50話 キングコブラ(3)
まるで台風が過ぎ去った後のように崩壊した部屋の中に巨大な蛇、キングコブラはいた。
漆黒の闇でさえも吸い込んでしまいそうなどす黒い瞳に、鮮血のように赤くちらつく舌、鋭利に尖る真っ白な牙からは即座に死に至らせるであろう毒がポタリと垂れ流れている。そして、皮膚を覆う鱗は赤と緑の絵の具を混ぜ合わせた時のような色合いをしており、ところどころ混ざりきれていない箇所がまだらに散らばっていた。
私はそんなキングコブラの姿に嫌悪感を抱きながらも視線だけは逸らさないようにじっと様子を観察する。
「始末しなさい」
私の脳内でお母様に言われた言葉が繰り返されている。同時に増援として向かう少し前のことを私は思い返していた。
◇◇◇
「キングコブラですか?!」
私が最初にお母様から巨大蛇のことを聞いたのは、まだ空が仄暗い早朝の頃だった。
既に増援のメンバーを集め、荷造りも終えて正に馬小屋に行くところで私達はお母様に呼び止められた。
ついてくるようにと手招きされ大人しくついていくと、お母様は自分の部屋の中に私達を招き入れた。
何故お母様の部屋で、と尋ねようとしたその瞬間、お母様は怖いくらい真剣な顔で私達の顔を覗き込むと口を開こうとしていた私達を黙らせた。
そして、部屋の奥の棚の中から徐に細長い何かを取り出すと中央にある机の上に寝かせた。
「えっ⁈これって……⁈」
そこにはもうすでに半分乾燥し、パサパサになっている蛇の脱け殻があった。でも、驚くのはまだ早い。
「でも、明らかに普通の蛇の長さじゃないわ……」
そう、この脱け殻はなんと普通の蛇など比べものにならないほど太く、同時に異様に長かった。暫らくの間目が釘付けになる私達にお母様は妙に耳に残る口調で私達に告げた。
「これは普通の蛇じゃないわ。この太さにこの長さ、間違いなくキングコブラのものよ」
私はお母様の証言に自分の耳を疑った。サキやサリーも驚愕に目を見開いている。すると、何かに気づいた様子のカナが反論するかの如くお母様に返した。
「ですが、お母様!キングコブラはもっと砂漠の中央のエリアに生息する生き物です。それなのに砂漠の最果てにあるような遺跡に現れるはずがありません」
静かにカナの話を聞くお母様。お母様もカナの言いたいことは伝わったようだったが、お母様は首を横に振ると、机上にあるキングコブラの脱け殻を指差しながら口を開いた。
「論より証拠よ、カナ。確かに信じ難いことだけど何よりもオカリナ遺跡からこの脱け殻が届いたのは紛れも無い事実だわ。今はまだ確証はないけど確実に普通の蛇ではないことだけは言えるわね」
お母様の正論に口を閉じて黙り込むカナ。サキやサリーも動揺の色を隠せないでいる。私はそんな妹達のことはひとまず置いておいて、お母様にどうしても聞きたかったことを尋ねることにした。
「キングコブラはどのくらい危険なのですか?どうすれば無力化出来るのでしょうか?」
まるで待ってましたと言わんばかりにお母様が目の色を変えると、お母様は妹達を見つめながらこう伝えた。
「そのことで少しアミと話があるからあなた達は外で待っていてくれるかしら?その間にサキは先生からキングコブラの毒に効く薬があるかどうか聞いておくこと。カナはもう少し武器を確保して、それからサリーは……」
そう言ってバッグをサリーに手渡すお母様。サリーは怪訝そうな顔でそれを受け取るとお母様は言葉を続けた。
「これを他の荷物と一緒に詰めておいてね。中には食料が入ってるから。それじゃあ各自解散。大丈夫、アミとはあんまり長くならないから。それから……」
突然慈愛の眼差しで見つめていたお母様が目を真剣なものに変えた。纏っていた雰囲気でさえもガラッと変えたお母様は上に立つ者のオーラを振りまきながら私達に告げた。
「絶対に死なないこと。いいですね?」
お母様の絶対の命令に頷きながら部屋を出て行くカナ達をよそにお母様の方に振り返った私は改めてお母様に向き直った。そんな私にお母様は一言だけ告げた。冷たいあの一言を。
「始末すること」
脳内で繰り返される言葉に動揺する私にお母様は続けた。
「この村の長としてあなたに命じます。オカリナ遺跡に現れたキングコブラを倒し始末すること、分かりましたか?」
お母様、いや、村長の言葉に頭を下げる私。どうやら私に拒否権はなさそうだった。
◇◇◇
そんな事を考えていた私を尻目にカナは両手にナイフを持ちながら果敢にキングコブラに立ち向かっていた。
しかし、縦横無尽に素早く動き回りながらキングコブラの胴体を斬りつけるカナの攻撃は全くといっていいほど歯が立っていなかった。
おそらく最初のカナの一撃で呻き声を漏らしたのは単に驚いたからだと思う。私はあまり効果がないと分かっていても手を止めようとしないカナを見ながらこの状況の打開策を練ろうとした。
けれどまともな武器がないこの状態で戦うのは無理があると考えた私はキングコブラの注意がカナに向いている今のうちに素早くサリー達の手を取ると大叔母様のところに向かって駆け出した。
まずは大叔母様と合流したほうがいいと考えたからだ。
私はキングコブラの視界に入らないよう、止まったり動いたりを繰り返しながら大叔母様のいる方向へ向かった。すると、突然大叔母様のいるところから小さな影が飛び出したかと思うと、無謀にも素手でキングコブラ目掛けて駆け出して行った。
「マイ、危ない‼‼」
マキが飛び出していったマイの背中に向かって叫ぶ。
しかし、その叫び声が届く寸前、マイの身体はキングコブラの尻尾によって吹き飛ばされてしまった。
明日は昼頃を予定しています。
50話まで読んでいただき誠にありがとうございました。




