解読、そして。
考えは纏まった。
後は確認するだけだ。
翌日。俺は気になって居た事があったので放課後ジルと会う約束をした。といってもクラスが同じだからホームルームが終わって教室に殆ど人が居なくなるのを待つといういたって単純なものだったのだけれど。
「あのメモが何か分かったの? 私を待たせていい度胸よね。本当にアンタはーー」
「ああ、大体な。そろそろ行こう。あまり一緒に居るのを見られるとまずいだろ」
「そうね」と短かく同意したジルは先に教室を出て行こうと踵を返した。その優美な後ろ姿に俺は短かく指定した。
「図書室で待ってろ。探し物はそこでするから」
ジルは首を傾げて不思議そうにしている。
本当に不思議そうにしていた。
俺は二分三分間を空けて席を立ち、ジルの待つ図書室へと向かった。廊下にはまだ帰っていない生徒達が点々としていた。ーー時間を空けて正解だったな。俺は階段をゆっくりと降りて図書室へ向かう。連絡通路で二三人の女子生徒とすれ違ったが俺の顔を見るなり走って行ってしまった。
「人気者も楽じゃないな」
と俺は自嘲気味に笑いながら歩いた。
図書室へ着くとジルは入り口の前に昨日と同じ仁王立ちで俺を迎えてくれた。
「遅いわね! 早くしてよ。いったいこんな所に何があるっていうのよ?」
「来れば分かる」
俺はジルを追い越し図書室のドアを空けた。受け付けにいた図書委員はこくりこくりと船を漕いでいた。
「答えはここにあるはずだ」
後ろからついてくるジルに俺は振り返らず言った。例の古びたメモ用紙を胸ポケットから取り出してジルに渡す。
「この本を持って来い」
ジルが理解するまでは少し時間があったように思う。「あっ!」といってジルはその番号の、本棚に向かって走った。
俺はジルが本を見つけるまでの間に適当な席を確保しておいた。他の人は幸運にも図書委員以外にいないようだったし。
ジルが高ぶる気持ちを抑えられていないのはすぐに分かった。目がキラキラと輝き、少しばかり頬が紅潮してしたからだ。
「あったわよ! 本! このメモと同じ番号の物が!」
ジルの手には『たいちゃんのたいこ』という絵本がしっかり握られていた。著者は寮美千子……。ううむ。知らない。
表紙にはたいこを陽気に叩いている男の子がいる。これが『たいちゃん』なのだろう。
「あれ? メモが入ってないわ。何かあると踏んだのに……」
「誰かの悪戯が年月を越えて俺たちの前に現れただけだろ?」
「そうかもしれないけどーー。んー。なんか気に入らないわ……」
残念そうにジルはその本を机の上に投げ出した。自然、俺は表紙に写っている『たいちゃん』と目が合ってしまう。
ん? 今何か見えたぞ。
本の適当なページを開き、表紙とカバーの間に隙間ができる。『たいちゃん』の丁度裏あたりにボールペンで書いたものがあった。
「これ、メモの続きだぞ。多分」
「えー! どうして? どうしてわかるの? アンタ魔法使いか何か? 私を人魚に戻してよ!」
…………。テンション上がり過ぎてキャラが崩れた。しかも人魚に戻してよとか、人がいないからいいものを……。
俺はなるべく図書委員に聞こえない様に静かにジルをなだめながら言った。
「声でけーよ。図書委員が起きちまうだろうが。いいからお前の方から読めるだろ。メモってくれ」
「OKボス」
「テンションが上がるとキャラを維持出来ないのかお前は?」
メモを書き写したジルは多少冷静さを取り戻していた。メモの内容は前の物と異なる物だった。
皆に問うて見る也
死の国に或る者か
また私の心の広い
行くべき時を惜しむ吹
きすさぶ風の元我の苦
を。
俺たちは首を傾げながら唸った。
またわけの分からない暗号か。ジルは眉間にシワを寄せて書き写したノートのメモとにらめっこしていた。
時刻は夕刻。
そろそろ帰らなければならない。
俺たちは『たいちゃんのたいこ』を棚に戻し、図書室を後にした。このすぐ後ほどややこしい事に巻き込まれるとも知らず、呑気な欠伸を一つして下足場へと足を向けた。