その名はトールボット。
「なっはははーーありえねぇ! 海、勉強のやり過ぎか? 頭おかしくなったんじゃねぇのか」
俺は楠宮御影の笑い方が好きじゃない。わざとらしく大袈裟に笑うこいつは人を小馬鹿にするのが趣味の様な人間なのだが末っ子であるがゆえに狡猾であり、要領が抜群にいいので推薦で国立大学に合格している。なんとも忌々しい。
「うるさい、楠宮。お前だってこの前幽霊見たって騒いでただろ? 大体、夜の学校に忍び込んで肝試しだなんて小学生みたいなことしておいて……。そんな事を言われる筋合いはないよ」
「ふむ。まぁいいさ。俺は海のいう『人魚』ってーのは信じらんないからな。ツチノコもネッシーもチュパカブラもスカイフィッシュもペガサスもドラゴンも信じてないけど、幽霊は信じてる。ーーこの目で「見た」からな。俺はお前の友達だけどさ、あまり人魚を見たってなこと喋って回る様な事はしない方がいいと思う。本当に頭がおかしいという異端のレッテルを貼られてしまうぞ。つまり、もう話すな。これが俺からのアドバイスだ」
そう言って楠宮は自分の机に戻った。あいつの言いたい事は理解できたが、幽霊にしても、人魚にしても、ありもしないモノを見てしまったということを大袈裟に伝え歩く様な真似は言われなくともしない。自ら異端の道に走るなんて愚の骨頂である。
ホームルームの始まりの鐘と同時にみゃーちゃんが入ってきた。いや、成田美弥子先生だ。もう三十路になるが、若々しく若作りした元気はつらつな教師である。因みに独身。いつでも彼氏を募集しているそうだ。
「おーし、そろってるなー! 喜べ野郎共、今日は転校生を紹介するー。おーい」
みゃーちゃんが言うと、転校生が教室へ入ってきた。そして俺は絶句した。ボリュームのある金髪を振りながら青い大きな眼を薄く開き、憮然とした態度で教室に入って来た転校生は間違いなく俺が夏休みに見た……。
ーーーーあの人魚そっくりだったーーーー
俺は「嘘……だろ?」と小さく呟きながら頭を抱えた。
「じゃーあ自己紹介してもらおうかっ! ほれ。」
彼女は黒板に向かい名前を書き始めた。
「トールボット。ジル・トールボットです。イギリスから来ました……」
少しの沈黙の後、俺達の教室は男女問わず大歓声が巻き起こった。彼女の冷淡な態度はこの時もずっと変わらなかった。俺はたまらず席を立ち、彼女にフラフラと近づき、その細く柔らかな肩を両手で掴みながら言った。
「……スカートを脱いでもらえないでしょうか」
彼女の鉄拳が俺の左頬を打ち抜き、天を仰がせるのにさして時間はかからなかった。転校生は天を仰いでいる最中の俺に対して言った。
「ななななんなのっ? 死ぬのっ!? この下衆男ー!!」
俺はその言葉を聞いて安心した。なんだ、こいつ日本語上手いじゃん。そんな事に安心してる暇があっただけこの時点で俺は幸せだったんだな……ともう少し後で知る事になる。