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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第二章
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新たな課題と三十路般若

「えー。今日は伝える事は何もない! 怪我せず健康に過ごせ! 以上!」


みゃーちゃんの短いホームルームを終えて、俺たちは図書室へ向かった。といっても、昨日と同じ作戦、時間差を使ったのだが。

俺が図書室へ入ると、ジルはもう着席していて机の上に三島由紀夫の「夜会服」を置き、準備万端といった感じだった。


「遅いわ。125秒も私を待たせるなんて良い度胸ね」


「細か過ぎるだろ……」


つまりは二分ほど待たせてしまったらしい。数えるなよな。待ってた時間とかさ。

俺はジルの正面の席に座りながら続けた。


「確認してみろよ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


そう言ってジルはページをペラペラと捲り始めた。俺は待つ時間が勿体無いと思っていたので、世界史の参考書を開き勉強を始めた。


「ねえ、海。次は何が出てくると思う? 最初はメモ、次はメッセージ、今度は秘密の手紙とかだったりして。最終的には徳川埋蔵金の在り処を示す地図なんかがみつかったりして」


「んなもんある訳ねーだろ? どうせ昔の生徒の時を越えた、世代を跨いだ悪戯だろ。何も期待する事はないと思うぜ」


「全く、ロマンが無いわね。ロマンのない男なんて打楽器しかいない吹奏楽部みたいなものよ」


「ティンパニ奏者に誤れ!」


「んー。まぁ、ロマンチックである事を望む女性は少ないとも言われるわよね。女性ってすべからくリアリストだものね」


「悟ったことを言うもんだな。お前が。という事はなにか? お前はロマンチックな事に憧れたり、ときめいたりしちゃうわけか?」


「ええ、するわ。『いっけなーい、遅刻遅刻』なんて台詞を食パンを咥えながら言ってみたいものね」


「ロマンを感じるのはもう少し後の様な気もするんだがな……」


普通は角を曲がる所でーーという使い古されたロマンチックさに胸ときめくのかと思ったがやはりこいつは何処かズレているな。

そうして少ししてジルは「あっ!」と小さく言った。


「何か見つかったか?」


「あったわ」


そう言ったジルの手元には赤い小さなポチ袋があった。袋には「大入」と書かれている。

ジルは開け口のシールを剥ぎ中を確認してソレを取り出し指で挟み俺にビシッと見せつけたのだった。そして世界を我がものにしたという表情を浮かべて言った。


「千円ゲット!」


「……あけまして、おめでとう?」


「はぁ? 今は九月でしょうが」


「人魚に人間の習慣を教えられる程俺は季節感狂ってねーよ! しかし、なんか違和感あるな。その千円札……。なんか、色が微妙に違うというか」


ジルは「そうね」と言いながら三つ折りにされていた千円札を広げた。


「旧札……か。成る程ね」


「……? あっ! 分かったわ! 今なんかこうピーンと来たわ。これがあずみさんの言っていたアハ体験ね。ついにアハ体験を初体験してしまったわけね。アハッ」


「ダジャレじゃねーかよ! しかも天才的につまらねぇ奴だ!」


「うっっっるさいわね。テンションも上がれば何でも口をついてでてしまうでしょう? 笑ってその場をやり過ごせる程の余裕はアンタには無いわけ?心の狭い男ねー」


……。なんとも、理不尽だ。忌々しい。

該当アンケート百人に聞きました。で百対零で勝てる自信があるほど俺は悪くないぞ。


「で? 何が分かったんだよ」


「ん? あれ、うーん。忘れちゃったじゃないの! どうしてくれるの?」


「…………」


はぁ。声を大にして言いたい。

し、ら、ね、え、よ!

呆れた俺は世界史の勉強に向き直るが、ジルが気になる事を口走った。


「なに? この穴? なんか、不自然なんだけど」


それを聞いて確認してみると確かにそうだ。千円札の真ん中より下の部分に、錐のようなもので穴を開けた跡があった。小さいが千円札に不似合いな穴は自然にできたものでない事は確認してすぐにわかった。人為的過ぎる。しかし、そこにどのような意思があるかはわからない。


「見せてくれ」とだけ言ってジルから千円札を渡してもらい、千円札の両端をしっかり持ち、ピンと張らせた。そして申し訳程度に着いている図書室の蛍光灯に向かい札を透かしてみた。


「なにやってんのよ……。そんな事して何か意味があるの?」


「…………」


俺はジルに何も言わずに千円札を返し、両手を挙げて首を降った。

実をいうと、ちょっとした考えはあったのだが、俺が解くより自分のチカラで解かせた方が身になるだろうと考えて黙っていた。

そして俺は世界史の勉強へ戻った。


「何なのよ。全く役に立たない奴ねー。アタシの役に立てないなら死んでるのと変わんないじゃない」


「お前は何者なんだよ。かの有名な女王マリーアントワネットも裸足で逃げ出す程の理不尽さだな」


「パンが無ければ死ねばいいのに」


「ラジカル過ぎんだろ」


「ごめんあそばせ、ムッシュ。わざとではありませんの」


「…………」


なんでこんなにこいつは偏った教養を備えているんだ。

俺は伝家の宝刀だんまりを決め込み中世のヨーロッパへ意識を移した。


それからどの位時間が経っただろう、ジルはかなりの時間うんうんと唸っていた。

そこに一人の生徒が入ってきた。


「今日も調べ物か? 海。おっ、ジルちゃんも一緒か」


「どうした楠宮。汗だくじゃないか」


「ちょっと逃走中でな」


「またなんかやったのか? お前の事だからどうせろくでもないことでもしたんだろ」


「おいおい、その言い方は友達としてどーなんだよ。全く悲しい奴だなー。いやさ、たまたまみゃーちゃんと話しててさ、年齢の話になって三十路って言っちまってさ。そしたら『先生はまだ二十九だ!』ってキレて追いかけて来るから逃げ回ってた」


「へぇ、みゃーちゃん三十路じゃなかったんだな。その位の年齢って一番神経質になるっていうし仕方ないのかもな」


と話をしていると図書室のドアが壊れんばかりに開きみゃーちゃんが入ってきた。般若の様だ、という表現は間違っていないだろう。みゃーちゃんは今『若さ』に嫉妬しているのだから。


「てめー。ここにいたのか楠宮ぁ! 先生から逃げられっと思うなよ。おっとぉ。トールボットと銛矢じゃないか。勉強中に悪いな。 ん?」


みゃーちゃんは机を見やり赤い袋と千円札を怪訝そうに眺めていた。ジルは千円札とポチ袋をさっと隠してみゃーちゃんに微笑んでみせた。

隠すの遅いわ。没収されても仕方ない位見られてたぞ。


「変な事してないでしっかり勉強しろよ。英語で分からないところがあれば先生がみてやっからさ。とくに銛矢な」


「あ……アイシー」


俺は発音悪く了承の意を示した。

みゃーちゃんは「うん!」と言って目の色を変え楠宮に目をやる。


「貴様は今から職員室で拷問じゃあ!」


と言って楠宮を連れて行った。

さらば、我が友よ。永遠に、安らかに眠れ。


もう日も落ちかけて居たので暗くなる前に帰ろう、とジルに提案し俺たちは図書室を後にした。

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