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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第三章
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無題2

何も考えずに走り出してしまった後、トボトボと教室に帰ると楠宮は俺を見送った姿勢のまま茫然自失としていた。

俺の行動は時を止めていたようだ。


「……。はっ。今何年だ?」


「なんでタイムスリップした奴になってるんだよ」


「いやいやいやいや、タイムスリップもしたくなるだろ。いきなり立ち上がったと思ったら水を得た魚のように飛び出して、否、獲物を捉える猛虎の如く飛び出しやがって……。教室が氷ったぜ。トリプルアクセルでもしてやろうかと思える位にな」


「来年の冬季五輪は応援に行くよ。だが、すまん。楠宮。今日は帰るよ」


「なんぞ? またイキナリだなー。防災グッズ買った瞬間に地震来ちゃった的なイキナリ度だろ。……まぁいいさ。帰ろうか」


楠宮は勉強道具を出してすらいなかったので机を直す行為だけをした。この時にまだ楠宮はブツブツ言っていたが、俺は敢えて詳しくそれを聞かない様にした。そして俺は俺で勉強道具を片付け鞄を抱えて俺達は教室を出た。


「いやぁ、しかし中間試験って何で存在するんだか高校三年生にして思うなぁ」


「そりゃ全てを期末試験にやるとなったら生徒側も、先生側も大変だろう? だから丁度中間地点である十月の半ばにこうして生徒も先生も少し大変な思いを分け合っているんだろ」


「そーかー。しかし、大学を決めた俺の様な人間には試験という存在自体が無為で無駄で無益で無常なんだよなぁ」


「確かにお前は無計画、無警戒な無形文化財みたいな奴だもんな」


「海は俺を人間国宝にしてくれたのか。能でも舞いましょうか?」


「…………」


能を舞う前にその舞い上がった幸せ脳で俺は十分だよ。とは言わなかった。余りにも面白くなかったので黙っていた。


「出たな。伝統芸能『だんまり』。十七年の歴史を感じるねぇ」


「薄い歴史だな、おい」


本当に薄い。

たかだか十七年。

しかし、例の体育倉庫で首吊りをした女の子も、今の俺と同じ年齢だったんだよな。誰からも好かれる様な存在でありながらある日突然いじめをうけ、一年間耐え……。


そして、死んだ。

自ら、命を絶った。


人一人死んでいる事実を隠している学校側も問題があるとか、いじめていた人間が悪いとか、自殺する方が悪いとか、この問題に関しての俺の率直な意見は、気持ち悪かった。


真実を隠す事に何の意味があるのか。


まぁそれは明日、ジルと確認しにいけばいい。心当たりがない訳では無い。

それには、現見にも強力を仰がないといけないな。



家に帰ると、ソファに寝そべりポッキーを食べながら雑誌を読んでいる人魚が居た。いや、元人魚か。

俺はジルに対し敢えて慇懃無礼な態度で言った。


「やぁ、ジルさん。お訊きしたい事があるのですが」


「なーぁにー? 何かあったの? 今忙しいのが見て分からないの?」


どこが忙しそうなのか、どう贔屓目に見ても暇そうだ。今のジルが忙しいものであるならば現在地球はひっくり返る程に忙しいのではないか。それにしても「贔屓目に見る」って目という漢字使いすぎだろ。いや、この場合は貝が多いとすべきなのか?

ーー閑話休題。


「いや、まぁそのまま聞いてくれればいい。現見の連絡先とか分からないか?」


「はぁ⁉」


ジルは驚きの余り上体を起こしてこちらを見、キッと睨みつけ嘆息を一つしてやおら身を起こしながら言った。


「京子ちゃんをどうする気なのよ」


「何もしない。勘違いするな。ただ俺は聞きたい事、というか頼みたい事があってだな……。しかも急ぎなんだ」


「文化祭の事とか?」


「いや、違うよ」


俺は(よう)として答えなかったが、ジルは「まあ、いいけど」と言って現見の番号を書いたノートを見せてくれた。


「ありがとう。っていうかお前携帯電話持ってないのに現見に連絡先聞いたのか?」


「違うわよ。京子ちゃんに聞かれたのよ。携帯電話なんて持っていないわって言ったら、番号だけでもって言ってノートに書いてくれたのよ。アタシはここの電話番号を教えたんだけど、よかった?」


「たまには良い事するじゃないか」


俺は心の中で小さく控えめなガッツポーズを決めた。そして親指を立て、ジルに向けて突き出した。


「グッジョブだ。ジル」


そう言って俺は子機を手に取り部屋へ向かった。


「ええと、番号は、080……」


と確認しながら番号を押して通話ボタンを押した。と、ここで俺は自分のやっている事の重大さに気付く。

俺は今まで女の子に電話なんてかけたことがない。いや、厳密にいうなら母親だったり、通販のオペレーターなどと電話をしたことはある。しかし今それは数に数えられない。そもそも母親やオペレーターは「女の子」ではない。あー。落ちつけ俺! 考えれば考える程俺の心拍数は上がる。コールが三回目に差し掛かろうかという時点で俺の心拍数が8ビートから16ビートになる。

現見の携帯電話のコールが四回目を告げ終えた時、現見が電話をとったのだろう。コールが止んだ。


「も、もひもひ! 現見さんの御宅でしょうか⁉ 同じクラスの銛矢という者ですが京子さんはおられマフか⁉」


思い切り動揺してしまった。

すると電話の向こうから慌てた様子で返事があった。


「おおおお落ち着いてもももも銛矢君! これ私の携帯電話だから! 本来私しかでないよ!」


「そ、そうか。そうだったな。ああ、緊張しているさ。動転しているのさ。九回裏4-0誰もが試合が決まったと思う所でまさかの満塁ホームランを撃たれたといってもいい」


「あちゃー、同点だねぇ」


「脳内がカルピス漬けされているという比喩を使うのが正しい気がする」


「ああ、真っ白なんだね」


的確にツッコミ、否、訂正を入れてくれた事で俺は少しばかり冷静を取り戻す事ができた。


「すまない。自分を見失いすぎてたよ。いきなり電話してすまないな現見」


「いいよ。だってこの番号って銛矢君のウチの番号だってジルちゃん言ってたよ。でも番号教えて初電話が銛矢君だとは思わなかったなー」


「うん。申し訳ない限りだ。そしてまたまたいきなりなんだが現見、ちょっと俺の頼み事、訊いてくれないか」


現見は同意の言葉を述べた。電話越しに彼女が軽く頷いたように思った。現見は「その頼み事って?」と訊いてきた。そして俺は言った。


「校長先生と、是非話をさせて欲しい」

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