無題1
例の便箋を見つけてから一ヶ月近くが経過しているが、何も手掛かりがなかった。
一応は、本当に一応は、調べてはみたのだが何も掴めていない。それはジルが試験期間中で数学と格闘しているからという理由も少なからず起因しているのだが。
俺は教室に残り、一人で勉強をしていた。少し騒がしいのは仕方ないが試験期間中の図書室は人が多すぎて集中出来ないので教室の方が効率がいい。
「よーぉ、海。ここに居たか」
「楠宮か。俺はずっとここに居たぞ」
「はは、そうかそうか。よっこらせ」
そういいながら楠宮は俺の前の机を反転させくっつけて勉強を始めようとしていた。俺は楠宮に何となく訊いてみた。
「あのさ、楠宮。情報通なお前にだから相談したい事がある。お前が情報に疎いヤツなら俺はこんな話しなくてすむんだが……」
「お前は……友達をなんだと思ってるんだ。素直じゃねぇヤツだなー」
「……。まぁ訊けよ。この学校さ。昔に何かあったとか、分からないか? 学校史に書かれている事じゃなくて、そう、事件みたいな事とか」
うわぁ、駄目だ。すげぇ率直な聞き方だな。自分で自分の素直さに心が痛むぜ。
楠宮は少し考えるようにしてから、「ああ、無い事もない」と言い、「ある事はある」と付け加えた。
「焦らさないで教えてくれないか?」
「うん、学校に眠る秘密を探るのは男の浪漫だよな。京子ちゃんのお婆ちゃんが校長先生ってのは前話したし……。そうだな! とっておきがあるから教えてやるよ。グランドの隅にひときわ大きな木があるだろ? その下で告白して付き合った男女は一生離れない絆が生まれーー」
「俺が知りたいのは七不思議的なモノじゃないぞ」
こいつ焦らすにも程があるぞ。
ああ、忌々しい。
「悪い悪い。海が何でこの事調べてんのか分からないけど、多分この話だよな。『語られなかった体育倉庫の謎』だろ?」
楠宮の目付きが変わり俺たちは物々しい雰囲気に包まれた。勘がいい所が怖いくらいだ。俺は唾を飲みこみ。椅子に座り直した。それから楠宮は周りに聞こえないように、ゆっくりと語り始めた。
「これは学校史には載っていない。新聞にも極々小さくしか報道されなかった。藤峰高校の闇の部分の話だ。
ーーーー十数年前の話だ。彼女はこの学校の人気者だったらしい。人当たりも良く、聡明で、ビジュアルも良かったそうだ。彼女の学校生活費は順風満帆だった。だが、二年生の時、事件は起こった。
彼女は「いじめ」にあったんだ。直接的じゃない、非常に陰険なモノだったそうだと、そう訊いているよ。彼女は上履きを隠されたり、体操服をカッターで切り刻まれたり、教科書なんて使えなくなる程落書きされていたようだよ。
原因? うーん。その辺は微妙だな。聞き込みが足りなくてぼんやりとしてしまってる。
それで、だ。一年間、彼女は耐えた。耐えに耐えた。だが、三年生になってすぐ、彼女は自分の人生を終わらせたそうだよ。
残念ながら俺が集めた情報はここまで。関係者とか探してもくちを割ってくれる人が居なくてねぇ」
いや、大したモノだろ。ここまで調査しようなんて誰も思わないだろ。関心しながら、俺は欠伸を一つして伸びをした。
「まぁ、そんな所だろうとは思っていたが。気になるのは学校中がそれを隠している。という事実だろう。なんでなんだ?」
「さぁね。わかんないさ。俺たち後輩にそんな事を代々伝えるべきじゃあ無いと……そう踏んだんじゃないのかな?」
「誰が?」
「当時の先生方だろ。そりゃあよ」
俺は楠宮の台詞が終わる頃には席を立っていた。勢いよく教室のドアを開けて、走った。
ーーそうだ。十数年前ならあの人はここにいた筈。確かめなければ。この予感……。当たってくれるなよーー
走り出したのはいいが、二階まで来た所でふと俺は思う。
「あ……。今日、ジル居ねえんだった」