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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第二章
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土曜日の朝、意外な回答者

男性よりも女性のほうが強い。

今日は一日中勉強ができる。土曜日は最高だ。

と思えたのも目が覚めて朝食を済ませるまでに消え失せてしまう。


「海、あんた今日は一日暇なんでしょう? ジルちゃんに街案内してあげなさいよ」


受験生を子に持つ母親としてあるまじき言葉を朝から発したのは言うまでもなく俺の母さんだった。


「勘弁してくれよ。今日は一日中勉強できる貴重な日なんだぜ? 何で俺が貴重な休みを街案内に捧げないといけないんだよ」


「そうですわ、お母様。海さんに悪いですわ」


猫っかぶりめ。本当に忌々しい。そう思いながら俺は目玉焼きの黄身を割らない様に白身を取り口に運んだ。


「あら、本当? この街には不思議なお店が色々あるから中々面白いのよ? まぁ、ジルちゃんがいいっていうんなら仕方な……」


ガタッ!! と箸を起き両手をテーブルにつき、ジルは立ち上がった。うつむいていたので髪に隠れたジルの表情は見えなかったのだけれど、この時にはもういやな予感がしていた。某怪談話家でいうならば「何だか嫌だなー。怖いなー」である。


「是非お願いしますわ! 海さん!」


「……!」


黄身を割ってしまった。俺の中にある不安を表している様に黄身が皿に溢れ出る。



母さんがパートで家を出たあとに俺はジルに言った。


「朝は勉強すっから昼に出よう」


「はぁ? 馬鹿なの? 不思議で面白い事があるなら行くべきでしょ。さっ行きましょう」


駄目だ。聞いてもらえない。


「勉強させろ! 俺は受験生だぞ。折角の休みにお前って奴は!」


「へぇ、家にいないと勉強出来ないって事ね。大したもんね。そんなんじゃあいつまでたっても大学なんて受からないわね」


……ひどい言われようだった。

畜生どうなっても知らないぞ。今日は土曜日だぞ。


「オーケー。分かったよ。昨日のメモでも持ってきておけよ。まぁ考える暇すらないと思うけどな」


そう言って勉強道具一式をエコバッグに詰め込みジルと共に家を出た。

そしてこの時間から少し未来。何故俺が頑固一徹に土曜日は家に居る、と言い張らなかったのか、つまり後悔することになるのだが……。

今更それを言っても元の木阿弥、後悔先に立たずってやつなのだろうけれど。




喫茶となりや。俺たちはその店の前までやって来た。喫茶店なのだから朝は開いているだろ? とここで入らぬツッコミが関係各所から矢のように飛んで来そうだが、言っておこう。ここのマスター、道玄坂あずみさんは常識から外れた、そう言わば人外な部分がある。「朝はだるいだろ?」という理由から平日は通常昼から営業している。

さらに人外な所を説明しておこう。あずみさんは水の様にお酒を呑む。もっと言えば息を吸う様にお酒を呑むのである。しかも今日は土曜日の朝。あずみさん曰く「花の金曜日に酒を飲まねぇやつに酒を飲む資格はねぇ」らしい。「週末に酒を飲まねぇやつは未成年だ」とも豪語していた。あずみさんの持つ考えは俺には到底わからない。むろん未成年だし。


嘆息しながらドアノブに手を掛ける。やはり、というか、うん、まぁ……開くよね。


「おぅぉー? かぃららいかぁ! こい。こっちこぉーい ! ウェヘヘヘ」


店に入って左側にある小さなボックス席の二人掛けソファに横になっているあずみさんがそこにはいた。あずみさんの長い足はソファには収まりきらないのでソファの外に投げ出されている。右手に酒瓶、左手に丸氷の入ったロックグラスを持っている。

