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あすかの幸せについて第二章 春の中で迷うふたり  作者: こうた


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第2話 距離の近い人

それは、数日後のことだった。


あすかは、いつものように店の扉を開ける。


カラン。


変わらない音。


変わらない空気。


けれど――


「こんばんは」


先に、声があった。


視線を向ける。


カウンターの奥。


そこに、なおきがいた。


(……本当に来た)


ほんの少しだけ、驚く。


あのときの言葉が、頭をよぎる。


「また来ます」


軽く言っていたはずなのに。


それが、こうして現実になると。


少しだけ、重みが違う。


「こんばんは」


あすかも、静かに返す。


前と同じ席。


自然と、その隣に座る。


距離は、一つ分。


けれど。


前より、少しだけ近く感じる。


「来てくれる気がしてました」


なおきが、笑いながら言う。


「……そうですか?」


「はい」


迷いのない返事。


あすかは、少しだけ視線を逸らす。


(……なんで)


この人は、こんなに自然に距離を詰めてくるのか。


グラスが置かれる。


「今日は何飲みます?」


なおきが聞く。


「……いつもので」


「じゃあ自分も同じのにしようかな」


軽く言う。


「味、気になりますし」


その言い方に、少しだけ笑ってしまう。


「真似しなくても」


「いいじゃないですか」


すぐに返ってくる。


そのやり取りが、妙に自然だった。


(……変な感じ)


まだ二回目なのに。


どこか、前から知っているみたいな空気。


「仕事帰りですか?」


「……はい」


「お疲れさまです」


その言葉が、少しだけ心に残る。


何気ない一言。


けれど、ちゃんと向けられている。


「なおきさんは?」


「自分もです」


グラスを持つ。


「今日はちょっと遠くまで行ってて」


「営業で?」


「はい」


軽く頷く。


「で、帰りに思い出して」


「思い出して?」


「この店」


その言葉に、少しだけ胸が動く。


「……そうなんですか」


「いい店見つけたなって思って」


さらっと言う。


「それで来ました」


理由は、それだけ。


けれど――


それだけで、十分だった。


「……嬉しいですね」


思わず、言葉がこぼれる。


なおきは、少しだけ目を細める。


「ほんとですか?」


「……はい」


少しだけ、照れる。


その反応が、自分でも意外だった。


「じゃあ、来たかいありますね」


軽く笑う。


その笑顔は、やっぱり軽い。


けれど――


嫌じゃない。


むしろ。


少しだけ、心地いい。


「この辺、他にもいい店あります?」


なおきが聞く。


「……あまり知らないです」


「じゃあ今度、一緒に探します?」


その言葉。


あまりにも自然に出てくる。


一瞬、言葉が止まる。


(……今度)


その響きに、少しだけ引っかかる。


けれど――


強引ではない。


断ることも、できる距離。


「……時間が合えば」


そう答える。


それが、今の自分の答え。


なおきは、満足そうに頷く。


「じゃあ決まりですね」


決まってはいない。


けれど。


そう言い切る強さが、この人にはある。


「楽しみ増えました」


その一言に、少しだけ心が動く。


(……楽しみ)


最近、あまり感じていなかった感情。


それを、この人は簡単に口にする。


会話は、続く。


仕事の話。


店の話。


どうでもいい話。


けれど――


そのどれもが、途切れない。


気づけば、時間が過ぎている。


「……もうこんな時間」


あすかが言う。


「ほんとだ」


なおきも時計を見る。


「早いですね」


「……ですね」


少しだけ、名残惜しい。


その感覚に、自分で少し驚く。


「じゃあ今日はこのへんで」


なおきが立ち上がる。


「……はい」


あすかも、続く。


店の外。


夜の空気。


冬より、少しだけやわらかい。


「寒くないですか?」


なおきが言う。


「……大丈夫です」


白いマフラーに触れる。


もう、特別な意味はない。


はずなのに。


少しだけ、意識してしまう。


「じゃあ、また」


なおきが言う。


「……はい」


自然に、頷く。


「今度、店探しましょう」


「……そうですね」


それが、約束になる。


軽いはずの言葉が。


少しだけ、重みを持つ。


なおきは、軽く手を振って歩き出す。


あすかは、その背中を少しだけ見送る。


(……この人)


距離が近い。


けれど――


不思議と、怖くない。


むしろ。


その近さに、少しだけ惹かれている。


春の夜。


静かだった日常に。


少しずつ、変化が入り込んでくる。


それはまだ、小さなもの。


けれど――


確かに、動き始めていた。

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