未来予知
大道寺シヅ子、藤峰高校の校長。
現見京子の母方の祖母。
黄色い、眩しいまでに黄色い服。
年を感じさせない出で立ち。
そんな校長先生が、今まで優しかった校長先生が、俺の一言で様子が変わってしまった。どう言えばいいのか、静かに燃える青い炎と言った所だ。しかしその炎は怒りを表しているものではない。直感、感覚的に、校長先生からは怒りという感情を感じなかった。
「話せないような事が、学校で、この藤峰高校で……起こったんですか?」
俺は意を決して校長先生に聞いた。そしてこう付け加えた。
「大道寺先生は、転勤する事なくこの学校に務めていらっしゃいますよね? これは現見、いや、京子さんに訊いたんですが……。その時期には校長先生は大道寺教頭だったのでしょうけれどね」
「あらあら、よく調べたのね。でも、この事は話せないわ。絶対にね。それがあの子の望みだもの」
そう言って校長先生は窓の外に目をやった。
あの子? 現見のことだろうか。しかしこの頑なな態度はやはり気になる。
「聞きたいことはそれだけかしら? といってもこれについての質問には答えられないからほかの事についてなら答えるよう努力するわ」
「そうですか、でしたらお訊きします」
そう言って少し間を取って俺は校長先生に言った。
「この手紙に見覚えは有りませんか?」
校長室を出て教室に戻る時に俺は西階段を使った。先程買ったコーラが少しぬるくなっていたのが気になったが、まあいい。家で冷やして飲む事にしよう。
教室についた俺は勉強道具を片付けて家に帰る事にした。教室には数人の生徒がまだ残っていたので、鍵を占める面倒が無かった。
教室を出て東階段へ向かう。こちらの方が下足場に近いので都合がいいのだ。階段を降りていく足取りは重くもなく、かといって軽いわけでも無かったが一階についた時俺は足を止めてしまった。
「運動不足かな。息がしづらい」
独り言を呟き、痛くもない腰をトントンと叩いてみた。無論効果は無い。
下足場で靴を履き替えグランドの端を通り、校門を抜けた。駅に着くまでの道程、俺は校長室での一件を思い返していた。
『この事は話せないわ。ーーーーそれがあの子の望みだもの』
あの言葉、どういう事だったんだろうか? しかし、校長先生はあの様子では話してくれそうも無いな。黙秘権を当然の如く行使しそうだもんな。いや、俺が言うのも何なのだけれど……。
まあ、それにしても派手なスーツだったよな。紅白出場を決めたダンディ坂野のような立ち姿だったし。現見には言わない方がいいかもしれない。この悪口が祟って退学にでもなったら事だ。まあそのような心配は杞憂なんだろうけれど。
あれ、しかし俺は何か重要な事を忘れているような気がするが……まあいいか。
そんな事を考えながら歩いていると駅についた。自動改札機に定期券をかざし、ホームへと出る。人は少なく、電車を待っているのは腰の曲がったお婆さんとスーツ姿の肥った中年男性がいるだけだった。
電車が来るまでは英単語帳を開き勉強を進めた。五分後、改札に流れる音の外れた間抜けな音楽が聞こえてきたので英単語帳を閉じた
『ーーレッシャマイリマァスーー』車掌さんのアナウンスが嫌にカタコトだったのが気になった。
列車が来た。俺は列車に乗り、ガラ空きのシートに腰掛けた。その瞬間俺は忘れていた大事なことを思い出した。
「あっ。ジルのことすっかり忘れていた」
帰ってなんというべきか。あいつの事だし、俺を正座させてなんやかんやと罵ってくるんだろうなぁ……。やれやれ、忌々しくなりそうだ。
無人列車を降りて改札へと続く階段を登りながら俺は憂鬱になった。一段一段階段を登るにつれて憂鬱になってしまう。昔懐かしいRPGゲームの毒状態みたいで滑稽だ。と無理に思う事にした。そして、俺は改札を抜ける。
家までの道程で気持ちを入れ替え憂鬱気分に多少のキズぐすりを使った俺はフラットな状態で家に到着した。
母さんは帰って来ていないみたいだ。ジルは居るみたいだ。
玄関に綺麗に揃えてあるローファーを見ながら俺はそう考えた。
靴を脱ぎリビングへと向かいジルを肉眼で確認した。
「よう。ジル」
「遅かったわね。勉強してたの?」
「まあな。ああ、校長先生は手紙の事なんか知ってるっぽかったぞ」
「はぁ⁉ 何よそれ! そんなイベントするって訊いてないんだけど」
予想していたとおり彼女にスイッチが入ったようだ。さて皆様しばしお付き合い下さい。野生のジルが飛びかかって来た。
「何でアンタ一人で解決してくれようとしちゃってるわけ? ありえない。あ、り、え、な、い! 数学ね? 数学の一件でアンタはアタシに内緒であの便箋に書かれている事をーーーー」
ジルの先制攻撃。ジルは混乱している。
「まあ聞け、居残って自習していてふと気がついてーーーー」
「黙れ」
ジルの睨みつける攻撃。俺の防御はガクッと下がった。
「校長先生も忙しい人だし話を訊けるかどうかの確認もあってだなーーーー」
「黙りなさい。とそう言っているのよ」
ジルの「ふぶき」、効果はバツグンだ。俺は氷づけにされた。
「あたしの質問に敬語で答えてくださるかしら? ムッシュ」
「お……オーケー。ミス・トールボット」
ジルの口調と威圧感に俺はHPを削られた。
大丈夫、まだ闘える。
「アンタはアタシに、黙って事の真相を暴こうとしたのね? それは、何故かしら」
「い、いやぁ。思い付きでーーにゃっ!」
ジルのメガトンキック炸裂。効果はバツグンだ。
「分かりました。ムッシュ。取り敢えず立ち話もなんですから」
お? 座らせていただけるのかなんだか恐縮だ。
「そこに正座しなさい」
ですよねー!
分かってはいたじゃあないか。予想していたじゃあないか。銛矢海! 耐えろ堪えろ!
すかさず正座する俺。
「まあ動いてくれた事にほんの少しの敬意を表しましょう。ムッシュ。で、手紙の件での収穫は?」
「ありません。皇女殿かっ……!」
まさかのかかと落とし。因みにスウェットに着替えていたから出来た芸当だろう。そんなことより訊け、もう俺のライフはゼロだ。
「アンタいったい何しにいったのよー!」
確かに。我ながら、遅まきながら気付く。とんだ道化を演じてしまった。
ジルははぁと深く溜息をつきソファに身を任せた。そして足を組み、腕を組んで何事かを思案しているようだったがやがて閃いたという表情になった。
「何か閃いたのか?」
俺は取り敢えずジルに訊いてみた。するとすぐさまジルは答えた。
「明日また乗り込むわよ!」
やはり、そうなってしまうよな。今度は俺が溜息を吐いて仕方なしにジルに同意した。ジルは機嫌を戻した様だったのでその隙を逃すまいと俺は言った。
「じゃあ足崩しても宜しいのか?」
俺はようやく開放されると少し安堵したのだが、どうやら早とちりだった様だ。
「NO」
なんとも短い言葉。しかしこれほど残酷な言葉はない。地獄の鬼すら恐怖する元人魚、ジル・トールボット。彼女は真性のサディストだったようだ。
未来予知終了。ほら、忌々しかったろう?