どんだけカッコ良いんだよこのお姉さんは……。


「おーい。はやくこいっれろー。今一番盛り上がってたんろー」


「一人じゃないですか……」


「あぁん? ひとりらからたろしーんらろ。まらまら未成年らな」


ウェヘヘヘと魔界から蘇ったザコキャラの様な奇妙な笑い方で非常に上機嫌だが、絡み酒はいつもと変わらない。

あずみさんの正面に俺たちは腰掛けた。するとようやくジルの存在に気付き、絡み始めた。

「ジル・トールボットです。海のウチでホームステイをしています。よろしく」


あずみさんは体制を立て直しソファの上で胡座をかいて、キレのあるつり目を大きく開いて言った。


「おぉぉ、べっぴんだな! 海もすみにおけねーなぁ。色欲の話ではまんまと騙されてたわけかウェヘヘヘ」


全く話を聞いていない。馬の耳に……いや、なんでもない。


「なんか飲むか? コーヒーは無しなー。作るのがめんどくさい。テキトーに冷蔵庫からジュースとって適当にしてくれー」


そう言ってロックグラスにお酒(瓶のラベルにはVSOPと書かれている。)を半分程注ぎ、一気に飲み干した。


俺は店のカウンター奥にある小さな冷蔵庫からサイダーを二つ取り出し、ジルに一つを渡した。


「あー。たのしーい。土曜日の朝はこうでなくちゃーぁなー」


「まぁあずみさんはそのまま飲んでいてくださいよ。俺は大人しく勉強していますから」


「ん? この子はどーぉすんだよ。あたしが絡んでも大丈夫系?」


「ええ、それが目当てですから」


そう伝えて俺は古典の教科書を広げた。

ここではジルに頑張ってもらうとしよう。


「で? なんだっけジル・トールボットちゃんだっけ? なんでまた海のウチに来たのさー」


「ええ、私も初めはビックリしましたわ。殿方と一つ屋根の下なんて緊張しますもの」


「おぃ……。トールボットちゃん。気を使ってくれてんのかわかんねーが、普段と同じ通りでいいんだぜ? 腹割って話そうやぁ。せっかくの酒が不味くなっちまうだろ」


いきなり一触即発モードだった。大丈夫かよ。まぁフォローしないけど。ジルは持っていたサイダーを強く机に叩きつけあずみさんを強く睨みつけながら言った。


「確かに……。ゴメンなさいね。貴女みたいな人は始めてよ。尊敬すらしてしまうわ。ありがとうあずみさん。そうよ、アタシは訳あって彼のウチにいなくてはならなくなったの。こんなゴミムシみたいな奴と一緒にいなくちゃならないなんて、辛くて辛くてやってられないわーーーー」


あれ? ゴミムシって俺か? あれ? あれれ? めちゃくちゃ言われている。何かいうべきなのか? いや、黙って勉強勉強。


「あっはははははー! なかなか面白いじゃん。重畳重畳! 良い子だなー。そりゃ当然の考えだな。多感な時季の男と一緒なんてヤだよなー。わかるわかる」


「そうでしょ? いちいち細かいんですよこの男! 受験生だからどーのこーの。受験生だからって言えば全て許されるとすら思ってるんですよ」


「確かになー。うんうん。しかもこいつ最近溜まってるんだよ。いやらしーよなー。ウェヘヘヘー」


んー。もう言わせるだけ言わせておこう。方や酔っ払い、方や元人魚なのだ。好きなだけ罵るがいいさ。

光源氏も女にこの様に悪口を言われたりしたのだろうか。あんなにモテモテにはなれないから悪口のベクトルがそもそも違うのだけれど。

ああ、忌々しい。



あれから何分罵られたのだろう。ジルはあずみさんと意気投合したようで、男、ひいては俺の悪口を悪気も無く悪びれもせずペラペラと語っていた。あずみさんも陽気に沢山の話をして、場を湧かせていた。ーーといっても二人しか話をしていなかったから、この表現は間違いかもな。


「そうだ! あずみさん! いきなりですけど今アタシ学校で気になるモノを見つけたんです。このメッセージなんですけど、卒業生として、OGとして後輩に知恵を貸してもらえないですか?」


「んー? なに? 謎解きかい? 私にゃわからんかもしんないけど、見せてみな」


ジルはポケットから例のメッセージを書き写したメモを取り出しあずみさんに見せる。俺も気になっていた事だったので、手を止めてしまった。

メモを受け取ったあずみさんは薄く、ハンッと鼻で笑い、俺たちを驚愕させた。


「お前ら、頭固ぇよ。ウェヘヘヘ」


本来ならこのシーンで俺たちはあずみさんに賞賛を贈らなければならないのだろうが、酔っ払いの気の抜けた笑い声にどこか気が抜けてしまった。

VSOPはもう空になっていた。

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