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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第五章
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友達

「学校……行きたくねぇなぁ」


 俺は出された課題に手をつけないまま、ベッドの上で考え事をしているうちに、深くいざなわれてしまった。

 目が覚める。目が醒める、まだ一歩手前……そんな状態。

 何が正解で、何が不正解なのか。そんな二つの答えの狭間で葛藤し、思考し、肯定する。自分の答えは正解だ、と。

 事実、手を差し伸べると助かる命に手を差し伸べないのは罪だ。俺はそう考える。だって、そうだろ? 人は……そうあるべきだ。その対象が、例え人魚、元人魚でもだ。……そう。それが正解。だけど、本当に正しいのか? まさしく、ただしいのだろうか。


 学校、いかなくてもいいか……。


 クリスマス、お正月を目前に、今更学校に行く理由も殆ど無い。何だったら学校よりも家の方が勉強に集中できるんじゃないのか。

 そうだ。その方がイイよ。なんてったって俺は受験生だ。センター試験だって一ヶ月後に迫っているんだ。俺が今すべき事は勉強だろ! 学生の本分だろ! さぁ、起きろ俺! 起きて勉強しろ!


 …………………………。


 目を開けているのかいないのか、自分でも分からない。体が思う様に動かないのだ。まるで見えない鎖に縛られているかの様に、俺の体は動かない。金縛り? いや、違う。ただただ動かないのだ。動けないんではなく動かないのだ。勘違いしてもらっては困る。とは言っても……誰が勘違いするのか。今この家には俺しか居ないというのに。

 ……俺、しか……。


「腹減ったな」


 俺は重い身体を起こし、冷蔵庫を漁る為リビングへと向かった。

 壁に掛けた黒い時計は八時半を示していた。ああ、もう完全に遅刻だ。時計を見て、早い時間なら行こうかとも思ったが、やはり今日は学校を休もう。

 そう思いながら俺はリビングへ向かう為、自室のドアノブに手を掛けた。



 学校をずる休みし、見たいわけでもない朝の連続ドラマ小説を見ながらコーヒーを呑んでいると、誰かからメールが届いた。

 俺はテーブルの上のスマホに手を伸ばし、その指でメールを開く。楠宮からか……。


『どうした? 学校来いよ! もういじめないからさぁ』


 いつ、俺がお前に虐められたんだよ……。メールの内容に心の中でツッコミをいれてやる。しかし、返信はしない。

 そして、間髪を入れずにメールがもう一件届く。送り主は楠宮だったが、どうやら現見からの内容らしい。


『銛矢くん、大丈夫? 体調良くなったら電話して。伝えたい事があるの』


 何だろう。伝えたい事って……。

 俺はメールを返信する。楠宮宛てではあるが、あいつに宛てた文章にはしなかった。


『現見、ありがとう。でも、もう心配要らないよ。ジルの事は、ちゃんと解決したから。じゃあ、また学校でな』


 スマホを床に置き、ソファに横になる。

 そういや、ジルの奴も、よくここで横になってたっけ。

 そんな事を思いながら天井を仰ぎ、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。そして俺はそのまま、浅い夢の中へ堕ちていった。




 夢は、耳からの情報が物凄く関係していると思う。

 こんな経験はないだろうか。昼間にテレビを付けっ放しにして、ついウトウトと昼寝をしてしまった時--例えば、甲子園なんかを付けっ放しにして--野球の夢だったとか、そんな感じの経験だ。

 だけど、耳からの情報を主として夢が構成されるならば、俺たちの見る夢は、大半が『いびき』のような『音』に関わる夢になるのではないだろうか。そう考えると、いびきがうるさい人間は毎夜、疲れを癒せずにいるのではないかと、少し心配になったりする。

