喫茶となりや
楠宮御影。中学時代からの友人、チャラチャラ伸ばした髪をガラスや鏡に映る度につついている。見た目は軽薄、軽い、ありていにいうと馬鹿そうなのだがこいつは頭がいい。秋の時点で大学を決めた。夏休み中にあった推薦入試、サマーなんとかという募集で面接を受けただけで大学を決めてしまったのだ。
「なんだよ。いつにも増して鬱屈としてるじゃあないか。実に愉快愉快」
楠宮は軽快にからからと笑いながら俺の机の上に弁当を置いた。
「五月蝿いよ。俺みたいな平々凡々な受験生は何時だって憂鬱なんだよ。実力主義のご時世に運で大学決めたやつには分からない秋の心情だよ」
「運も実力のうちなんだよ」
「……忌々しい」
なははと笑いながら楠宮は弁当をあけて卵焼きを口に運んだ。俺も同じように弁当を広げウインナーを口に運んだ。
「そーだ。海! 今日は久しぶりにあそこ寄って帰らないか? 最近ご無沙汰なんだ」
「『となりや』か。久しぶりだし顔出すか」
「オッケ! 決まり。あずみ姐さん元気してるかなー。」
俺はただ家に帰ると憂鬱になりそうだったので軽い気持ちで楠宮の誘いに乗った。本当に久しぶりだったしたまには息抜きしなきゃな。
『となりや』は俺や楠宮の住む地元の駅裏にひっそりと佇んでいる喫茶店である。朱色に黄色い文字の看板はボロボロになり所々変色している。こんな妖しい所に人間が来るのか? そもそも人間が経営しているのか? など様々な意見を聞く事もしばしばである。
道玄坂あずみはそこの店主である。年齢は27歳。ほっそりとした長身に伸ばした黒髪はポニーテールにしている。煙草が似合うカッコイイお姐さんというところだ。
「あずみさーん。お久しぶりでーす!」
「おー、いらっしゃい。ふたりか?」
楠宮のテンションに反し冷めた反応のあずみさんだったが、彼女のテンションはこれがデフォルトである。他人にテンションを操られたりはしない。俺たち以外に客が居なかったのでカウンターの真ん中に腰を落ち着かせた。
「何にする?」
楠宮はアメリカンホットを頼み俺はウインナーコーヒーを頼んだ。あずみさんに「変わってるな」と言われたが好きなものは好きなのだ仕方が無い。
注文の品が並びそれとなく頂きますと言うと、楠宮はアメリカンを一口啜りあずみさんに言った。
「あずみさん。最近どうです? 彼氏とか出来たりしました?」
あずみさんはKOOLを口に咥えて火を付けながらクールに言った。
「あぁ? あたしはもう男はつくんねーって言ってんだろ。しかし、男に嫌われたいって訳じゃあねー。ん、恋人はつくんねーって事だ。だからあたしの事は諦めな、御影」
カウンター越しから紫色の煙を残さず吐き出しながらあずみさんは笑っていた。楠宮は悔しそうにしていたが負けじと続けた。
「僕は諦めませんよ。諦めたら試合終了ですからね。待ってて下さい、あずみさん」
バスケ漫画の台詞を借りるのはいいが、不純だな。青春バスケ漫画に申し訳ない。俺はウインナーコーヒーをぐるぐるとかき混ぜながら二人の話を聞いていた。すると、
「海。あんたはどうなの? 最近。彼女とかつくんないの?」
「受験生ですよ。こいつと違って俺は忙しいんですよ。色欲は俺の中にはありませんよ」
「海は傲慢だよな」
お前がそれを言うなよ楠宮。傲慢不遜はお前の専売特許だろうが。
「七つの大罪……ねえ」
あずみさんは遠くを見ながら短くなった煙草を灰皿に押し付けた。何か言おうとしていたのだろうが、話すのをやめた。少しの間三人して沈黙していると、楠宮がその沈黙を破った。
「なぁ、海。面白い話を聞いたんだけどさ……」
「藪から棒にどうした。まあ、聞かない理由もないしな。なんだよ」
「ある生徒から聞いた話だ。昼前の人気の無い階段で学校一の変態と金髪美女がまさかの密会をしていたらしい。この話が本当なら、俺は一体何を話していたのか気になるところなんだけれど……。何か知っているかい?」
………………。知られていた。ジルと俺の関係は他に知られちゃあ不味いのに、いきなり暗雲立ち込めてる。こういう時はだんまりを決め込もう。
「………………」
「おい、海! 何だよ何だよだんまり決め込むなってーの。黙秘権はないぞー。おーい。無視するなー」
「………………」
「分かった分かった。取り敢えず訊かないでおくよ。言いたくない事を無理矢理聞くのは俺のポリシーに反するし」
はぁ、と溜息をひとつついて楠宮はもう冷めてしまったアメリカンを一気に流し込んで、あずみさんに言った。
「おかわり下さい」