行くよ!
拝啓
お元気ですか?
なんて挨拶はオレと君の間には、最早、要らないように思いがちだけど、一応……念のため……お元気ですか?
挨拶のつもりで文頭に軽めのジョークを織り交ぜて見たけれど、どうだろう。
今の君の心中を察すると、「ふざけるな」以上「殺してやる」未満の感情が、このオレに芽生えているのだろうね。
いきなり本題に入るのも悪くないのだが、ジルがそちらで世話になったので、まずはお礼を言わなければいけないね。
ありがとう。
全く、シンプルだけれど--
至極、単純だけれど--
君に伝えられる台詞はこれくらいだ。
おっと、忘れていたよ。本題だ。
オレとジルは少し寄り道をしてから帰ろうと思っている。
君達には世話になったからね。
君達のよく知る、あの場所に寄ってから、海に帰ろうと思う。
魅力的だったしね--いや、これはオレの感想だけれど……。
とにかく、少年。
君はまだまだ青いな。
学校はまだ休みじゃあないだろう。
何故、家にいるんだい。
まぁ、君はそんなに弱い人間ではなさそうだし、二日も休めば復活するかな。
さぁて、じゃあ……オレ達はそろそろ行くとするよ。
ジルはずっと黙っているけれど----
泣いているぞ
そういう事だ少年。
ここからは、誰の意思でもなく、自分で選ぶんだ。自分で決め、行動し、実行するんだ。
ふふふ、やはり君と話していると話が長くなりそうだ。とはいっても、手紙だけれどね。
いや、なんでもないさ。
さぁて、それでは……しばしの間、さようなら。
君なら来てくれると信じているよ。
君のお友達
ダグ・トールボット
敬具
「手紙……何だって?」
冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注ぐ楠宮。
しかも我が物顔で--
まぁ、仕方ない。こいつはこういう奴だったな。
「ジル、まだ帰ってないって」
「ええ! じゃあ、迎えに行かなきゃ! 迎えに行こうよ!」
「待て待て、現見! 行くつったって、どこに行けばいいのか……皆目検討がつかないじゃないか」
そうだ。
今更、行ってどうなる。
今更、追いかけて--
何を伝える。
俺は、ジルに……
酷い事を言ってしまったんだぞ。
どんな顔して、会いに行くんだよ……。
「あー、もうっ! 焦れったい! 男のコってどうしてこうなの!」
「……え?」
「あの手紙を、ジルちゃんのお兄さんが書いた意図を考えなよ! ジルちゃんが泣いていた理由を考えなよ! 自分はどうしたいか、意思を示してよ! 銛矢君にとって、ジルちゃんは何なの?」
ダグがこの手紙を投函した、意図
ジルが泣いていた、理由
自分の、俺の意思
ジルは、俺にとって--
「……ったく、いつもそうだ。あいつは、いつもいつもいつもいつも--。俺を困らせて、悩ませて--。勝手に怒って、勝手に泣いて、勝手に走って、勝手に家出して--」
そうだ。
九月から、まだ四ヶ月しか経っていない。
だけど、俺のつまらない日常に、あいつが現れて……。
鬱陶しい、
自分勝手、
忌々しい、
最初は、そう考えていた。
だけど、だけど----。
「だけど……なんだかんだ、俺は、楽しかった。ジルと、皆といる時が……楽しくて仕方なかった」
現見は「うん、うん」と頷く。
楠宮は目を閉じて、冷蔵庫にもたれかかっていた。
「俺、決めたよ。ジルを迎えに行く。伝えなくちゃならない事も、ある」
「だよな。どんな理由があろうと、こんな別れ方は良く無いよな。海、俺はお前の意見を尊重するぜ」
「わ、私もだよ! 銛矢君なら、きっと、そう言ってくれると信じてたよ!」
「二人とも……」
俺は、そう言って二人を見た。
「じゃあ、今すぐ出発だね!」
現見はそう言って、ソファから立ち上がった。楠宮はリビングから玄関へと抜ける扉を開けて待っている。
「そうなるだろうと予想して、車を用意しているから!」
現見、気持ちは嬉しいが、少し張り切りすぎでは? まぁ、足があるに越した事はない……か。
というより、待てよ?
こいつら、俺のせいで学校サボらせてるんだよな。
どんな理由で学校を早退したんだ。
「なぁ、二人共、今聞く事じゃないかもしれないんだけど……一応、確認してもいいか?」
「ん? 何かな」
「みゃーちゃんに、何て言って早退したんだ」
現見は、その時のみゃーちゃんを思い出して、少し笑ったようだった。
俺の質問には楠宮が応えた。
「仲間を助けに行く、っつったら……すんなり……」
「なんて教師なんだ……」
まぁ、あの人もどこかブッとんでるトコあるからなぁ……。
後先考えないよなぁ、あの人。
あずみさんと本当によく似ている。
「よし、行こう」
俺は靴を履き、玄関の扉を開けた。
そして、俺は見覚えのある、淡いブルーのラパンに絶句した。
「よォ! 銛矢。出席を取りにきたぞー」
うなじまで届くポニーテイルを靡かせ、
頼り甲斐のある物腰は、入学時から全く変わらない。
--しかし、レイバンのサングラスは……張り切りすぎだろう。あなたは一体何処へ向かってるんですか……。
俺は、そう心の中で呟きながら、助手席へと周る。
「銛矢、遅刻……っと!」
「本当に出席を取りにきたんですか!?」
「たりめーだろ? 担任はタイヘンなんだよ。さて……」
後ろの席に二人が乗り込んだ。
彼女はそれを確認し、アクセルを踏む。
「--あと一人、無断欠席がいるからね。迎えに行くよ」