0話 プロローグ
青い空、白い雲。典型的な夏の日差しに照らされ、肌が焼けるまで寝そべる。カモメのガーガー鳴く声に混じって澄んだ綺麗な海が波をたてる。そして俺の隣には絶世の美女、とまではいかないがそこそこ綺麗なお姉さんが同じように、しかしうつ伏せになって寝転がっている。
今俺は先輩達と一緒にとある浜辺に来ている。特に目立った特徴はないが、強いてあげるとしたら他の浜辺より砂が綺麗なところだろうか。まあ、今はそれよりも隣の先輩の方が気になる。相手に気付かれないようそっと横を盗みみようと試みるが、いやらしい視線でも感じたのだろうか、ふとこちらの方へ顔を向けてきた。いや、正確には俺の横に立つ一人の男に向けてだ。しばらくその男を見たあと、やがて先輩は少し苛立ちげに口を開いた。
「こっち見んなよ、鉄!」
鉄と呼ばれたその男、その名を宮崎鉄という。そしてその男は片方の眉を僅かにあげ、先程とほぼ変わらない表情で言い返した。
「お前なんか見てねぇよ、夏!」
夏と呼ばれたのは俺の隣に寝そべっている俺の先輩で名を石井夏芽という。そして真ん中に寝転がるボサボサヘアーが俺……
「まあまあ。落ち着いて下さいよ、先輩‼」
「「黙れ、カズ‼」」
……竹田かずやである。
そもそもなんでこんなところにいるかというと、実は今日は大学のサークルでビーチバレーボール大会を行うことになっていたからだ。しかし何をどう間違えたのかビーチバレーボールをスイカ割りと勘違いしたやつがいて、そいつが間違った時間を伝えてたり、しかもボールを持ってくる予定のやつの車のタイヤがパンクしたらしく、遅刻すると連絡したきりいっこうに来る気配がなかったり、挙句の果てには大会そのものが中止になったという誤報をしたやつまでいて、結果大会そのものが中止になってしまった。
そんな訳で今俺たちはここにいる。別に帰っても良かったんだが、折角海に来たからには遊んで帰りたいと思うのは当然だろう。でももちろん帰るやつもいて、結局残ったのは俺たち三人含む合計八人だった。
やがて時間が経ち、空が段々とオレンジ色に染まる中で先輩たちは最後に海辺を少し散策して帰ることにしたらしい。目指すはちまたでちょっと有名な心霊スポットの岩場。なんでもバレーボールが出来なかったことで溜まっていたストレスを発散するとかなんとかで俺も連れていかれることになった。いや、ストレス関係ないだろ、コレ……。
とにかく、俺たち八人は最後にその場所で肝試しをすることにしたのだ。二人ずつペアを組んでくじ引きで行く順番を決めることになった。俺のペアが引いたのは最後。まっ、でも終わりよければ全てよし、っていうし大丈夫だろうと思っていたら三組目が帰ってきたので、行こうとしたら急に俺のペアが苦しみ出した。何かと思って振り向くと、そいつが腹を抱えてうずくまっている。なぜか顔色が悪そうだったので訳をきくと、どうやらその子は霊感が強いらしくこの岩場に入ろうとした途端霊気のようなものを感じて気持ち悪くなったらしい。病人を無理矢理つれていくわけにもいかないので一人で行くことにした。
「待って、かずや君! 一人でいかないほうがいいと思う」
「大丈夫、大丈夫。危なくねぇから、平気だぞ⁈ ほら、案の定、他の奴らも帰ってきたし」
そういいながらも俺は先に進んで行くことにした。実際怖かったけど、あそこで帰るのも恥ずかしくって嫌だったし、実際、心霊スポット自体少し興味があった。しかしそれがまさか俺の人生を変えることになるなんてその時は思わなかった。
決められた場所を通って奥まで着いたので帰ろうとした途端一瞬足元がぐらっと揺れた。しかしその揺れもおさまると、何事もなかったかのように静かになった。
今のはなんだったのだろうか?少し気味が悪くなってきたので俺は急いで心霊スポットを抜け出した。もう夕方だったからそろそろ暗くなるはずなのに、空には月どころか星すら存在しない。しかも、太陽まで出てくる始末。
「・・・・・・っえ⁈ どこここ?」
どうやら俺は今日本にいないらしい。その証拠に周りを見渡すと砂、砂、砂。明らかに浜辺にある量を遥かに越えている。どうみても砂漠だ。状況がまずいと思って急いで心霊スポットに戻ろうとするものの、なんと出入り口が見つからない。どうやら俺はとんでもないところにきてしまったらしい。しかし帰る方法がわからない俺はその場で立ちすくんでいた。そう、これが俗にいう、異世界へ転移ってやつなのだ。だが、さすがに現時点でそこまで頭が回らなかった俺はただ茫然とするしか方法がなかった。
◇◇◇
その心霊スポット、本来の名を通称【小路井の恋文】といい、もとはカップルのためのパワースポットだったのだが、一度独り身の男が一人だけで入った際その人の身体どころか、存在までもがこの世から消えたらしい。それでもこの噂が流れる理由はただ一つ。そのパワースポットを調査する際に男の海パンとサンダルだけが見つかったのである。しかしどれだけ探してもいっこうに海パン以外の手がかりが見つからないため、捜査は打ち切り。代わりにこの岩場の前に看板を立てることにしたのだ。
『この岩場に一人で入るベカラズ。さもなくば海パン取られるべし』
と書かれたその看板を信じてかわからないがそれ以降一人で入る男は居なくなったらしい。いや、ただ一人、竹田かずやを除いて。
数日後、その岩場から男の海パンとサンダルが見つかった。意図的に消されたのかそれとも運命なのかもうこの世に彼の存在を示すものはほとんど存在しない。
果たしてこの海パンとサンダルは誰のものだったのだろうか?