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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第四章
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疑惑

 黒いスキニーに白いワイシャツ、その上に黒いベストを着たあずみさんが楠宮の額にある足を下ろし、両足立ちになった。

 俺は崩れ落ちてゆく楠宮を視界の端にとらえ、あっけにとられていた。

 あずみさんはジルの目の前まで行き、黒いがまぐち財布を開き、諭吉を数え始める。


「ひぃ、ふぅ、みぃ、よー……」


 六枚の諭吉でジルの頬を軽く叩きながらあずみさんは言葉を続ける。


「聞こえているのか? さ・ん・びゃ・っ・ぽ・ん。おくれ」


「ふぁはっ! たっ、只今っ!」


「ほれ、現見ちゃん。ぴったりだろ?」


 そう言いながら、現見に六万円を差し出すあずみさん。

 一本二百円計算してる! この人!


「あああ、あ、ああ、ありが、とうござ、い……ます。一万と五千円の、おお、お、おつりでごじゃりまする」


 現見は明らかに動揺していた。そんなお釣りの額聞いたことが無い。


「んん? あんたら値下げしたの? 消極的ねー。でもま、ラッキーラッキー」


 がまぐちに無造作にお金をぶち込むあずみさんは男前だった。本人に言ったら怒られそうだけれど。


「海! 早いとこ焼かないと間に合わないよ! 働け働け。ほら御影、あんたも」


 そういって、あずみさんは楠宮を模擬店内に放り投げる。

 俺は嬉しい反面、あずみさんに悪いと思いながら訊いた。


「買って頂いて言うのもなんですけれど、あずみさん、食べ切れるんですか? 三百本」


 あずみさんは「はっ!」と短く笑い、大きな胸の前で腕を組んで言った。


「だから、ちょいとした助っ人を呼んである。そろそろくるんじゃあないかな。……おっ? 来たか!」


 門のあたりを見るとぞろぞろと、一般客が入っているのがわかった。比較的若い、とはいっても俺たちよりは確実に上の年代であろう、「ファンキー」と形容するに相応しい恰好をしたお兄さんたちである。髪の色で虹ができそうなほど様々な髪色をしたお兄さんがこちらに近づいてくる。

 俺はそっとあずみさんに訊いた。


「どういったお知り合いで?」


 まずは一本、焼きあがったフランクフルトをあずみさんに手渡す。ホットプレートの火力は言わずもがな、マックスだ。


「んあ? 昔つるんでたツレと、その友達じゃね? あたしも知らない奴がいたりする」


「ど、どれくらいの人数呼びました?」


「ツレ二人に連絡したらこうなった」


「ネズミ算式っ!?」


 ゆうに五十人は超えているのでは?

