表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/68

2.12

風向きが、いい。


矢を放つ前に、レイナは必ずそれを確かめる。

森の匂い。葉の揺れ。遠くの気配。

百年以上を生きた身体に染みついた習慣だった。


見下ろした村は、焼けきってはいない。


だが――無事とも言えなかった。


通りの中央。

武器を手にしたまま倒れている人間の死体。


槍。

剣。


戦った痕跡は、確かにある。


けれど。


子供や老人の姿がない。

人の気配そのものが薄い。


(……逃げられた?

 ならいいけど。

 でも、変。)


視線を巡らせる。


大きな家屋――

村長か、裕福な家の建物は徹底的に焼かれている。

柱だけが黒く残り、屋根は崩れ落ちていた。


その一方で、小さな家はところどころ無事だった。

畑は荒らされているが壊滅ではない。

井戸も残り、水も使えそうだ。


最低限、

“村が生き延びるための機能”だけが残されている。


偶然じゃない。


戦えない者は、最初から標的にされていない。


(……魔族のやり方じゃない)


壊すなら徹底的に壊す。

殺すなら見せしめに殺す。


それが、レイナの知る“侵略”だった。


だがここには、

恐怖を植えつけるための虐殺が存在しない。


あるのは――

狙いを選んだ、静かな破壊だけ。


レイナは見張り台へ軽やかに登る。


「……なにこれ」


小さく息が漏れた。


「変なの」



足音が二つ。


近づく気配に、弓を構えたまま待つ。

撃たない。

まず観察。


現れたのは、人間の女が二人。


「……ミラ?」


思わず声が弾む。


勇者パーティで共に戦った魔術師。


――そして、もう一人。


(……剣士)


隙のない足運び。

常に周囲を測る視線。


無駄がない。

けれど、鋭すぎる。


刃のような気配。


魔族の気配が森の縁で膨らんだ。


三体。

二人へ迫る。


「ちょ、待って待って!」


考えるより先に身体が動く。


弓を引く。


一射目。足を止める。

二射目。喉を断つ。

三射目。急所。


静寂。


地面へ降り立ち、レイナは顔を上げた。


「ふぅー……よしっ!」


ミラが静かに名を呼ぶ。


「……レイナ」


「ひさしぶりー!」


ぱっと表情が明るくなる。


「全然変わってないじゃん! 元気だった!?

 ねえねえ今なにしてるの!?」


駆け寄りながら矢筒が揺れる。


視線が、自然ともう一人へ向く。


(……似てる)


立ち方。

眼の奥。

背負っているものの重さ。


「私はエルナ」


短い名乗り。


レイナは目を丸くした。


「えっ!? もしかしてアレンの妹さん!?」


ぐっと距離を詰める。


「うわほんと!? すごい似てる!

 ねえねえ絶対強いでしょ!? 雰囲気がもう“達人”なんだけど!」


エルナは一歩引く。


「……近い」


「あ、ごめん!」


ミラが小さく息をつく。


「相変わらずね、あなたは」


「えへへー」


悪びれず笑った。



夜。

焚き火を囲む三人。


火を見つめたまま、レイナが口を開く。


「最近の魔族、どう思う?」


ミラが穏やかに答える。


「統制が取れているわね。

 昔とは明らかに違う」


「でしょでしょ!?」


レイナは勢いよく身を乗り出す。


「村も必要以上に壊さないし!

 逃げ道残してるし!

 追い方も浅いし!」


エルナが静かに言う。


「不可解」


「そうそれ!」


「無抵抗な人間を殺さない。助かる。

 でも変」


ミラがゆっくり頷く。


「ええ。

 “侵略”とは違うわね」


火が、ぱちりと爆ぜる。


エルナが視線を落とす。


「魔族が言ってた。

 リュナは積極的に侵略してないって」


「証拠は?」


「ない。

 でも嘘は言ってなかった」


レイナは首を振る。


「統率されてない魔族もいる。

 けどそっちは今はどうでもいいの」


二人が視線を向ける。


「気になるのは――

 従ってる側の目的」


静かな声。


「昔はね、ほんと酷かったんだよ。

 魔物が通っただけで村が消えた」


火を見つめる。


「あれは誰が見ても侵略だった」


顔を上げる。


「でも今は違う」


小さく息を吸う。


「魔王は、世界を壊したいんじゃない気がする」


エルナの瞳が揺れた。


「……なぜ」


「分かってほしいんじゃないかなって」


少しだけ照れたように笑う。


「リュナって、そういうこと考えそうじゃない?」



エルナが剣を見る。


「……敵なら、斬った方がいい」


短い断定。


ミラが静かに言う。


「焦らなくていいのよ」


「迷いは弱さになる」


「迷いはね、

 本当に守りたいものを教えてくれるの」


レイナが二人を見比べる。


そして、ふっと笑った。


「正義ってさ」


少しだけ大人びた声。


「いちばん目的を見失いやすいんだよ」


焚き火の向こうで、エルナの瞳が揺れる。


(……この子)


迷いながらも、前へ進んでいる。


だからこそ。


レイナは勢いよく立ち上がった。


「ま、難しい話はあと!」


ぱっと笑う。


「私は確かめたいだけ!」


胸に手を当てる。


「この戦いが誰のためなのか!」


にっと笑う。


「ちゃんと見てから決めたいの!」


エルナを見る。


「だから一緒に行くね!」


ミラを見る。


「ね、いいでしょ?」


ミラが優しく微笑む。


「ふふ……賑やかになりそうね」


エルナは短く答えた。


「……好きにして」


焚き火が静かに揺れる。


夜は深く。

答えはまだ遠い。


けれど――


新しい風が、確かに吹き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