文化祭前
テストが終わり、少しずつ学校がお祭りに備えて装飾されてゆく中、俺たちは教室に残って模擬店の看板を作っていた。
「まったく……。何だってこんな看板作んなくちゃあなんねーのかなぁ」
「ふふふ。海。やはりボヤくんだな。しかし、これは俺たち四人が引き受けてしまったもんだから、かっちりしっかりばっちりぴっかりめっきり仕事しなくちゃあなぁ。まっ、諦めろって事」
楠宮は上半身を体操服に身を包み、腰にはジャージの上着を巻きつけている。
絵の具を使うので軍手もしている。
俺は体操服を持って来ていなかったので、絵の具が飛び散らない様に手伝っていた。つまりはサボっていた。
「アンタ体操服ないからって手伝ってないじゃないのよ! 何? めちゃめちゃ仕事してましたアピール? アンタのせいで仕事量増えっぱなしよどうにかしろこの、スカタン!」
ひどい言われ様だ。女装したジョセフ・ジョースターでもここまでは言われていない様に感じるのだが……。
そんな事を考えていると、いきなり扉が開きみゃーちゃんが高らかに言った。
「うぉーす。進んでるか? お前らぁ! っとぉ、銛矢、ちょいっといいかい?」
みゃーちゃんは顔の横まで手を上げてくいくいっと、手をこまねき俺を呼び寄せた。俺はみんなを少し見てから廊下へ向かって歩みを進めた。
「おい、銛矢。校長先生と何話してたんだ? お前噂になってるぞ。本当に噂の中心になる人間だぁな。お前は。だが、変な事に首を突っ込むなよ。取り返しがつかなくなってからじゃあ、先生にも、助けようがねーから。まぁ、その前に受験生は受験生らしくだな! 大人しく勉強している事を勧めるよ」
「はぁ、みゃーちゃんも恋人作ってよろしくやりなよ。生徒に説教している暇があればさぁ……。とゆうことで、俺はーーっかは⁉」
首を掴まれている。しかも爪がめりめりとめり込んでいる。多分血が、血が、血が出ているのでしょう。
分かります。
先生が、みゃーちゃんが何故怒っているのか分かっています。ええ、よく心得ておりますとも。
「おい、銛矢。……ちょっと来い」
やっぱりですね。
俺はみゃーちゃんの琴線に触れてしまうことにより、クラスの生徒なら誰しもが知るであろう『拷問』を受けてしまうのであろう。
さて、最後に一言物申しても罰は当たらないことだろう。
「鬼め……」
「うるせえ、餓鬼がっ!」
こうして俺は面倒臭い文化祭の手伝いを避け、更にレヴェルの高い地獄へ落ちる結果となる。
「ーーでだ、銛矢ぁ。先生は男のダメな部分も認め、全てを受け入れようという気持ちを持ちながら生活してるわけよ。しかしな! しかしな銛矢! 人生ってぇのは中々残酷なもんで、男ってぇ生き物はさ、こっちの気持ちに反して動いちまうもんなのさ。銛矢は男だが、まだピュアで純真で真っ白なんだ。あんたを真っ当な男にしてやるのもあたしたち教師の仕事だと思ってる。女に対して何も思っていないとかそんな下水道みたいな人生の道を歩んで欲しくないわけだ。先生はな。ーーそうさなあ、あたしのタイプで言うと福山雅治なんだが、ありゃあいい男だね。目を見れば分かるな。男のお前でも感じるものはあるだろう? そこさ! 大事なことは多くを語らず、歌に魂を込める。男ってのはそういう生き方してこそなんだよ。まあ、一つの例としてあげてみたが、もう一つ言わせてもらうならなぁーーーー」
えーー、はい。もう話を聞く気がありません。こんな無意味でしょうもない話を何故俺は正座で聞いているのか。
みゃーちゃんは止まることなく話をしている。俺はそこに僅かな相づちを打つことしか出来ず、現在一時間と二十六分が経過していた。適当な相づちになるとみゃーちゃんはそこを指摘し、説教に繋げる。
全く忌々しい事ではあるが、自業自得なのだろう。
「お前の思う女らしさってなんだ? 銛矢」
問いかけに対して答えないのは聞いていないのと同じ。ということで、あくまでも説教を受けている立場として粛々として俺は答えた。
「おしとやかなこと、とかじゃあないんですかねえ」
「けっ。分かってない! 男はいつもそんな答えだよな」
みゃーちゃんは片目をつむり、口の端を持ち上げて吐き捨てる様に言った。
「あんたぁまだまだ青い。青いよぉ。女らしさってえのはさぁ、つまるところ女子力なんだ。おしとやかが世界を救うのか? 違うね。そんなもんは犬にでも食わしときな」
「じゃあ、みゃーちゃんの思う女らしさってなんなんだよ?」
俺は敢えて挑戦する様にみゃーちゃんに訊いた。別に答えに期待しているわけじゃあなかったけれど。
「良く訊いてくれた。あたしが思うのはねぇ、男を叱れるかって事だと思うんだよ」
「…………」
「んん? 聞こえなかったか? 女らしさってえのはーー」
「い、いえ聞こえてます先生。随分と分かりました。先生のスタイル」
「おお。そうかそうか。分かってくれるか銛矢ぁ! 先生は嬉しいぞ。でもこれを実行できるあたしがモテないってぇのは何だか不条理でいただけんよなあ。まるで世界が共謀してあたしに恋人を作らせまいとしている様に感じてならん」
「そうですね。先生ほどの女性がなぜ⁉ てゆう疑問に落ち着きますね」
ああ、しつこい。こんな性格の人間がモテるわきゃあねえな。まず怒り方が怖すぎるんだよ。
まあ口が裂けても言わねえけど。
「あたしがこの学校の生徒だった時は特になぁーー」
「ええ⁉ この学校の生徒⁉」
「あれれ? 言ってないっけか? あたしゃあんたたちのセンパイだよ」
正座の状態から俺は咄嗟に立ち上がり、みゃーちゃんを見た。みゃーちゃんが、この学校の生徒だってんなら……。
俺は唾を飲み、慎重にみゃーちゃんに訊いた。
「あの、みゃーちゃん? いきなりだけど俺の話も訊いてもらっていいかな」
「うん? どーしたんだ?」
「みゃーちゃんって、今年で二十九だっけ?」
「おお。何遍言わせるんだ、お前ら生徒は……」
「じゃあさ、十二年前のこと……。何か知らないの?」