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EP 34

女王の頭と、二つの揺れる尻尾

サバルテ獣人国、王都の裏山。

そこは、街の喧騒から離れ、清らかな湧き水と竹林に囲まれた、国一番の静寂が支配する場所だった。

「……頼む。最高の仕事をしてくれ」

その工事現場で、信じられない光景が広がっていた。

女王レオナが、建築を担うドワーフの親方たちに向かって、深々と頭を下げていたのだ。

「れ、レオナ様!? 頭をお上げください!」

ドワーフの親方が慌てて叫んだ。

ドワーフは職人気質で頑固だが、王族に頭を下げさせるなど畏れ多い。

「いや。……この茶室は、ただの建物ではない。あの水神飛鳥殿への、国からの感謝……いや、私の想いの結晶なのだ。だからこそ、一切の妥協は許されぬ」

レオナは真剣な眼差しで、設計図――飛鳥の好みを研究し尽くして描いたもの――を握りしめた。

「飛鳥殿の為に、最高の安らぎの場を作りたい。……力を貸してくれ」

「……へっ、女王様にそこまで言われちゃあ、男が廃るってもんだ!」

親方が腕まくりをした。

「任せときな! 釘一本、木材一枚、魂込めて組み上げてやらぁ!」

「うおおおお!!」

職人たちの士気は最高潮に達した。

その様子を少し離れた場所から見ていたミーナが、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。

「愛だねぇ、レオナ様。まさかあのプライドの高いレオナ様が、職人に頭を下げるなんて」

「ふん。……茶化すな」

レオナは顔を赤らめつつも、視線を外さなかった。

「……飛鳥殿の微笑みが、今の私には何よりの褒美となるのだ。金貨や領土など、あの人の笑顔に比べれば石ころ同然よ」

「はいはい、ごちそうさま」

ミーナは肩をすくめ、勝ち誇ったように言った。

「でも、残念でした~。私が一番、褒めて貰ってますから! そこだけは、お間違いなく!」

「ぬっ……!?」

「『ミーナさんは風のようだ』って、頭撫でてもらったもんねーだ!」

「き、貴様……! とんだライバルだな……!」

レオナはギリリと歯噛みした。

恋の戦場は、ヴァルハラの会談よりも熾烈である。

数日後。ついに茶室は完成した。

新しい木の香りが漂う中、ミーナに連れられて、目隠しをされた飛鳥がやってきた。

「はい、着いたよ飛鳥! 目を開けて!」

飛鳥がゆっくりと目を開ける。

そこには、華美な装飾を排し、自然と調和した質素ながらも美しいいおりが建っていた。

屋根は茅葺きで、壁は落ち着いた土壁。

庭には飛石が打たれ、手水鉢ちょうずばちには清らかな水が満たされている。

「……これは」

飛鳥は言葉を失い、静かにその佇まいを見つめた。

豪華な宮殿ではない。

飛鳥が最も大切にしている「侘び寂び」の心が、そこには具現化されていた。

「どうであろうか? 飛鳥殿」

レオナが緊張のあまり、尻尾をピーンと立てて尋ねた。

「気に入った? 飛鳥」

ミーナも身を乗り出す。

飛鳥はゆっくりと二人の顔を見て、そして満面の笑みを浮かべた。

「えぇ。……とても」

飛鳥は茶室の入り口に手を触れた。

「ここなら……心の底から、お茶を入れたくなりましたね」

それは、茶人としての最大級の賛辞だった。

「「やったーーー!!」」

レオナとミーナの理性が弾け飛んだ。

ブォン! ブォン! ブォン!

二人の尻尾が、暴風のような勢いで左右に振られた。

喜びのあまり、身分も立場も忘れ、二人は左右から飛鳥に飛びついた。

「飛鳥殿ぉぉぉ!! 良かった、良かったぞぉ!」

「飛鳥大好きー!!」

「おやおや」

飛鳥は苦笑しながらも、二人を受け止めた。

右にはライオンの力強い抱擁、左には黒猫のしなやかな抱擁。そして顔に当たるフサフサの尻尾たち。

ひとしきり喜びを爆発させた後、レオナが顔を上げた。

「……はぁ、はぁ。……喉が渇いた」

「私もー。飛鳥、お茶ちょうだい!」

「ふふ。分かりました」

飛鳥は優しく二人を離し、新しい茶室の戸を開けた。

「では、この新しい城での最初の一服……お茶にしましょう」

新しい畳の匂い。

まだ誰も使っていない真新しい炉。

そこに湯が沸く音が響き始める。

レオナとミーナは、並んで座り、飛鳥の点前てまえに見とれていた。

窓からは、サバルテの美しい自然が見える。

「どうぞ」

差し出された二杯の茶。

それを飲む二人の顔は、どんな宝石よりも輝いていた。

「美味しい……」

「幸せ……」

飛鳥もまた、自分のために用意されたこの空間と、それを贈ってくれた二人の真心に、静かに感謝していた。

王宮の裏山に、新たな聖地が誕生した。

そこは、国を動かす女王と親衛隊長が、ただの「茶飲み友達」に戻り、愛しい人と過ごすための、秘密の楽園となったのである。

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