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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第五章
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部屋にて2

「アンタ……それ、本気マジで言ってるの?」


 ジルの顔は笑えない冗談でも聞いたように、苦笑いを浮かべていた。

 俺はしっかりと間をとって、深呼吸をして、背筋を正して、一度目を閉じて、拳を握りしめて、声が震えないように気をつけて、ジルを見つめながら……言った。


「マジだ。大真面目だ。だから、すまないが……」


「ちょ、ちょっと待ってよ! どうしたのよ急に! まさかあのバカ兄貴に何か吹き込まれたのね? そうなんでしょ」


 ジルはベッドの上に座っていたが、ずいと身を乗り出した。さらにジルは続ける。


「大体、いきなり過ぎるわよ! こんな時季に! 学校はどうするのよ? 困るのはアタシよりもアンタなのよ! 学校の皆に色々と詰問されるんじゃないの!?」


「学校には……うまく、言っておく」


 ジルは立ち上がって語気を強めながら、俺を攻め立てる。


「じゃ、じゃあ……そうよ! ご家族にはどう説明するのよ! いきなり帰るなんてどう考えてもおかしいわよ!」


「ウチの事は……お前が気にすることじゃない」


 ジルは唸った。腹の底にある煮え滾る気持ちをぶつけたいのだろう。さらにジルは帰らないアピールを続ける。

 もう、俺は決めたんだよ。


「うぅ……。と、友達だって……出来たのに。京子ちゃん、あずみさん、楠宮……」


 決めたからこそ……俺は、こいつを--。


「三人には、ジルの正体を……明かした」


「え……?」


 時が止まった。

 何分? いや、何秒か。いいや、止まってはいない。感じただけ。--そう、感じただけだ。

 俺たちが止まった間も、しっかりと時計の針は齷齪あくせくと動いている。カチ、カチ、カチと、一定のリズムを刻む時計の音がうるさい程に。


「どうして……」


 ジルは愕然とした表情で、俺を見ていた。俺はジルの足元に目をやり、応える。


「どうしてって……。お前だって、あずみさんに自分の秘密を明かしてたんだろ?」


「そ、それは……」


「お前は、あの日--俺に言ってたよな? 『私が人魚だと知れるのは一人だけ』って。あずみさんに言ったって聞いた時は驚いたよ。……ああ、嘘ついてたんだコイツって、そう思った。

 そう思うとさ、お前の言ってたことがどこから本当で、どこまで嘘か……分からなくなったよ」


「………………」


「やれ、人魚界追放だの。やれ、科学者になるだの。やれ、人魚姫だの……。挙げるとキリがないよな。どれが本当なんだ? 目的も無く、こんなところに居るくらいなら……」


 ダメだ。なんか、止まらねー。ジルに、こんな事、こんな風に言いたいわけじゃ無いのに……。


「とっとと海に帰っちまえよ!!!」


「…………っ!」


 ジルは俺に言い返すことも無く、下唇を強く噛み、ズボンの横をぎゅうっと握りしめていた。下を向き、髪で顔が隠れていたが、やがてポタリ、ポタリと部屋の絨毯が濡れていく。


「…………うっ、ぐ」


 ジルは泣いていた。俺は、自分が言い過ぎた事に遅ればせながら気づき、取り繕おうとジルに話しかける。


「あ……ジ、ジル……」


 が、刹那。ジルは部屋を飛び出し、外に出ようとしていた。それを見た俺も、椅子から飛び上がり、廊下に出る。今度は逃がさない。しっかり話して、出て行ってもらう。それがジルの為なんだ。


「おい、ジル! まだ話は終わってないぞ! また逃げるのかよ」


 廊下に逃げ出したジルの腕を掴み、逃がさないように捕まえる。か細い腕……右手で捕まえたその左腕は、少し力を入れると折れてしまいそうな程、弱々しく、儚い。

 ジルは俺の手を振り払おうと必死に暴れていた。


「バカ……バカバカバカバカバカバカ!!! 離してよっ!!! もうアタシは要らないんでしょ! 帰るのよ! 帰ってやるのよ! アタシは……あの、地獄に! もうアタシに構わないでよっっ!!!」


 俺はジルの左腕を引き寄せ、ジルの身体を回転させた。同時に暴れている右手を見事に受け止め、俺とジルは正対する。


「離し……てよ。もう……分かったわよ。帰るから。海に帰るから……」


 ジルの目からは大粒の涙がこぼれていた。顔をくしゃくしゃにして、人目をはばからず泣いていた。どこか諦めたような、一つの命が終焉を迎えたような虚無が、その言葉に詰まっていた。


「俺は、本当の事を知りたい。どうして、お前はここに来たんだ。どうして俺だったんだ」


「うぅ……。それ、は……言わない。絶対に言わない」


「何だよ! お前は最後の最後まで、何も本当の事を言ってくれないのか! お前にとって、俺は何だったんだ! ただのホームステイ先の同級生か?! ただの助手だったのか!?」


「無理、なんだって……」


「………………」


 俺の身体から力が抜け、ジルを拘束していた両手を解放した。ジルはもう、暴れなかった。


 俺たちは無言のまま固まっていた。俺たちに動きを取り戻したのは、迷惑千万この上ない、夜十二時のインターホンの鐘の音だった。


「俺が出る」


 短くそう言って、俺は鍵を開け、ドアを開いた。そこには憎たらしい程ひょうひょうとしたジルの兄が立っていた。


「やぁや! そろそろ結論は出たかな? 少年。待ちくたびれたよ」


「なんで!? なんで、バ……アンタがここに!?」


「ダグ……さん」


 俺は、大体予想がついていたから落ち着いていられたが、ジルは違ったようだ。明らかに狼狽ろうばいしている。

 ダグ・トールボットは無駄な話を一切する事無く、ストレートに言い放った。


「さぁ、愛する妹よ。帰ろうではないか! オレ達の海へ」

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