27話 語りだすバーチャマ
「動くな」
聞くだけで息の根が止まりそうな嗄れた声。氷のような手から伝わる殺気。
俺は恐怖のあまり言葉通りに動けなくなってしまった。
冷や汗が俺の額を伝って顎に届く。誰も微動だにしない止まった時間の中、そんなこと関係ないとでもいうように汗が滴り落ちた。
「お前は誰だ。ここで何をしている」
抑揚の無い声で淡々と尋ねてくるこいつの態度に俺はなす術もなく、頭で必死に冷静になれと自分に言い聞かせても、俺の足は意思と相反するようにガクガクと震えていた。
銀色に光る刃物が首すじに浮かぶ太い動脈に当てられた。
絶対絶命の危機に俺の心拍数は上がりっ放しだったが、無駄な抵抗は命を落とすことになると考えた俺は素直に質問に答えた。
「カズヤ・タケダです。トイレにいっていました」
足の震えが直に伝ったのかというぐらい震える声で俺が答えると途端に手が緩み、声が嗄れたものから明るい女性のものへ変わった。
「あれっ?かずや君?何でここにいるの?もう寝てたんじゃ」
聞いたことのある早口の明るい声に驚いた俺は緩んでいた手の力を解きサッと振り返った。
月のない夜、星明かりに照らされ現れたのは俺のよく知る顔だった。
「えっ⁈ か、カエデさん⁈ 何で……」
しっ、と短く俺に静かにするよう命令するとそのまま俺の口を抑えるカエデさん。先ほどは恐怖のあまり気づかなかったが、カエデさんの手からは錆びた鉄の匂いがしていた。
一瞬血かと思って肩がビクッとなってしまったが、腰に小さな短剣を携えているのを見て俺はこの短剣を持っていたのだろう、と思い直した。
「荷車に見かけない人を見たから確保しようとしただけだよ。かずや君はもう自分のテントに戻ってると思ってたしね。そんなことよりかずや君はこんなところで何してるの?トイレが終わったなら早く寝たほうがいいよ!」
カエデさんはもはや無声音に近い小声で言いたいことを一気にまくしたてると、そのまま俺のテントの方を指差した。
カエデさんに急かされて仕方なく帰ろうとすると荷車の中からまた小声の会話が聞こえてきた。
気になった俺はさっきの場所へ戻ろうとすると、どうやらカエデさんも声を聞いたようで俺と同じように耳を荷車に押し当てていた。
「カエデさん、見張り役なんじゃ…」
俺の指摘したことを完全に無視し、顎で荷車を指すカエデさん。
俺も気になっていたので細かいことは忘れて耳に全神経を集中させた。
まず耳に入ってきたのはこれまた聞き慣れたバーチャマおばあちゃんの声だった。
◇◇◇
かずやがカエデに捕まるほんの少し前、荷車の中ではカリンとバーチャマがタミとマイを交えて小さな話し合いをしていた。
旅の道中では護衛の仕事をしながら歩いたりダチョウに乗ったりして他のメンバーとゆっくりと相談したり話し合う機会が無かったカリン。
しかし、その分あらゆることを考えることが出来た彼女は正座をしながら一番気になっていたことをバーチャマに訊いた。
「大叔母様、何故お母様は彼をいきなり遺跡に連れていけと申されたのでしょうか?」
カリンは母親に言われたことをしただけだったが、深く考える時間があった彼女は自分の母親の命令に疑問を持った。いや、正確には母親であるアントワンヌの意図や考えがわからず混乱していたのだ。
身元の分からない相手には普段から疑り深く相手が尻尾を出すまで様々なことを試す自分の母親のした行動は今考えると非常に不自然だった。
アントワンヌは彼を朝食に招待したり、姉であるアミの話によると、オジー家やその召使い達が普段使う長屋に運び込んで彼女の立会いの下、オジー家お抱えの医者を使って治療をしたり、挙句の果てには証拠不十分、正確には確証がない過去の文献を信じ、彼を異世界からの人間と断定したりと明らかにおかしい点がありすぎた。
よくよく考えると不可思議なアントワンヌの行動に困惑していたカリンはそれ故に大叔母であるバーチャマにアントワンヌの行動について自分が考えていたことも含め尋ねることにしたのである。
「カリンもアミみたいに鋭くなったねぇ……」
カリンの考察を聞いたバーチャマは短く息を漏らしたあと、起き上がったタミとマイを加えゆっくりと口を開き、話し出した。
「アントワンヌには遺跡調査が終わるまで秘密は守るようにしておけ、と言われてたんだけどねぇ、ホホホ。そんなに気になるなら仕方ない。少し長くなるから楽な体勢で聞きなさい」
バーチャマに言われた通りに体勢を崩す三人。タミとカリンは壁に寄りかかり、マイはまた毛布に包まって床に寝転がった。
全員が聞く準備を整えるとバーチャマは念を押すように彼女達に確認した。
「あくまでもあなた達に話すんであってまだこれは秘密だからね。くれぐれもおしゃべりなカエデやマキに言うんじゃないよ」
最後の方は悪戯っぽく囁くように呟いた。
くしゅん、とクシャミの音が聞こえた気がしたが気にしないことにしたバーチャマ。
時間差でハーっくしゅーん、と遠くで大きな音が聞こえたが風の音だと頭に言い聞かせそのままバーチャマは三人に語り始めた。
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