まっ、いいか
「君は……誰だい?」
おかっぱの小さな巫女は応える。
「私デスかぁ? 私はぁ……巫女デス」
「そうか、良かった。俺はてっきり幼女が誰かに監禁されていて、やっとの思いで逃げ出し、俺に助けを求めているのかと思ったよ」
敢えて、明るく……俺は言う。
「イヤだなぁお兄ちゃん。私は監禁なんてされませんデス。酷い言われようデス」
少しほおを膨らませながら、少女は続けた。
「むぅぅ! 榊はただ、お兄ちゃんを助けてあげようと思っただけデスのに〜!」
「しきみ?」
「榊は榊デス。御鏡榊は私の名前デスよぉ。お兄ちゃん」
榊ちゃんはそう言ってにっこりと笑う。
その表情は、あどけなくもあったがとても不気味だった。
「…………あれ、皆は?」
「皆?」
現見は、みゃーちゃんは……ついでに楠宮は? 何処へいった。
俺は神社の周りを見回し、現見達を捜す。しかし……しかし、見当たらない。神隠しにでもあったように、まるで始めから誰も居なかったかのように、神社周辺はがらんとしていた。
「どーかしましたデス? お兄ちゃん」
「いや、俺はてっきり、美しいおでこの女の子と型破りな担任と、腐れ縁の友人とでここへ来た気がするんだけど……」
沈黙……
風の音すらも、この場に流れるべきでないと、自重しているかのようだった。
「美しいおでこの腐れ担任なんて見てませんデスが?」
「情報を一つにまとめるなよ」
「型破りなおでこも見ていないデスが……」
「おでこに固執するなっ!」
型破りなおでこって、どんなおでこなんだよ……。
「まぁ、落ち着くデスよ。お兄ちゃん。狭い神社ですから、そんな大声をあげなくても聞こえるデスから。はっ! まさに猫の額程の神社デスから!」
「だから、おでこの話はもういいから……」
俺は自分がおでこの話をしてしまった事をここでようやく後悔した。話が進まない。状況が分からないこんな状態で、先程出会ったばかりの少女とおでこトーク何ぞ出来るか。絵面は非常に滑稽だけどな……。
ともあれ--
「見ていないのなら仕方ない。手を借りたかったけれど、君はもうお家に帰りな。両親が心配するだろ」
「猫の手も借りたいって事デスね? お兄ちゃん、おでこ被りから見事なすり替えデスね!」
褒められた。
嬉しくは無い。全くだ。
しかし、おだてられた手前、何も答えないわけにはいかなくなり、僕は口を開く。
「まぁ、猫だけに……被ったな」
「おおおお!」
すっげーいい反応だった。
大した事言っていない筈なのだが……しかし--
国語勉強してて良かった。こんな簡単な掛詞で尊敬をしていただけるとは……何だか恥ずかしい。いや、いい意味でな。
「ところで、お兄ちゃんはどうして榊に会いに来たデスか?」
唐突。
虚を突かれて多少困惑したが、俺は顔に出さないよう努力した。
「いやいや、別に君を探してこの成尾神社に来たわけでは無いんだ。この出会いも偶然。単なるたまたまだよ」
「ふぅん」と、興味なさそうに榊ちゃんは俺から視線を外す。いや、目隠しはしていたんだけど。
「たまたま……偶然……。そんな曖昧な言葉は榊はどうも好きになれませんデス。榊はデスね運命論者デスからお兄ちゃんの様な、たまたまとか、偶然とか、運が良かったとか、悪かったとか、そう言う風に物事を決めつけるのは断固反対デス」
榊ちゃんは、とにかく不機嫌そうに言った。何度もいう様に、彼女の表情は未だ掴めないままだ。
彼女は踵を返し、僕たちが来た入り口付近のボロボロになった手水舎を目指して走った。それが何を意味するかわからないまま、俺は小さな巫女を追いかけた。
「おい! 待て、どこへ行くんだ!」
追いかけた先に、榊ちゃんは居なかった。手水舎の水は枯れていて、正常に機能していない事が見て取れた。その周りをぐるりと一周、周ってみたが彼女は居ない。
