16話 サリー
薄暗い部屋の中、パチパチと火花が不規則に音をたてている。オレンジにも黄色にも見える淡い炎はかまどの前にしゃがみ火加減を確認する若者の顔を静かに照らしていた。千度を超える火の周りは熱く若者の顔からは滝のような汗が流れている。この真夏の暑い中、長袖長ズボンという格好で火を見る若者のその姿はまるで火とどちらが先にバテるか我慢比べをしているようだった。流れる汗を手で拭い、首元にかけられた布で手を拭くと傍らに置いてあったコップの水を飲む。
「ふー、休憩、休憩」
若者はそう言って顎に滴る汗をまた首元の布で拭いながら冷んやりとした床の上にそのまま座った。かまどの中で燃え、どんどん黒くなる木材を見ながら若者は首を上下左右に動かし首の筋肉をほぐしていく。下ばかり見て辛かったであろうその首は若者が上を見あげた時にコキっという気持ちのいい音をたてた。その時、少し早い昼食の時間を示すヤカンの甲高い音がかまどの上から鳴り響き若者の重くなった腰をあげた。
「昼ごはん、昼ごはん♪」
音符が見えてきそうなほど明るい声でそう言う若者はかまどの上にあった釜の蓋をとった。ふっくらと炊きあがった黒いご飯を見て満足そうに頷くと若者はご飯をよそう為のしゃもじとお椀を取りに食器棚へと向かった。本日の献立はふっくらとしたご飯に沸きたての熱いお湯とこのお店のお隣さん特製の茶葉を入れた質素かつ豪華なお茶漬けである。若者は弾むような軽い足取りでかまどの前まで戻ってくると零さないようにそっとご飯をお椀に盛った。お椀とお湯の入ったヤカンを一輪の花が絵かがれた白いトレーに置き持ち運び、近くのテーブルに置くとそろそろ来る頃であろうお隣の茶店のお婆ちゃんを待った。いつもこの時間になると決まってやってくる初老の女性。しかしどうしたことか来るはずのその人が来ない。朝会って挨拶した時には異常なことは何も無かったからきっと昼寝でもしているのだろう、と思った若者はトレーに自分の分のご飯も入れて持ち上げるとお隣の茶店にお婆ちゃんの様子を見にいくことにした。
「あれっ⁈おかしいな…」
若者は熱々のご飯を持ってお隣に行くと臨時休業の看板が出されていることに気づいた。おかしいと思い店の裏手に周ると不思議なことに裏の扉が開けっ放しにされている。若者は嫌な予感がし、失礼しますといいながら中に入っていくとそこには何やら深刻な表情を浮かべる三人組がちゃぶ台の上におかれた古めかしい何かを見つめ首を捻っていた。そんな中一人が顔をあげ、若者に視線を向けた。その顔はまさしく若者が知るお隣さんの顔だったので思わず声をかけてしまった。
「お婆ちゃん…お昼ご飯を持ってきました」
突然出された声に驚いたのか残りの二人も顔をあげる。そこには若者の見知った女性と見覚えのない男装した人が目を大きく見開いて座っていた。
◇◇◇
「 サリーちゃんいらっしゃい。あら⁈もう昼食の時間?」
ミサさんは私に声をかけると他の二人にも声をかけてちゃぶ台の上を片づけ始めた。私は男の格好をした人に目を向けながら隣の人に声をかけた。
「アミ姉ちゃん、隣の人って…」
誰、と言いかけそうになったが私は今朝お客様が来たとかなんとかで朝食をとっていた時に挨拶していた人だと気づいた。私はその時この人とは真反対の入り口に一番近い席に座っていたから顔は分からなかったけど、他の妹から男の人だよと言われて印象が深めだったことを思い出す。確か名前は……
「かずやさんよ、サリー。今朝挨拶してた…」
そうだ、かずや、カズヤ・タケダ。自己紹介している時に噛んだ変な人。私と同い年だということと見た目と実年齢のギャップが酷いことで中々印象深かった面白い男。私は彼が自己紹介で噛んだことを思い出してクスリ、と笑ってしまった。慌てて自分の顔を触りどこか異常がないか確認しだして首を傾げるその姿にまた笑ってしまう。私が笑ったことでどこかショックを受けたのか彼は下を向くと頭をかきはじめた。その様子を見ていると先ほどまでの悪い予感が消え去り、妙な面白さが込み上げてきた。私は内心そんな自分をおかしく思いながら手を前に組み丁寧にお辞儀をした。
「私はサリー。あなたと同じ21歳です。どうぞよろしくお願いします」
頭を下げた際に髪を結わえていた紐がほどける。慌てて拾いあげて誤魔化すように微笑むとかずやさんは顔を真っ赤に染めて目を逸らしてしまった。何か怒らせることしたかなぁ、と内心疑問に思ったがとりあえず面白かったのでいいや、と思い直しかずやさんの様子を窺った。その後姉であるアミ姉ちゃんが呆れた様子で私を見ていることに気づき少しかずやさんを観察し過ぎたと気づいた私は持ってきたお茶漬けに視線を移しみんなに声をかけた。
「さあ、お茶漬けが冷める前に食べましょう。急いで残りの二人分もってきますね」
そう言って私は店に戻る。今日は楽しくなりそうだなと思ったからか私はなぜか柄でもないスキップをしはじめていた。
次回は10月26日予定です。




