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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第五章
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行くよ!

 拝啓


 お元気ですか?

 なんて挨拶はオレと君の間には、最早、要らないように思いがちだけど、一応……念のため……お元気ですか?


 挨拶のつもりで文頭に軽めのジョークを織り交ぜて見たけれど、どうだろう。

 今の君の心中を察すると、「ふざけるな」以上「殺してやる」未満の感情が、このオレに芽生えているのだろうね。


 いきなり本題に入るのも悪くないのだが、ジルがそちらで世話になったので、まずはお礼を言わなければいけないね。


 ありがとう。


 全く、シンプルだけれど--

 至極、単純だけれど--

 君に伝えられる台詞はこれくらいだ。


 おっと、忘れていたよ。本題だ。

 オレとジルは少し寄り道をしてから帰ろうと思っている。

 君達には世話になったからね。

 君達のよく知る、あの場所に寄ってから、海に帰ろうと思う。

 魅力的だったしね--いや、これはオレの感想だけれど……。


 とにかく、少年。

 君はまだまだ青いな。

 学校はまだ休みじゃあないだろう。

 何故、家にいるんだい。

 まぁ、君はそんなに弱い人間ではなさそうだし、二日も休めば復活するかな。


 さぁて、じゃあ……オレ達はそろそろ行くとするよ。

 ジルはずっと黙っているけれど----



 泣いているぞ



 そういう事だ少年。

 ここからは、誰の意思でもなく、自分で選ぶんだ。自分で決め、行動し、実行するんだ。


 ふふふ、やはり君と話していると話が長くなりそうだ。とはいっても、手紙だけれどね。

 いや、なんでもないさ。

 さぁて、それでは……しばしの間、さようなら。


 君なら来てくれると信じているよ。


 君のお友達ディアフレンド

 ダグ・トールボット


 敬具



「手紙……何だって?」


 冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注ぐ楠宮。

 しかも我が物顔で--

 まぁ、仕方ない。こいつはこういう奴だったな。


「ジル、まだ帰ってないって」


「ええ! じゃあ、迎えに行かなきゃ! 迎えに行こうよ!」


「待て待て、現見! 行くつったって、どこに行けばいいのか……皆目検討がつかないじゃないか」


 そうだ。

 今更、行ってどうなる。

 今更、追いかけて--

 何を伝える。

 俺は、ジルに……

 酷い事を言ってしまったんだぞ。

 どんな顔して、会いに行くんだよ……。


「あー、もうっ! 焦れったい! 男のコってどうしてこうなの!」


「……え?」


「あの手紙を、ジルちゃんのお兄さんが書いた意図を考えなよ! ジルちゃんが泣いていた理由を考えなよ! 自分はどうしたいか、意思を示してよ! 銛矢君にとって、ジルちゃんは何なの?」


 ダグがこの手紙を投函した、意図

 ジルが泣いていた、理由

 自分の、俺の意思

 ジルは、俺にとって--


「……ったく、いつもそうだ。あいつは、いつもいつもいつもいつも--。俺を困らせて、悩ませて--。勝手に怒って、勝手に泣いて、勝手に走って、勝手に家出して--」


 そうだ。

 九月から、まだ四ヶ月しか経っていない。

 だけど、俺のつまらない日常に、あいつが現れて……。

 鬱陶しい、

 自分勝手、

 忌々しい、

 最初は、そう考えていた。

 だけど、だけど----。


「だけど……なんだかんだ、俺は、楽しかった。ジルと、皆といる時が……楽しくて仕方なかった」


 現見は「うん、うん」と頷く。

 楠宮は目を閉じて、冷蔵庫にもたれかかっていた。


「俺、決めたよ。ジルを迎えに行く。伝えなくちゃならない事も、ある」


「だよな。どんな理由があろうと、こんな別れ方は良く無いよな。海、俺はお前の意見を尊重するぜ」


「わ、私もだよ! 銛矢君なら、きっと、そう言ってくれると信じてたよ!」


「二人とも……」


 俺は、そう言って二人を見た。


「じゃあ、今すぐ出発だね!」


 現見はそう言って、ソファから立ち上がった。楠宮はリビングから玄関へと抜ける扉を開けて待っている。


「そうなるだろうと予想して、車を用意しているから!」


 現見、気持ちは嬉しいが、少し張り切りすぎでは? まぁ、足があるに越した事はない……か。

 というより、待てよ?

 こいつら、俺のせいで学校サボらせてるんだよな。

 どんな理由で学校を早退したんだ。


「なぁ、二人共、今聞く事じゃないかもしれないんだけど……一応、確認してもいいか?」


「ん? 何かな」


「みゃーちゃんに、何て言って早退したんだ」


 現見は、その時のみゃーちゃんを思い出して、少し笑ったようだった。

 俺の質問には楠宮が応えた。


「仲間を助けに行く、っつったら……すんなり……」


「なんて教師なんだ……」


 まぁ、あの人もどこかブッとんでるトコあるからなぁ……。

 後先考えないよなぁ、あの人。

 あずみさんと本当によく似ている。


「よし、行こう」


 俺は靴を履き、玄関の扉を開けた。

 そして、俺は見覚えのある、淡いブルーのラパンに絶句した。


「よォ! 銛矢。出席を取りにきたぞー」


 うなじまで届くポニーテイルをなびかせ、

 頼り甲斐のある物腰は、入学時から全く変わらない。

 --しかし、レイバンのサングラスは……張り切りすぎだろう。あなたは一体何処へ向かってるんですか……。

 俺は、そう心の中で呟きながら、助手席へと周る。


「銛矢、遅刻……っと!」


「本当に出席を取りにきたんですか!?」


「たりめーだろ? 担任はタイヘンなんだよ。さて……」


 後ろの席に二人が乗り込んだ。

 彼女はそれを確認し、アクセルを踏む。


「--あと一人、無断欠席がいるからね。迎えに行くよ」

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