不思議なメモ
俺が目を覚ましたのは辺りが暗くなった頃だった。俺は気を失って母さんに運ばれたのだろう。自室のベッドに寝ていたのだ。
「気がついたわね。あれから四時間も寝るとはね……。何でアタシがあんたの為に14400秒も数えながら待つ羽目になるのよ。責任、とりなさいよ」
そう言ったのはこの人魚、ジル・トールボットである。ジルは俺の部屋にある回転椅子をぐるぐると回しながら半ば呆れ気味に叱責した。
「お前、よくそんな態度で居られるな。不法侵入者め」
「あら、失礼ね。なかなかにジョークの効いた第一声が訊けたものね。感心関心」
ところで、と俺の嫌味を物ともせずにジルは自分の話を続けた。
「ーー約束は覚えてるわね? アタシが人魚に戻る為にーー」
「お前に協力するんだろ? で、俺がもし、万が一、億が一、協力するにしても何をするか全く分からない。だから俺はそんな口約束を守ったりはしない」
「アンタ人としてどうかしてるわね」
「五月蝿い。人魚が人を語るなよーー」
絵本などで語られるのは人魚の方が多いだろうが、という俺の持ちうる最大のユーモアを飲み込み、俺は出来るだけ冷静に言った。
「……まぁ、しかし、勉強の邪魔にならない程度なら協力してやらんでもない」
何故俺はこんな事を言ってしまったのだろうか。回転椅子に脚を組んで座っている彼女の滑らかそうな脚に見蕩れていたからなのだろうか。それは俺にも分からなかった。
「本当⁉ よろしくお願いするわ。海! で、いきなりだけど、質問していいかしら」
なんだか嫌な予感がする。いきなりだけどという言葉のイキナリ具合に自然と構えてしまうのだが、俺はジルに続きを促した。
「これ、なんだと思う?」
そう言って俺の目の前に古い一枚の紙を出した。メモ用紙が古くなっているのか、日焼けで酷く変色していた。そこにはボールペンで書かれたのであろうメッセージが辛うじて読めるレヴェルで記されていた。
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「なんだ、このメモ。数学と科学が好きそうなやつの暗号っぽいな」
俺は間の抜ける回答をしたが、ジルはうんうんと俺の言葉に一つ一つ納得する様に頷いていた。
「……で、お前。いや、ジルはこれを俺にみせて何を質問したいんだ」
「ほんっとバカね。これが何を意味するかを一緒に考えるってことでしょ? ったく最近の人間はバカばっかで参っちゃうわね。ゆとり世代が生み出したバカの象徴みたいな顔してるわ」
酷い言われ様にいささか腹が立ったが、空腹だったので怒る気も失せてしまった俺は、起こしていた身体をまたベッドに沈めてジルに訊いた。
「大体そのメモ何処で拾ったんだよ。なかなか年季入ってるな」
「図書室に落ちてたわ。いえ、本に挟まってたっていうのが正解ね。アタシが本に挟まってたそれを見つけたのよ」
それは驚きだ。人魚が書物を好んで読むとは……。ともあれ、このメモの文字の羅列、何だろうか。
メモを部屋の電気に透かしても浮かび上がる文字なんてない。どこぞの宝の地図じゃああるまいし……。俺は自分の行動に無意味さを感じ薄く笑ながらジルに言った。
「白旗……」