6話 現実
「ですから…………先ほどの盗賊団は…………」
話しはじめて15分。さっきから似たようなことを延々と繰り返している。今俺は牢屋に捕まっていた人達のことについて説明を受けている。最初の方は集中しながら聞いていたものの、内容があまりにも似たものだから後半からは全くと言っていいほど頭に入らなかった。分かったことといえば、さっき逃げた奴らは盗賊団でアントワンヌさんの命を狙っていることぐらいだ。さすがにこのままだと埒があかないので、俺は気になる質問を片っ端からすることにした。
「あの~、質問があるんですけど……」
はい?と聞き返される。どうやら自分が話しすぎていることに気づいていないらしい。さっきまで真剣だった顔が急に間の抜けたものに変わる。どこか愛嬌があって可愛らしいのだが、自信なさげに眉を八の字に曲げた表情は少し滑稽に感じた。
「まず、なんでアントワンヌさんが狙われているんですか?」
これは一番気になるところだろう。盗賊団がアントワンヌさんを危険を冒してまで狙うには何か理由があるはずだ。すると、目の前の女性が今度は何故か自身たっぷりにこう答えた。
「それはお母様がこの地域の長だからです。当然でしょ?」
確かにそれが普通の理由だ。だけどあまり腑に落ちない。狙うなら狙うで、仮にもこの女性の話を信じてあの盗賊団を凄いものとするならもっと別の方法があったように思える。まあ、俺がそんなことを言っても意味がないだろう。余計な疑問が増えるだけだ。だから今は俺が聞きたいことを聞く。
「アントワンヌさんに聞いたことなんですけど……」
今一番聞きたいこと。それはここがどこかだ。牢屋に行く前にアントワンヌさんと話していた会話の内容を思い出しながら詳しい情報をもらうことにした俺は、未だ自信満々に佇む女性に尋ねた。
「ここはオジー王国の西側にあるフーガ村であってますよね?もしかしてここはアフリカ大陸にある国でしょうか?砂漠があるってことはそこぐらいしか考えられないんですけど……」
砂漠といったらサハラぐらいしか思いつかない。さらに王国となるとやはりヨーロッパやアメリカの方ではないとおもう。こうゆう時にGoogleがあれば困らないのに。無い物を強請っても仕方がないがやはりインターネットがないと不便に感じる。このようにくだらないことを考えながらふと女性の顔を覗くと、何故か彼女の顔が驚愕の色に染まっていた。
「オジー王国はコロナ大陸にある国ですよ⁈第一、アフリカ大陸ってどこですか?そんな名前の大陸一度も聞いたことありません」
俺はそれを聞いて唖然とした。そもそもアフリカ大陸のことを知らないってどうゆうことだ。コロナ大陸ってどこだよ。自分自身訳も分からず混乱して、脳が疼くように痛み、次第に頭の中が真っ白に染まっていく。多分今の俺は思考が整理出来ていないどころか脳が正常に働いていないんだろう。俺が座っていた椅子がガタンと倒れる。気がつけば俺は声を荒々しく張り上げていた。
「アフリカ大陸のことを知らないってどうゆうことだよ?コロナ大陸とかオジー王国とか意味わかんねぇし。大体、パワースポットにいたと思ったら急に砂漠にいて、気絶して起きると変な女の人がいて、挙句の果てには女王だったり盗賊団だったり正直何が起きてるのかさっぱりわからないよ。頼む、俺に何が起きたのか教えてくれ。そしておれを早く元の場所に戻してくれ‼‼‼」
息継ぎも無しに延々と怒鳴る。八つ当たりだと分かっていても溢れ出た怒りと困惑の感情は留まるということを知らなかった。目の前の女性も突然怒鳴りだしてきた俺に驚いてどうすればいいか分からずにただただオロオロとしている。それを見ているとあまりにも自分が情けなく感じて俯いてしまった。
重々しい沈黙が続く。初対面の女性に俺は何をしてるんだろう。きっと知らない場所にいすぎて動揺したんだと思う。何故か膝の力が抜けて座り込んでしまった。そのまま膝を抱えてうずくまる。俺は何をすればいいか分からなかった。
◇◇◇
「叔母様、彼は異世界から来た人間で間違いないのですか?」
薄暗い部屋の中黒髪のすらっとした女性がそう尋ねた。微かに鼻につくカビ臭い匂いは壁につく黄色の染みと共に、この部屋がいかに古いかを物語っている。壁にかかった蝋燭の火が僅かに揺れ、少し高齢の女性の顔をおぼろげにも照らしていた。
「そうじゃよ、アントワンヌ。まあ、まだ確証はないがの、ホホホ」
白く染まった髪をつむじの辺りでお団子にしているその女性は、ほんの少し嗄れた声でそう返すと、また自身が読んでいた書物に目線を落とした。埃を被ったその書物は明らかに古い文字で書かれており、簡単には解読すら出来そうもない。すると、高齢の女性がある一部分を指差しこう告げた。
「アントワンヌ。この段落にはこう書かれているんじゃよ」
【古より伝わりし大穴に一人の男の魂が迷いこむ時その大穴姿を現し未知からの使者を召喚するであろう】
パタン、と女性は本を閉じた。そして彼女の憶測をアントワンヌに伝えることにした。そして後にこれが正しかったことを知る。
「その大穴とは男が通った洞窟じゃろうな。もしこの文献が正しいものなら彼は異世界から来た人間であっているはずじゃろ。もしかしたら彼は私達の謎を解き明かしてくれるかもしれぬな」
神様に祈るように、しかしどこか確信したかのようにそう告げた。黒髪の女性が首を傾げる。その澄んだ猫のような黒い瞳に疑惑の色が浮かんでいた。
壁にかかった蝋燭の最後の蝋が滴り落ちる。淡いオレンジ色の光に染まった壁も本も二人の女性も消え、暗闇の中に吸い込まれていく。その中で輝く瞳は湧き上がる期待と不安で満ち溢れていた。