44話 蛇
これだけ仕上がったので更新しておきます。
蝋燭に灯された火が揺れる。この部屋に唯一残された灯りはナイフを掲げて振り下ろす寸前の女性の姿を照らし、壁に彼女の影を映し出す。
まだ真新しい小型のナイフはオレンジ色に輝く灯りを受けて鈍く輝き、その刃先はその下で目を見開き石のように固まっている青年に向けられていた。
「えっ⁈アミ………さん?」
彼の瞳にはナイフに対する恐怖では無く、どうして自分に刃先が向けられているのかという疑念の色が浮かび、彼の顔は死に対する絶望というよりはナイフを持っている人物に対しての驚愕の念を抱いていた。
それに対して、アミと呼ばれた女性は何かを決心したかのように口元をキュッと結んでいる。アミはほんの僅かの間瞬きをしながら静かに息を吸うと、そのままゆっくりと結んでいた口を開いた。
「ごめんなさい……かずや君」
そしてアミは渾身の力を込めて腕を振り下ろした。
反射的に瞼を閉じるかずや。グサっというナイフが刺さる音とその後に続いた脳内を痺れさせるほどの悲鳴が彼の耳に届くや否やかずやは身体を強張らせた。
しかし、自分に何かが突き刺さったような感覚はしない。かずやはそれを疑問に思うと、恐る恐る目を開いた。
そこにはナイフで頭の天辺から口内を貫かれた蛇が目の光を失いながら、地面に大量の血を撒き散らしていた。あまりの痛みに身体を揺らし、尾を振って暴れている。
必死に頭を振ってナイフから逃れようにも牙が地面に深々と突き刺さった状態では抜け出す方法も無く、やがて動きが鈍くなるとそのまま力尽きてしまった。
「…………。フ〜、と、とりあえず助かった」
あまりの迫力に思わず息を止めていたかずやは溜めていた息をなんとか吐き出すとずっと横を向いていた首を正面に戻した。
「んっ⁈……暗い、そして柔らか……い、痛い、痛いです、アミさん!!」
蛇の頭が動かないようにずっと同じ体制で無我夢中にナイフを抑えていたのであろう。腕の疲れからかそれとも別に理由があったのかアミはかずやから上半身を離すと、そのまま勢いよく疲れた両肘をかずやの顔面に落とした。
かずやの小さな悲鳴に気づいたのかアミは両手を慎重にナイフから話すと上半身をあげ、そのまま自身の後方に手をついて安堵の息を漏らした。
「ごめんなさい、かずや君。私、重くありませんでしたか?」
痛そうに顔を顰めるかずやを見てそう尋ねたアミだったが、理由は言うまでもなく先ほど彼の鼻に当たった左肘だろう。かずやは全然重くありませんでしたよ、といかにも鼻にかかったような声で返事をするとゆっくりと上半身を起こした。
どうやらさっきまでの緊張感が今ので解けたらしい。かずやはその場に座ったまま振り向くとカナ達の姿が目に入った。何やら何かを話し合っているようだが、あまり声量が大きく無いためかかずやの耳には入らなかった。
やがてかずや達の様子に気がついたのかこちらも手を胸に当てて安心したように胸を撫で下ろしたり、笑みを浮かべていた。すると、サリーとサキの脚からフッと力が抜けた。
カナの隣に立っていたサキはなんとかへたれる前に支える事が出来たが、サリーは産まれたての子鹿のように足をふらつかせると、そのまま内股の状態で尻餅をついた。
皆それぞれ一息ついた頃、アミが代表して立ち上がると全員を見渡した。
「とりあえず大叔母様に報告しましょう」
アミの提案に全員賛成を示すように軽く頷く。やがて皆がぞろぞろと入口まで辿り着くとサキが我先にとドアに手をかけた。しかし何故かガタッ、ガタッ、と何かに引っかかる音がしてドアが開かない。
「あれっ⁈ドアが開かないよ」
最悪の予感に冷や汗を掻き始めるかずや達一同。皆お互いの顔を覗きあっている。
「これってつまり?」
そんな中、サリーが空気を読まずに声をあげた。しばらくの間、誰も一言も漏らさずに沈黙が続く。やがてこの中でいち早く冷静になったカナとアミが順番に答え出した。
「ドアが開かない、つまり日付が変わったってことよ」
「ということは下手したらここに閉じ込められたままってことですよ」
オカリナ遺跡最初の部屋に訪れたかずや達は結果閉じ込められてしまった。
◇◇◇
「何故未だに戻って来ないのだ!!!」
荒らし尽くされたとある一室。家具だったものはことごとく破壊され、その破片が無造作に散りばめられている。しかしそんな広い部屋の中央、何かの台座が置かれているその辺りだけは何者かに荒らされた様子はなく、かつてのままの状態で取り残されていた。
だが、それもついさっきまでのこと。唯一残された安全な場所もとうとう憤慨した巨大な蛇により粉々にされてしまった。
しかし、それでも暴れたりないのか尾の部分をこれでもかとあちらこちらに叩きつけて怒りを発散させている。
この時、部屋の角の穴から何かが呻くような声が漏れてきたのだが、幸か不幸か蛇の耳に届くことはなかった。
やがて少しだけ落ち着いたのか巨大蛇は動き回るのをやめると、攻撃されても未だに無傷のまま保たれている中央の台座に戻った。
「いいだろう。もう少しの間だけ待ってやる」
強烈なオーラを振りまきながらそう告げた蛇の目線の先にはかつて蛇だった者達の牙が無残にも山積みにされていた。
「ス〜……」
ポツンとした部屋に巨大蛇の無声音が幾度も響く。その口から突き出された真っ赤な舌はいつにもないほどドロドロした血のように輝いていた。
次回はいつか分かりませんが気長にお待ちください。




