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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第三章
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今日は試験

中間試験開始。


本日のテスト科目は一時間目生物、二時間目古典、三時間目数学だった。ジルは朝から数学の教科書を開きうんうんと唸っていた。


「あら、ジルちゃん朝から勉強? 偉いわねぇ。あんたも見習わないと、海」


「母さん、俺はちゃーんと毎日コツコツと勉強しているから直前に勉強しなくて済んでるって分からない? こいつは最後まで、直前まで勉強しないと理解できていないから母さんの美味い飯を集中して食う事ができないんだよ。これは努力を怠ったものに来る予想された確定された未来なんだ。だから俺の言うとおりに毎日コツコツとだなーー」


「食事中に喋りすぎよ、海」


「…………」


母さんに怒られてしまった。しかしこいつひとっことも話しないな。独り言はさっきからブツブツ言ってるけど……。


「ご馳走様でした! 美味しかったですわ。お母様」


俺よりも先に食事を済ませたジルは急いで部屋に戻り、鞄を持ち家を出た。ジルが出て行った後、リビングは嵐が去った後の様に異様な静けさを醸し出していた。いや、違う。台風の目に入ったと言うべきだったか。まぁ、時が止まった様であったというのが分かりやすいな。


「海、あんたもそろそろでしょ」


「ああ、確かに」


俺は目玉焼きの黄身を割らない様に茶碗に移し、中心を割いて醤油を垂らし、残りの飯をかき込んだ。


「ごちそうさま、行ってきます」と言って鞄を抱えて家を出た。俺はジルの様に家を飛び出したりはしなかった。俺はちゃんと勉強しているからな。



教室に着くとジルが現見に数学を教えてもらっている。現見の気持ちになって考える事が出来る人間なら誰もが思うだろう。何故今数学をしている? と。現見もそう思っている様であり、チラチラと俺に目配せをしている。俺は両手で大きくバツを作り現見に示す。現見はがっくりと肩を落としていた。


敢えて今の俺たちの行動を言語化するならばこうだ。「ええ⁈ ジルちゃんが解いてる問題教えるのもう五回目なんだけど、となりや行った時と同じ状況なの? 数学見てあげたの?」そして俺のバツ「いいや、全く。こいつは試験中ずっと最初の例題を自力で解けていないよ」


……。まあ憶測だからこのようなやりとりにはなっていないかもしれないが、ダメという事は伝わっている。そこは自信ありだ。


一時間目を告げる鐘の音がなると同時に先生が入ってきた。一時間目の担当教師は世界史の水田先生だった。すぐさまテスト用紙が配られ「始め!」と合図がかかった。


三十分後、水田先生が大きな声を出して何か言っていた。その声はジルの席の方から聞こえた。


「おい! トールボット! 数学の教科書をしまいなさい。おい、聞こえてないのか? しまいなさい!」


ジルは五分程粘っていたが、先生がついに痺れを切らして教科書を取り上げた。ジルは先生に対し何か言った様だったが、ついに諦めて机に突っ伏した。

当たり前だろう。先生もジルのあり得ない奇行に呆れ果てているようだった。


「はい、終了。ペン置いて! 後ろの人から前にまわしてくれー」


先生の声に続きざわざわと生徒達がテストの出来について話し始めた。二問目から難しかったとか、一問目から分からなかったとか、簡単過ぎてすぐ終わったとか、口々にテストについての感想を述べていた。


「いやぁ難しかったなぁ、海。どーだったよ。試験の出来は」


「ああ? 楽勝。覚えるだけでいい科目はやった分だけ点になるしな。考えるより先に手が動くレヴェルだよ」


「ひゃー。受験生はいう事が違うなー。まぁ、確かにそうだよな。考えるってことは理解が追いついていないって事だしなーー」


「お前の出来はどうだったんだ? 楠宮」と奴の話を遮って俺は質問をした。


「とれて20から90の間だな」


「範囲が広過ぎるだろ。イチローの守備範囲並みの広さだろ、それ」


「いや、俺は一流にはなれないさ。なれてもせいぜい宮本武蔵だな」


「…………」


二刀流と二流をかけてみたんだな。訊きはしないけどさ。

楠宮との下らない雑談を終えて、俺は二時間目の準備に取り掛かった。二時間目は古典だ。少しばかり単語でも眺めておこうと自作の古典単語帳を取り出しペラペラとめくる。リングがついた小さな長方形のやつだ。これって正式名称とかあるのか? と考えつつ頁をめくる。



二時間目の古典を終わらせ、次は問題の数学の時間となる。問題といってもジルにとっての問題であり、俺にとってはただの三時間目のテストの時間ということは変わりないのだ。


「よーし! 席についとけよお前らぁ」


フランクにそう言ったのは今年で三十路、いや、二十九歳になる「みゃーちゃん」こと成田美弥子教諭だった。

しかし、女性はつくづく分からない生き物である。以前二十九歳と三十歳を間違えた楠宮がみゃーちゃんに追いかけられるという珍事が起こってしまったのだが、その時みゃーちゃんは激昂し、憤慨し、逆上し、立腹し、憤然とし、顔面蒼白として様々な怒りを表面に出して楠宮を襲った。うん、襲った、で間違いはない。襲われた本人が襲われたと言うのだからそうなのだろう。

女性は一つ歳を間違ったくらいでここまで怒るのかとそう思うのである。楠宮から訊いた話では職員室の来客室の床に正座させられて小一時間説教、または彼氏が出来ないという愚痴をさんざ訊かされたという。

げに恐ろしきは三十前の女性といった所か。


さて、数学のテストだ。

俺も数学は苦手ではあるが、ジルほどではない。文系として学ぶべき箇所はそれなりに、それなりに理解はしている。そう、今俺が気にしているのはジルの事だった。なんといっても一時間目のテスト中にまで教科書を開いて先生を怒らせるレヴェルだ。正気の沙汰ではない。


「はぁい。始めっ!」


みゃーちゃんの一言で裏返されたテスト用紙を表にする音が煩いほどに聞こえた。皆、名前を書いているのであろう快活なペンを走らせる音が教室に響く。俺も皆のように名前を書き、一問目の比較的簡単な問題と向き合った。


さあ、解いていきましょう。

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