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EP 31

三つの素材、三つの国、一つの至宝

ヴァルハラの特別会議室の隣。

重厚な扉が開かれた瞬間、そこには異界が広がっていた。

「……なんだ、この空間は」

賢王ダウルスが、眼鏡の奥の瞳を細めた。

先程まで無機質だった部屋が、青々とした畳と、ほのかに香る白檀の香りに支配されている。

計算され尽くした寸法。無駄の一切ない配置。

それは、豪華絢爛なヴァルハラにおいて、異質なまでの「静寂」だった。

「狭い……いや」

魔王グルシアが、鼻を鳴らして訂正した。

「美が集約され、洗練されている……。無駄な装飾を削ぎ落とした、抜き身の刃のような空間だ」

「どうぞ、お座り下さい」

飛鳥が三人を迎え入れた。

王たちは武器を預け、靴を脱ぎ、畳の上へと足を踏み入れた。

そして、用意された座布団に腰を下ろす。

「……くっ、何と言う座り心地か」

ダウルスが思わず声を漏らした。

硬い玉座に慣れた腰が、雲のような弾力に包み込まれる。物理的な快適さだけでなく、精神的な緊張まで吸い取られるようだ。

「それだけではない。……花や空間が、一つの芸術と化している」

グルシアの視線が、床の間の野花に釘付けになった。

たった一輪。だが、その一輪が空間全体の空気を支配している。

暴力的な強さしか信奉してこなかった魔王にとって、それは未知の「圧力」だった。

「茶の湯の席に来て頂けて、感謝致します」

飛鳥は釜の前で居住まいを正し、深く一礼した。

「当方、水神飛鳥。……心を込めて茶を点て、皆様の心を満たす機会を得させて頂きます」

流れるような所作で、飛鳥は懐紙を取り出した。

その上に乗せられたのは、まるで宝石のように透き通った、美しい菓子。

「菓子に、『錦玉羹きんぎょくかん』をご用意いたしました」

それは、透明な寒天の中に、金箔と青い色彩が散りばめられた、夏の夜空を切り取ったような一品だった。

光を受けてキラキラと輝くその様に、殺伐とした会議をしていた王たちは息を呑んだ。

「……これは、美しい菓子だ」

ダウルスが、分析するのも忘れて見入った。

「うむ。綺麗だ。……魔界の宝石よりも透き通っている」

グルシアも、その繊細さに圧倒された。

「本当だ……。まるで、水をそのまま固めたような……」

レオナもまた、その涼やかな美しさに目を細めた。

「頂くとしよう」

ダウルスが黒文字(菓子切り)を入れ、口へと運ぶ。

表面は砂糖の結晶でシャリッとし、中は寒天の弾力でプリッとしている。

噛み締めると、上品な甘さが口いっぱいに広がった。

「……っ」

「……旨い」

「……美味しい」

三人の口から、同時に感嘆の声が漏れた。

複雑なスパイスや、希少な魔獣の肉ではない。

ただひたすらに純粋で、透き通った甘み。

「何と美味だ……。主人よ、これは何で出来ているのか?」

ダウルスが問うた。

これほど洗練された味だ。さぞかし多くの希少な材料や、複雑な錬金術が使われているに違いない。

しかし、飛鳥の答えはシンプルだった。

「はい。……寒天と、砂糖と、水。基本的には、その三つだけで出来ております」

「寒天、砂糖、水……?」

グルシアが怪訝な顔をした。

「たった三つで、この旨さになるのか?」

「はい。それぞれの素材が互いを邪魔せず、支え合うことで、この透明感と食感が生まれるのです」

「三つ……」

レオナが、手元の菓子を見つめ、ポツリと呟いた。

「我々の、事か……」

その言葉に、ダウルスとグルシアの手が止まった。

人間、魔族、獣人。

形も、性質も、味(文化)も違う三つの種族。

今は混ざり合わず、互いに反発し合っている。

「……そうか」

ダウルスは、口の中に残る甘い余韻を噛み締めた。

「三つが合わされば……争うのではなく、調和すれば……このような一品に昇華出来る、か」

水だけでは形を成さない。砂糖だけではただ甘いだけ。寒天だけでは味気ない。

三つが適切な配分と温度で出会った時、この美しい『錦玉羹』という奇跡が生まれる。

「フン……。俺が砂糖か、それとも寒天か」

グルシアがニヤリと笑い、残りの菓子を放り込んだ。

「悪くない。……俺たちも、使いようによっては『美味く』なれるというわけか」

茶室に満ちる湯気の向こうで、三人の王の瞳から、先程までの険しい殺意が消えていた。

ただの菓子ではない。

それは、大陸の未来を示す、甘く透明な希望の縮図だった。

飛鳥は静かに、茶碗に湯を注いだ。

ここからが、本当の「会談」の始まりだった。

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