策士
時は夕刻、受験生には帰る時間すら惜しい。という事で俺は登下校の時間も勉強にあてる程、俺の学力は逼迫した状況なのだ。
俺の通う県立藤峰高校はここら辺では名のしれた公立高校であり、毎年国公立大学や有名私立大学へ生徒の三分の一を輩出する事で有名だ。俺はその三分の一を目指し勉学に勤しんでいる。
帰りの電車に揺られながら英単語をインプットしつつ、今日の出来事をざっと思い返してみた。
強制的にではあるが協力する形になってしまったけど、いったい俺は何をする必要があるのだろうか。自然と溜息が漏れてしまう。電車のアナウンスが無機質に俺の降りる駅名を告げた時、誰かに声を掛けられた。顔を上げると楠宮がいた。
「どーした海。溜息ついて。最近のお前の愚行を今更ながら猛省してた最中だったか。邪魔したか」
「五月蝿いよ、楠宮。お前には到底分からない苦しみを、十字架を背負っているんだよ俺は」
「随分と辛辣じゃあないか。償えない罪を背負った罪人の物言いだな。いや、からかっている訳じゃ到底ないさ。だけど海とは中学からの付き合いだし、困った事あれば頼ってくれよ」
俺は受験終わってるから。と最後に言わなくてもいい一言を付け加えた楠宮を俺はいかめしく睨みつけた。蛇足が立派すぎるったらないよ全く。
楠宮と五分程度言葉を交わし、電車を降りた。駅からは逆方向なので楠宮とはそこで別れた。駅から自宅は割合近いので歩きだ。駅の改札を抜けてタクシー乗り場を右に見ながら道なりに歩く。小さな交差点を左に折れて真っ直ぐ歩くとすぐウチに着いた。色々考えたいし帰ったらまず風呂だな。そんな事を考えながら玄関を開けた。
「ただいまー」
「お帰り。遅かったな」
「そうか? この時間が普通だろ。ちょっと考えたい事もあるし風呂に入っ……。ん?」
待て待て、落ち着け俺。落ち着けシティボーイ、銛矢海。何故だ。何故こいつがウチに居るんだ。この金髪人魚、ジル・トールボットが! しかもソファに横たわってやがる。
「おっ、まえ……。ヒトの家のでなに堂々とくつろいでんだよ」
動揺を隠せない俺に反して、ジルはマグカップに並々つがれた牛乳をずずっと一口飲んでから冷たく、冷静に応えた。
「学校で宣言したでしょう。忘れたの? 『半年間ヨロシクね』って。人魚の話はしっかり聞きなさいよだらしない」
人魚に説教されてしまった。いや、今そんな事を考えている場合ではない。こいつ、居座る気か! 半年間、この家に!
「駄目だ! 出て行ってくれ。俺は一人暮らしじゃないんだ。いや、一人暮らしでも追い出すだろうけれど! とにかく出て行ってくれ。早くしないと家の人間が……」
言いかけた所で玄関が開く。「ただいまー」という声は俺の母親のそれであった。この状況をどの様に切り抜けるべきか策を巡らせたがもうこれは詰みだ。言い訳が思いつかない。
「ああ、あんた帰ってたのね。ジルちゃん、お待たせ。留守番させちゃって悪いわねー」
へ? どういうことだ? 様々な出来事に脳みそが追いつかない俺は小さく呟いた。「どうなってんの」すると母さんは俺を怪訝そうに見つめながら言った。
「ホームステイの子でしょう? 今日お昼に先生から連絡あったわよ」
やりやがったなこの人魚……。みゃーちゃんと俺と母さんを騙してここを拠点としたのか。
突然、視界がぐにゃりと揺れ俺は力なく倒れ気を失ってしまった。
なんて悪夢だ。志望大学へは行けそうもないな……。
気を失う瞬間俺はそう思った。