何かを振り落とした。そして正体を確認すべく、しばしばとした目を凝らしてそいつを見つめる。ふと、首に繋がれたネームプレートに目が止まると、俺は結んでいた緊張を解いた。
「なんだ、お前か」
ニャンと呑気な鳴き声をあげながら俺から離れたそいつの正体はいつの日かミサさんのところで見た白猫チャイだった。
「なんだ、お前かー」
てっきり至福の時間を味わっていたつもりだったのに実際はただの白猫で俺はハァと溜息を吐きながら静かに愚痴った。
「まぁ良く考えたらそうだよな。雨に当たった訳だから湿っぽい匂いはするし、服は乾いてないからズボンが濡れてるのは当たり前だし。温かい重圧感はチャイが俺の上に乗ってたからだし……」
チラリとチャイを覗き見ると、チャイはこれまた呑気に自分の毛づくろいをしている。呆気に取られながらもその行動を見つめていた俺は、凝視している内にとある疑問に包まれた。
「そういや、なんでお前がここにいるんだ?ミサさんの店にいたはずなのに」
最初から同行していたならまだしも、チャイは元々店で留守番をしていたはずだ。まぁ俺が寝てる間に入ってきたんだろうけど普通ならきづきそうなもんだ。はて、どうやって紛れ込んだんだろう?
そんな事を考えているとガタンガタンと時たま揺れていた床がピタリと止まった。どうやら移動を中止したらしい。
俺はこれ幸いにと芋虫のように地べたを這いながら窓際まで進むと、壁を使ってゆっくりと立ち上がりながら窓の外を覗いた。
「バーチャマおばあちゃんとあれは……カナさん?」
そこには何かを抱えたカナさんと、相槌を打つバーチャマおばあちゃんの姿があった。ここがどこかは分からないけれど、二人の背後に建物らしきものが見えるからまだ村の何処かにはいるんだろう。
俺は冷静に状況を判断しながら思考を巡らせると、突然扉が開き外から鳥様が顔を見せた。
その威圧感とボリューム感に思わず死んだふりをする俺。チャイもビックリしたのか、荷物の陰の見えないところにほぼ条件反射的に隠れている。
すると、外からカナさんとバーチャマおばあちゃんの声が聞こえてきて二人の足音が荷車の中にまで響き渡った。
「荷物はこれで充分ですよね、大叔母様?」
「うむ。何度も言っておるが長居する予定はないからの。アントワンヌの方が少し気がかりじゃが……」
「そちらの方はアミお姉様がなんとかしてくださるでしょう。それよりも私はかずや君の方が心配なのですが……」
「小僧なら大丈夫じゃろ。ほらあそこで情けなくグテーッと死んだように寝とるし。男衆もあやつを悪くは扱わんじゃろ」
死んだふりをしているのでそういう風に見えるのに異論は無いんだけど、情けないって何?あーん⁈
まぁ、それよりも男衆と言う言葉に気がかりを覚えるんだけど……。
「あの、大叔母様。苦言を呈するようで申し訳ないのですが、行き先を知られたくないだけでしたら別にわざわざ眠らせる必要は無かったと思うのですが……」
「ふん、この魅力的なボディーをしたレディーを拒否するなど知恵の無い猿と同類じゃよ。せっかく普段着ないひもぱんてぃとやらを履いてみたのに……グスン。じゃから、そんなやつ眠らせても罰は当たらん」
「はぁ……」
俺を眠らせた理由がそんなくだらない理由だと⁈てか、カナさん?何を同情しているの?えっ?その憐れむ視線はなんだいカナさん。ちくしょう。よくわからないが許せん。マジバーチャマおばあちゃん許せまじ。
俺はバーチャマおばあちゃんのくだらない理由に後で絶対に仕返しをすると胸に誓いながら一人悲しくバーチャマおばあちゃんのひもぱんてぃという響きに吐き気を覚えていると、カナさんが意を決したように深呼吸をしながらバーチャマおばあちゃんに告げた。
「お言葉ですが、かずや君が大叔母様を拒否するのはかずや君のせいではないと思いますよ」
お〜、カナさんメッチャいいこと言った。そうだ、イッタレ、イッタレ!!!
俺がカナさんの言葉に激しく同意しながら心の中で最大級の拍手とともに次の言葉を催促していると、カナさんはバーチャマおばあちゃんの目を優しく見ながらそっと口を開いた。
「大叔母様は押しが強過ぎるのです。このオジー王国の殿方ならいざ知らず、かずや君はこの国の人間ではありません。ましてやこの世界の住民でもないのですから、ここは一旦あえて一歩引いたところからアプローチをかけてはいかがですか?」
あれっ?なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。それもただの雨じゃなくてフーガシャワーの雨が近づいてきたくらいの超ド級の量の雲が来たくらいの。
「カナの言うとおりじゃの。うん。私も焦らずに攻略することにするかの」
「そうですよ。時間をかけてゆっくりと信頼関係を築かれてはいかがですか?そうすればさすがのかずや君も優しく接してくれるようになるかもしれませんよ⁈」
待て〜い!!何?俺はいつから恋愛シミュレーションゲームの攻略対象になったの?なぜにカナさんはバーチャマおばあちゃんの肩を持とうとするの?
俺は二人の不気味でツッコミどころ満載の会話に危機感を覚え、心の中でもうそれこそフーガシャワーの雨ぐらいの量の涙を流していると、二人は穏やかな雰囲気をガラリと変えるくらいのオーラを身に纏い新たな話題を持ち出した。
「さて、この話は置いておいてそろそろ出発するかの」
「えぇ、では私も護衛がてら東口あたりの警戒をすることにします」
「護衛はいらんが、まぁいいじゃろ。早速出発じゃ」
二人は俺を置いて荷車から出て行くとゆっくりと扉を閉めた。
二人の気配がなくなったと同時に俺は自分の身に降り注ぐことになるだろうゆゆしき事態に、うー、と唸りながらゴロゴロと床を転がる。
「もうやだぁ〜!!!」
バーチャマおばあちゃんが俺を狙っている。
泣きべそをかきながらその事実を確認した俺はブルブルガクガクと凍えるくらいに震えていた。
「もう仕返しなんてしないから許してくれ……」
「ニャン」
子供のように怯える俺にチャイは小さく鳴きながら頭を撫で撫でしてくれた。
「これであの小僧も無理に外を覗こうとはしないじゃろ、ホホホ」
「大叔母様やり方が本当極悪非道です」
外では黒い笑みを浮かべるバーチャマおばあちゃんと人質、いや鳥質に取られていた鳥を解放したカナさんが静かに溜息を吐いたことを知ったのはまた後のお話。
いやぁ〜歳上の女性にモテるかずや君凄いなぁ棒
えっ?純愛要素があった⁈コメディかホラーの間違いではございませんか?
そんなことより次回はもう分かっているかもしれませんがアイゼンの正体が分かります。お楽しみに。




