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あすかの幸せについて第二章 春の中で迷うふたり  作者: こうた


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第3話 軽い言葉の裏側

その約束は、思っていたよりも早く訪れた。


「明日、空いてます?」


仕事終わりに届いた、一通のメッセージ。


短くて。


軽くて。


けれど、迷いがない。


あすかは、画面を見つめる。


(……早い)


もう少し時間をかけるものだと思っていた。


けれど――


この人は、違う。


考えているうちに、また通知が来る。


「無理ならまた今度でも」


逃げ道も、ちゃんと用意してある。


(……うまい)


そう思ってしまう。


押しすぎず。


引きすぎず。


「……大丈夫です」


気づけば、返信していた。


送信ボタンを押したあとで、少しだけ息を吐く。


(……行くんだ)


自分で決めたことなのに。


少しだけ、不思議な感覚。


翌日。


あすかは、指定された場所に立っていた。


駅前。


人の多い場所。


(……こういうの、久しぶり)


待ち合わせ。


それ自体が、少しだけ新鮮だった。


「すみません、お待たせしました」


後ろから、声。


振り返る。


なおきが、軽く手を上げている。


スーツではない。


ラフな服装。


昨日とは、少しだけ違う印象。


「……いえ」


あすかも、小さく返す。


「じゃあ行きましょうか」


迷いなく歩き出す。


その背中を、少しだけ追う。


店は、賑やかな場所にあった。


「ここ、最近できたとこなんですよ」


なおきが言う。


「雰囲気いいんで」


中に入る。


明るい照明。


人の声。


あのバーとは、まるで違う空気。


(……こういうの)


少しだけ、戸惑う。


けれど――


「こっちです」


自然に席へ案内される。


迷う暇もない。


「何飲みます?」


メニューを差し出される。


「……おすすめで」


「了解です」


すぐに店員を呼ぶ。


手際がいい。


慣れている。


(……ほんとに)


いろんな店に来ているんだろう。


料理が運ばれる。


「いただきます」


自然に言葉が重なる。


その瞬間。


少しだけ、空気がやわらぐ。


「どうですか?」


「……おいしいです」


素直に答える。


「よかった」


なおきが笑う。


「外したらどうしようかと思いました」


「そんなことないと思います」


「いや、結構あるんですよ」


軽く肩をすくめる。


「人によって好み違うんで」


その言葉に、少しだけ引っかかる。


(……人によって)


それは、店の話なのか。


それとも――


「でも」


なおきが続ける。


「今日は大丈夫そうですね」


あすかを見る。


まっすぐ。


少しだけ、視線がぶつかる。


「……はい」


小さく頷く。


会話は、途切れない。


仕事の話。


趣味の話。


どうでもいい話。


けれど――


どれも、テンポがいい。


なおきが話し。


あすかが答え。


また、なおきが拾う。


その流れが、自然に続く。


(……楽しい)


ふと、そう思う。


気づいて、少しだけ驚く。


こんなふうに、外で誰かと過ごす時間。


久しぶりだった。


「結構、飲めるんですね」


なおきが言う。


「……普通です」


「いや、普通より上ですよ」


笑いながら言う。


その言葉も、軽い。


けれど――


ちゃんと見ている。


「なおきさんは?」


「自分はその日の気分ですね」


「気分?」


「飲みたいときは飲むし」


「飲みたくないときは飲まない」


さらっと言う。


「無理はしないです」


その言葉に、少しだけ引っかかる。


(……無理しない)


それは、いいことのはずなのに。


どこか、違う意味にも聞こえる。


「恋愛もそんな感じですか?」


気づけば、聞いていた。


なおきは、一瞬だけ止まる。


ほんの少し。


それだけで分かる。


(……今の)


触れてはいけない部分かもしれない。


けれど――


なおきは、すぐに笑う。


「どうでしょうね」


軽く流す。


「似てるかもしれないです」


その答え。


曖昧で。


はっきりしない。


けれど――


それ以上、踏み込ませない。


(……やっぱり)


軽い言葉の中に。


触れられない部分がある。


それが、少しだけ見えた気がした。


店を出る。


夜の空気。


少しだけ暖かい。


「どうでした?」


なおきが聞く。


「……楽しかったです」


素直に答える。


「よかった」


笑う。


その笑顔は、やっぱり軽い。


けれど――


どこか、安心しているようにも見える。


「また行きましょう」


自然に言う。


あすかは、少しだけ考える。


(……また)


その言葉の重さ。


軽さ。


どちらも、分かっている。


それでも――


「……はい」


頷いていた。


歩き出す。


並んで。


少しだけ近い距離。


けれど――


触れない。


触れないまま、進んでいく。


その距離が。


今のふたりには、ちょうどよかった。


春の夜。


軽やかな時間の中に。


ほんの少しだけ。


違和感が混ざり始めていた。


それはまだ、小さなもの。


けれど――


確かに、そこにあった。

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