第二章「三国合同・大茶会編」
平和の祭典と、押し付けられた大役
サバルテ獣人国は、かつてない熱狂の渦に包まれていた。
先日の「ヴァルハラ会談」での歴史的な停戦延長と、平和条約の締結。それを記念し、三国合同の『文化交流祭』がこのサバルテで開催されることが決定したのだ。
街中がお祭り騒ぎとなる中、王宮の執務室では、女王レオナが頭を抱えていた。
「……どういうことだ、これは」
手元には、グランフェリア王国の賢王ダウルスと、ゾルディア魔王国の魔王グルシアからの親書が並んでいる。
ミーナが横から覗き込み、呆れたように肩をすくめた。
「えーっと……『余興の武闘会など下らん。あの透明な菓子と、黒い器で飲む極上の茶を用意せよ』……って魔王様が言ってますね」
「ダウルス王もだ。『我が国の視察団には、最高峰の精神修養の場である飛鳥殿の茶室をメインパビリオンとして体験させる。準備を怠るな』……だと。あの堅物め、完全に飛鳥殿の茶の虜ではないか」
二人の絶対者が、自国の威信よりも「飛鳥のお茶」を最優先に要求してきているのだ。
本来なら国家の威信をかけたパレードや晩餐会がメインとなるはずが、祭りの中心が「四畳半の茶室」になりかけている。
「……仕方あるまい。飛鳥殿に相談だ」
場面は変わり、王宮裏山の茶室『和光庵』。
飛鳥は縁側で秋の風を感じながら、茶碗を丁寧に布巾で拭き清めていた。
「――というわけなのだ、飛鳥殿」
事情を説明し終えたレオナは、申し訳なさそうに耳を伏せた。
「三国合同の祭りの大役……しかも、あの我が強い二人が直々に貴殿を指名してきた。多大な負担をかけることになってしまい、本当にすまない……!」
ミーナも心配そうに飛鳥の手を両手で包み込む。
「飛鳥、無理しなくていいからね! 私が『飛鳥は忙しい!』って追い返してこようか!?」
だが、飛鳥は拭き終えた茶碗をそっと置き、不思議そうに小首を傾げた。
「おやおや。謝る必要がどこにあるのですか?」
「え……?」
「お祭りで、お客様がいらっしゃる。……ならば、美味しいお茶とお菓子でおもてなしをする。私がやるべき事は、いつもと何も変わりませんよ」
飛鳥はふわりと、春の陽だまりのような笑みを浮かべた。
「ダウルス様も、グルシア様も、そして見知らぬ異国の方々も。……我が和光庵の躙り口をくぐるのであれば、皆、等しく大切なお客様です。心を込めて、お茶を点てさせて頂きます」
国家間のプレッシャーなど、微塵も感じていない。
ただ「客に茶を振る舞う」。その一点において、飛鳥の心は完全に『清寂』を保っていた。
その揺るぎない精神の美しさに、レオナとミーナの胸がドキンと高鳴った。
「あ、飛鳥殿……っ! なんという器の大きさ……!」
「飛鳥、かっこいい……!」
感動のあまり、二人の尻尾がまたしても『ブンブンッ!』と扇風機のように回り始める。
「分かった! 飛鳥殿がその気なら、我々も全力でサポートしよう! 茶葉の買い付けでも、警備でも、なんでも命じてくれ!」
「私が絶対に、変な輩から飛鳥の茶室を守ってみせるからね!」
両脇からギュッと抱きつかれ、飛鳥は「あはは、頼もしいですね」と苦笑した。
こうして、大陸中の注目を集める前代未聞の「大茶会」の幕が切って落とされた。
だが、祭りの準備が進む中、飛鳥の茶を「ただの泥水」と侮る他国の使者たちが、不遜な笑みを浮かべてサバルテに近づきつつあった――。




