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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第二章
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多数決と便箋

多数決。実に民主主義らしい。

九月も終盤に差し掛かっているというのにまだ日差しがきつい。最後の力を振り絞るように太陽は暑い視線を俺に浴びせている。


「今日何度あるんだよ。畜生っ」


「暑いわね、本当に……。人魚にはキツイ暑さだわ。汗なんて人魚の時には意識した事がなかったし」


「そうか、水の中だもんな。そりゃあ気にもならないよな。ところで、気になるから訊いてみたいんだけど、人魚って息はどうやってしていたんだ? お前をみると肺呼吸の様だけれど」


「……? ……そうね。カッパがくれるキュウリを食べると水中で息ができるようになるのは知っているわよね?」


「カッパには会った事ないから分からないけど、そんな事を書いていた本もあったっけか」


「んー。つまりはそういうことよ」


こいつ、暑いからって俺との会話を強制終了させたな。

学校までの道程をともにし始めて半月程になるけど、こいつ自分の人魚時代のことあまり話さないよな。プライドの高さゆえなのか考えたが、俺が考えたところでどうにもならない問題なので考えない事にした。


切り替え、切り替え。


学校と駅は徒歩五分程しか離れていないが、今日はこの道がとてつもなく長く感じる。アスファルトに反射した太陽光にジリジリと焼かれながら俺たちは学校に向かった。

学校に着くと朝のショートホームルームがある。いつもなら読書や勉強に時間をあてる生徒が多いのだが、今日は違っていた様だ。


「えーっと、皆さん聞いてくださぁい。文化祭の出し物を昨日話し合ったのですが、皆さんの意見を聞くのを忘れていました」


自然と教室内が穏やかな空気に包まれる。普通の人が相手なら罵声の一つでも浴びせられる場面ではあるが、現見京子相手では誰も文句は言わない。なんたって彼女は三年一組の天使様なのだから。

現見に続く様に楠宮もあっけらかんとしながらクラスの連中に言った。


「で、昨日の代表者会議で模擬店をやると言うのは決定したんだ。何を売るのか。ということを決めたいんだ」


代表者会議だと? えらく大層な物言いにムカムカした。俺は代表者になった覚えは無い。

楠宮は「じゃあ、何か模擬店で売りたいモノを挙手で頼む!」と言うが早いか、俺を指名した。ヒソヒソと女子達の声を遠く聞きながら俺は座ったまま言った。


「なんで俺になるんだ」


「昨日は何も意見出さなかったろ? だからさ」


「フランクフルトでいいじゃないか」

と俺がいうと、女子達のヒソヒソ声はボリュームをヤンキーの車の如く上げ、尚俺にわざと聞かせるように「ヘンタイ」、「最低」などと言っていた。

食べ物の名前から連想するのはお前達の責任だろうが。はぁ、全く忌々しくイヤらしい女達だ。俺は何も悪いことしてないぞ。一つの嘆息をついてから俺は楠宮に「早く次に移れ」という意味を込めてしっしっと、手を払った。


様々な意見が飛び出す中実現可能なものだけを選りすぐって選ばれたのは、フランクフルト、焼き鳥、唐揚げ棒、焼きそばの四つだった。月並みといえば月並だよな。


採用方法には多数決を取る事となった。

なんと驚くべき結果になったのだが、フランクフルトが男子票全てとジル、現見の票あわせて22票を獲得し当確となった。

女子達のヒソヒソ声はまだ収まらないが、ここで行われた女子達のヒソヒソ話は模擬店のだしものがフランクフルトに決まって不満というモノでは無かった。


「なんなの? あの二人」「男子に媚びてるのよ」「えー、ムカつくー」


などの類のものだった。俺は少し不安に思いジルをちらっと見た。

いつもと変わらぬ金髪人魚は気丈に振舞っていた。凛と、していたのだ。




放課後、俺とジルは図書室へ向かった。言うまでもないCクイック、つまり時間差を使ったのだが……。今日の図書室は中々活気溢れていた。と言っても喋っている生徒はいないので実に静かなものだった。


「クラスの奴が居ないなら問題ないだろ」


「アンタ頭悪いわね。出来るだけアタシ達の関係は単なるクラスメイトって周りに思わせておかないと駄目なの! まぁ、アンタは分かってるんでしょう? あの千円札の謎」


勘が鋭いというか何というか、ジルの威圧感に俺は一歩後ずさった。


まぁ、確かに分かっては……いる。

確信はないがこれかな? くらいのアテだが。というより、あの旧札を見てその可能性を考えない方がどうかしている。


「夏目漱石を探せば答えは出るだろうけど、ウチの高校、漱石は全集を含めて多くあるからな。ふつうに「こころ」なのかとも思ったけど、それは余りにも危険だ。全集は貸出をしていないから、もしかしたら全集のこころのページに何かあるんじゃないか?」


「行ってくるわ!」


ジルはそう言って走り去ってしまった。古い漫画でいえば足が渦巻きの様になっていた、と言った所だろう。いや、無駄話だなこれは。


「ただいま! あった。今度はこれだったわ」


ジルは手に元は白かったのであろう少し古びた便箋を握りしめていた。張り詰めた空気の中、俺たちは少しの間沈黙していた。


「場所を変えましょう」


「というと?」


「人の居ない所でかんがえましょう。つまり……」


家に帰ってゆっくり考えようという事らしかった。おれはわざとらしく肩を竦めて「そうするか」とジルに同意した。


この便箋をきっかけに俺たちはトンデモナイ事を知る事になる。学校の、藤峰高校の隠された歴史の一幕を、この日の夜に俺たちは知らされる事になる。


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