 まぁ、だから、俺が夢と耳からの情報をいくら力説しようと、信憑性もなければ説得力もない事なので、そろそろ現実に戻りたいと思う。


 激しいチャイムの音に驚き、俺は目を覚ました。時計は午前十時を指している。

 誰だ。朝っぱらから……。玄関のチャイム鳴らし過ぎだろ。

 仕方なく起き上がろうとした時、玄関がガチャリと開く音が聞こえた。バタバタと足音が聞こえる。一人の足音では無いという事は、なんとなく分かった。

 ドアを激しく開き、リビングへ突入してきた人物はよく知っているあいつらだった。


「現見? 楠宮!? お前等、学校は!?」


 息を切らしながら、楠宮は言う。現見は口を開かなかった。


「フケて来たんだよ」


「………………」


 現見の表情はいつになく険しく、恐ろしかった。楠宮は……物凄く疲れているな。

 現見は顔色を怒りのままに、俺の目の前まで来た。寝転んだ状態だと、現見の太ももと会話する様になると思い、気を使って起き上がった。


 ----刹那----。


「………………っ!?」


 俺は、現見に平手打ちを食らっていた。自分の状況を理解するのに苦労した。寝起きだし、現見だし、平手打ちだし、寝起きだし……。とにかく、自分がどうしてはたかれたのか、全く理解できないでいた。


「銛矢くんっ! 何で相談してくれなかったのよっ!!! 私じゃ、私達じゃ……相談相手にもならないって事!?」


「な……何を」


「分かってるんだから! 楠宮君にも色々と聞いたわ! 『解決したから』って何? ジルちゃん、海に帰したんでしょう!? 私、何も聞かされてない!!! いきなり『ジルは人魚だ』って打ち明けられただけじゃない! 相談があってもいいじゃない! 私は除け者なの!?」


「おい、落ち着け! うつ--」


「落ち着けって? 友達が居なくなったんだよ!? しかも何も聞かされずに! そんな状態で落ち着けるわけ、無いじゃないっっっ!!!」


 現見は怒りながら、涙を流していた。現見の大きな目にはまだ涙が光っている。現見がまばたきをする度に、目尻から、目頭から、想いが溢れ出る。


「勝手だよ……。酷いよ……。私は、あの時、ジルちゃんが人魚って事を聞いただけでも驚いたのに……。でも、それを受け入れて、友達でいよう。私が一番の友達でいようって心に決めたのに……どうして……」


「すまない……現見」


 俺は下を向き、顔を隠した。恥ずかしかったのだ。自分が、自分だけが、ジルを助けてやれるんだと信じ切って……。情けない。

 俺は、なんて弱くて、惨めで、小さくて--忌々しいんだろう。

 リビングに数分の沈黙が流れ、楠宮がようやく口を開く。


「んー。俺は未だに信じられねーんだがなぁ」


「どういう事だよ、楠宮」


 楠宮は両手を頭の後ろで組み、飄々と答えた。


「ジルちゃんの事だよ。何でこの時期に兄貴まで出て来て、ジルちゃんを連れ帰ろうとするんだろうなぁ〜ってな」


「そりゃあ、海じゃないと……生きて行けないから……じゃないのか? ジルの兄貴もそう言っていたぞ」


 楠宮は呆れたといった表情で俺を見つめ、ため息交じりに答えた。


「はぁ〜。人魚ってそもそも水陸両用だろ? 人足す魚だろ? ジルちゃんに何も変化が見られないんなら……」


「変化って? 何だよ」


「魚独特のエラ呼吸だったらさ、陸に上がった瞬間から弱っていくだろ? つまり、ジルちゃんは陸での生活に何も問題がなかったんじゃないかと……俺は考えるけどね〜」


 そうなのか? だとしたら、ジルは……。どうして?

 考えている俺を待たずに、楠宮は新たな問題を突き付けた。


「ああ、あとコレ! 郵便受けに入ってたよ。切手も、名前も無いけど……多分、お前にだよな?」


 楠宮は人差し指と中指で封筒を挟み、俺にそれを渡した。いつになく真剣に、真摯に、誠実に、男らしく、楠宮は言う。


「まだ……間に合うんじゃないか」

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