 そうこうしていると、あずみさんのツレらしき人物が二人駆け寄ってきた。一人は男で、もう一人は女だった。


「ちわっす! 姐さん!」


 タイミングぴったりだ。あずみさんの後輩なのか。しかし、何だろうこの胸のざわめきは。

 モヒカンを緑に染め上げた男は俺を見ながら言った。まるで、北斗の拳の雑魚キャラのように叫びながら。


「ヒャッハー! おお? こいつが姐さんが目ぇかけてるぼーずっすか? ちょいとナヨッちぃっすね」


 そして、金のメッシュをいれたショートヘアの女が下品に笑いながらそれに続く。


「ぎゃははっ! イイ目してんじゃんこいつ。何もかも捨ててる目だ。ぎゃははっ」


 なんて失礼な奴らだ。俺がケンシロウならとっくに地獄行きだぞ。


「いいから、あんたたち! できたやつから食べていきな。時間無いよ」


「あずみさん、もしかして……あなた」


「ん?」


 俺が言葉を発しようとするとモヒカン男から横やりが入った。


「おうよ! 姐さんはこの学校の元生徒にして女番長! 道玄坂あずみさんとはこの人のことよ! ぼーず」


「昔のこたぁいいんだっつの! このスカタン!」


 見えない速度でローキックが入ったようだ。モヒカン男が右のすねを抑えてうずくまった。

 おおよそ予想はしていたが、番長とは……。

 「番長」という古めかしい響きに、俺は少しほころんだ。



 二時間経過。ひたすらフランクフルトを焼き続けて、精神的におかしくなってしまいそうだ。


「後何本だ!? 楠宮」


「そろそろお終いだ! この十本で、お終い!!!!」


 三百本の注文が入ったとクラスの連中に伝えて回る暇もなかったのだが、俺たちのクラスの模擬店の周りに大勢のファンキーさんが集まっているのを見て、恐る恐るではあるが「俺たちも手伝うよ」と言ってくれたものがいた。

 そいつらには主に焼きあがったフランクフルトを渡す係りをしてもらっていたのだが、こいつらが、俺たちの事を思ってか、女子達に声をかけていてくれた。

 クラス全員が集まるのに時間はそうかからなかった。イケイケの女子が来て、周りの目を気にせずジルに頭を下げていたのは見ていてホッとした。


「しゃあああ! 三百本終了ー! お疲れー!」


 楠宮はそう言って頭に巻いていたバンダナを外しながら俺に抱きついて来た。模擬店内には暖かい拍手がおこった。


「や、めろ。忌々しい! まだ終了したワケじゃあねーからな。気を抜くな」


「おおう……。まだ働けと?」


 楠宮がこの世の絶望を一手に担ったかのような表情で俺を睨みつける。すると、後ろからイケイケ女子が俺の肩を軽く叩いた。


「いいよ! 残りはあたしらで売るからさ。イインチョと留学生と変態二人はもう休んでおいて」


「おおい! 誰がヘンタイだ誰が!?」


「海の事は目を瞑ろう。しかし、俺もなのか?」


「あんたもどうせ変態なんだろ?」


「そうだな。楠宮はヘンタイだ」


 楠宮が俺の知らない言語で何か言っていたが、俺には理解出来なかった。しかし、イケイケ女子め粋な計らいだ。ここは有難く休憩をいただくとしよう。


「すまないな。じゃあ後は任せた」


 エプロンを脱ぎ、模擬店の受付のテーブルの下に置いてあるダンボール箱に入れる。

 俺はジュースを買って、静かな所に行こうと思い、図書室へと向かった。図書室には様々な部活動が展示物を張り出してあるらしい。

 下足場を通り過ぎ、左手に保健室と宿直室をみながらまっすぐ進むと図書室がある。右手には生い茂った草が、緑から茶色へと色を変え始めていて、いかにも秋らしかった。

 しかしその秋らしい風景の中に見えたのはあずみさんだった。俺は声をかけようとしたが、誰かと話をしているようだと遅れて気づき、喉から出かけた言葉を飲み込んだ。

 誰だあれは? 何の話をしているのだろうか?

 そう思い、俺は二人の視界を気にしてその場にかがんで、耳をすませた。少し距離があったので、聞き取れない部分もあったのだが。


「みや姉さん! そりゃあ、酷くないか」


「ーーーーいないわけじゃないよ。ーーーーさ。ーーーーだったんだよ。ーーーーだった」


「どうして! 線香くらいあげてやれよ!」


「あずみ。声がデカイぞ。ーーーーんだからな。まあ、ーー十二年前のーーーー」


 話をしていたのはあずみさんとみゃーちゃんだった。

 俺は「十二年前」という言葉に反応した。

何故、あずみさんが? しかも、みゃーちゃんまで。


「とにかく、この話はもう終いだ」


「みや姉っ! 最後にこれだけ聞かせて……」


 あずみさんが、こちらにまでしっかり聞こえる大きな声でみゃーちゃんを呼び止めて言った。





「あたしの姉さんの死因は、本当に自殺だったのかい?」






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