瞬間……
「…………!」
境内を真っ直ぐに駆けてゆく何者かの足音に、俺は反応し、振り返った。
間違いなく、巫女である榊ちゃんの足音だと瞬間的に感じ取れたのは、彼女の履物が下駄だったからだろう。カランコロンという音に、俺は敏感に反応していた。
すっと、影が見えた気がした。
その影の向かう先は本殿の中だった。
神社を囲む、鎮守の杜というにはいささかおどろおどろしい木々は不気味に揺れ、ざわざわと俺を攻め立てる。
さっきまで、風さえも吹いていなかったのに……。
「…………」
無言のまま、俺は榊ちゃんを--榊ちゃんの足音を--追うように……
導かれる様に……
本殿へと向かう。
「…………!?」
開け放たれた本殿の先に、薄暗い本殿の先に……彼女は居た。
俺は出会って初めて、この少女と目があった。赤く光る目、というのは言い過ぎではない。
赤い。
赤く、明るく
紅い。
そして、口調を変え、榊ちゃんは言う。
「お兄ちゃん。私は御鏡榊。成尾神社の神である私が、貴方に運命づけましょう。貴方がくる場所はここでは無い。それはもう少し、あとの話になるでしょう。今は行きなさい。貴方は知っている。その違和感を。覚えている筈、あの既視感を。ただ貴方は仕舞っているだけ……。さぁ、広げなさい。開きなさい。貴方の向かう先はもう決定しているわ」
気がつくと、俺は揺れるラパンの後部座席に居た。否、横になって居た。足を曲げた状態で、現見の膝の上--もっと突き詰めていうなら太腿の上だったが--で目を覚ました。
「あっ! 気が付いた?」
俺の視界いっぱいに、現見がフェードイン! 心配そうに眉を下げている顔もやはりキュートで……
とか思ってる場合じゃない!
現見の膝枕!!!
そして現見!
近い近い近い!
「……っおぁぁ!?」
「あぁん? なんだお目覚めか! ははは! 体力なさすぎだよ銛矢ぁ。あんた本殿の前でぶっ倒れてたんだよ」
みゃーちゃんの状況説明。
状況は虚しい程変わらないと言う事だった。何の証拠もつかめず、何の手掛かりもつかめず、俺たちは今、ただただ車を走らせているようだった。
「すみません……」
「まぁ、謝ってもらっても困る」
「? どういう意味だ、みゃーちゃん」
「いや、私は役立たずなお前を見捨てていこうとしたんだがな……二人にとめられちゃってさ」
「教師以前に人間としてどうなんだそれは!」
「だぁ〜からこうして今後部座席に安置してたんだろうが。堅いなぁ銛矢は。もっと脳味噌を柔軟にだな--」
「みゃーちゃんの脳味噌柔らかすぎるだろ!」
むしろ溶けているんじゃあないか? いや、やはりこれは言わないでおこう。そろそろ黙っておこう。
「で? 銛矢、いつまでJKの膝枕で天国極楽気分なんだ?」
しまった。
みゃーちゃんに反抗した事で、引き合いに出されると気まずい内容を躊躇なくぶつけられた。
もう少し……あと五分でいいから〜!
ていうか、教師が教え子をJKとか言うなよな。
「あー……悪かったな、現見」
「大丈夫だよ。銛矢君の寝顔ずっと見てただけだから」
俺は咄嗟に起き上がり、姿勢を正した。
恥ずかしい。
恥ずかしいに重ねて恥ずかしい。
嗚呼、恥ずかしい。面映い、面映い。
「んだよ〜。現見も満更じゃねーのなぁ。青春だねぇ! 羨ましいぞ! お前達〜! っと、オジャマムシは口をつぐんでおこうか。後は若い二人に任せて……って奴だ」
「オヤジっぽいですね……」
「ああ!? うちの家系は母親がこのテンションなんだよ。我慢しろ」
「うぅん……まっ、いいか」
あれ? 何か大切な事を忘れてる気がする。いや、大切かどうかわからないが、とにかく何か……
まっ、いいか。
ジルを捜すため、俺たちは次の場所へと向かった。