兄妹となぞなぞ
となりやを出て、暗い夜道をとぼとぼと歩いて家を目指す。
となりやから家まではほぼ一本道なのだが、街灯の数が少なく異様な雰囲気を漂わせることで地元では有名である。
まあ、この道の方が近いしこっち通って帰るか。
一応車も通る道なので(といっても殆ど通ることはないのだけれど)通路の右側を歩く。街灯と街灯の間では暗くて足元がよく見えない。溝にはまらないように気を付けながら闇に引き込まれないように歩く。道の左側には少し盛り上がっている場所があり、駐車場と、何軒かの家が立ち並んでいる。
少し歩くと、目の前の街灯の下に、いやに明るい金髪に黒いスーツをまとった背の高い男が立っていた。彼は辺りをきょろきょろと見回しながら、何かを探しているようだった。
「もし、君……。ちょっといいかな」
「……はい? なんでしょうか」
俺は少し警戒しながら男の顔を見上げる。鼻筋が通り、透き通るような青い瞳、薄い唇、まるでハリウッドの俳優を見ているかのようだった。
「上は洪水、下は大火事、これな~んだ?」
なぞなぞ? なぜ今なぞなぞをさせるのだろう。
そう考えていたが、とりあえず俺は答える。答えは簡単だ。
「……『お風呂』ですか?」
「違うな、『妹への愛』だ」
「…………」
なんだ、ただの変態か。
しかし、この状況はまずい。暗い夜道に佇む金髪男が、いきなりなぞなぞを出してくるなんて……。しかも答えが変態ときている。ここはこれ以上長居は無用。俺は止まっていた足を動かし始めた。
「ちょい! 待て待て待て待て! 不正解なのにここを通っちゃうのかい? もう一問いくぞ。今度は簡単だ。しっかり答えてくれよう」
俺はまた立ち止まり、振り返って金髪男を見る。溜息が漏れてしまう。忌々しいな、本当に。
「一週間に二日しか使えない楽器ってな~んだ?」
……う~ん。一週間に……、二日。二日二日、っと。
「『木琴』……。ですね。これは正解でしょう」
「違うね。正解は『妹の使っていたハーモニカ』だよ。あるいは『妹の使っていたリコーダー』だね。残念だよ」
「何故週二日なんですか? 答えにならないでしょう?」
「オレは週休二日制なもんでね」
理由になってねえよ。そう心の中で唱えて踵を返すと、男は俺に構わず大声で言った。
「行ってしまうか。少年。オレは今妹を探している! オレのような金髪に、キツイ目の女の子だ! その子を連れて帰るのがオレの使命だ。そして、オレの名前はダグ。ダグ・トールボット! 憶えておいてくれよ、少年!」
え?
聞き違いかと思い振り返ると、もうそこに男は居なかった。
「間違いない、よな。今……トールボットって」
闇に消えた男に背筋を震わせて、俺は小走りに家路についた。
「ただいま~」
「おかえり~。携帯あったのー?」
リビングからジルが間の抜けた声を出しながら聞いてきたので、俺は玄関で靴を脱ぎながら声の方向に向かって言った。
「ああ、カウンターに置きっぱなしだった。良かったよすぐ見つかって」
「ふーん。良かったじゃない」
ジルはソファに仰向けで寝そべり、顔をテレビに向けていた。無表情というよりは疲れ切った表情をしてた。灰色のスウェットに黒の薄い長そでTシャツを着ている。
制服のブレザーを脱ぎ椅子の背中に掛けながら、ジルに訊いてみた。
「……なあ、お前。兄弟とかいるのか?」
がばっと体を起こして少し驚いた表情でこちらを見ていた。
「どど、どうしてそんな質問を?」
「いやあ、なんとなくな。ああ、そう言えばお前ってどうして人魚界を追放されたんだ? 何かしたのか?」
「なっ! アンタにはもう話したでしょ!」
ジルの顔が少し紅潮して見えた。ジルは続けて言う。
「とりあえず学者になるために、アタシは人間界で……。その、そう! 謎を解いていかなくちゃならないの!」
「ふーん。そうか」
ジルは嘘を吐いている。確証はないが、確実に嘘を言っている。話の最中に目を泳がせすぎだ。
俺は先ほど出会ったダグ・トールボットの事を頭に浮かべながら、冷蔵庫を開けた。お茶をグラスに注ぎながら、ジルにもう一つ訊く。
「じゃあ、『ダグ・トールボット』って知ってるか?」
「…………。アンタ、まさか……会ったの? あの変態に」
ジルは動揺を隠せないようだった。口を動かしているが、言葉が出てこないようだ。言葉を探しているのか、何かを言おうとしているのか分からないがパクパクと口を動かした末に、ぎりりと歯を鳴らせた。
「あの、変態が……。この町に……」
「やっぱり、兄妹だったのか。あいつの言ってたことなんか引っかかるんだけど」
「なんてっ!? なんて言ってたの!?」
俺はお茶を一気飲みしてからジルから目線を外してから、口を開いた。
「お前を、連れて帰るってさ」
リビングに冷蔵庫を閉める音が、静かに響いた。